機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

〈ハヤカワ文庫JA総解説 PART1〉に参加しました

www.hayakawa-online.co.jp 本日発売のSFマガジン8月号〈ハヤカワ文庫JA総解説PART1〉に参加しております。 担当作品はJA0016『宇宙のあいさつ』(星新一)とJA0030『アルファルファ作戦』(筒井康隆)の2作。読書体験のルーツみたいな作品を担当することに…

唖然とするような怪作と歴史的名訳との臨界点——アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』

ゴーレム 100 (未来の文学) 作者:アルフレッド ベスター 国書刊行会 Amazon 怪作である。真っ赤な表紙とぶ厚めの背表紙。過剰なまでのタイポグラフィと、ロールシャッハ・テストを思わせる不可思議な挿画たち。何しろ開始二〇ページ目から出てくるのがヘブラ…

著者の全てが表れた、奇想と寓意に満ちた神経症的初短編集――フリオ・コルタサル『対岸』

honto.jp しばしば処女作には作家の全てが表れるとされるが、フリオ・コルタサルもその例に漏れない。夭折した親友に捧げられた本短編集は、紆余曲折を経た後にお蔵入りとなり、コルタサルの死後(一九九五年)に出版されるまで幻とされていた作品集だ。 一…

創作とは、一種の「悪魔祓い」である――フリオ・コルタサル『八面体』

八面体 / 原タイトル:Octaedro[本/雑誌] (フィクションのエル・ドラード) / フリオ・コルタサル/著 寺尾隆吉/訳価格: 2420 円楽天で詳細を見る 人は変わらずにはいられない。コルタサルも七〇年代以降は政治活動に身を投じ、創作への熱意をそのぶん政治へ転…

現実認識を変えるために脳6つを要求する異星人を巡る、異色言語SF――イアン・ワトスン『エンべディング』

エンベディング (未来の文学) 作者:イアン・ワトスン 国書刊行会 Amazon バベルの塔の崩壊以来、言語の統一は人類の悲願である。だからこそ人類は、「言語」という謎めいた、しかしありふれたものについて学術的興味を抱き続けてきた。本作で下敷きにされて…

韓松初の英訳短編集 "Exploring Dark Short Fiction #5 : A Primer to Han Song" 感想など

中国SF四天王の一角にして、残雪に次ぐ中国ポストモダン文学の旗手としても名の挙げられる韓松。最近ちらほらと名前を聞く作家であり、先日出た現代中華SFのアンソロジー『時のきざはし』にて短編(「地下鉄の驚くべき変容」)が翻訳されたこともあり実際に…

やや時期は逸しましたが……(同人誌が雑誌『文學界』で紹介されました)

先日発売された雑誌『文學界』1月号の「特集:文學界書店」内にて、8月に頒布した同人誌『カモガワGブックスVol.2』が紹介されていました。 ご紹介頂きました伴名練先生、ありがとうございます。小林恭二作品や石黒達昌作品と自分たちの本が並んでいるのを見…

家に発電所を作り、世界の輪廻に取り込まれる――奇想小説ファンに勧める現代漫才3選

奇想の住まう場所 なぜ漫才なのか? 奇想の在処を探る ①気が付けば世界の輪廻に取り込まれている話――Dr.ハインリッヒ「トンネルを抜けると」 ②プリクラ撮りたさに家を火力発電所にする話――金属バット「プリクラ」 ③変な暗記法・言葉遊び系漫才の最前線――カベ…

プロフィール

自己紹介 鯨井久志(くじらい・ひさし) Hisashi Kujirai 1996年生まれ。大阪府出身。京都大学SF・幻想文学研究会OB(2020年度まで)。 海外文学やSFにまつわる同人誌『カモガワGブックス』の主宰をしている(共同)。本業は研修医→精神科医もどき。 SFやラ…

年刊Komiflo傑作選(2020年)を編む

※注意 以下の記事では成人向け漫画についての記述があります。苦手な方はブラウザバックを推奨します。 サブスクって便利ですよね。NetflixとかAmazonプライムとか。最近はUberEatsも月額制のプランを始めたらしいですよ。 ただ、サブスクの欠点といえば、月…

芥川×現代英米翻訳家オールスターで送る、今なお通用する怪異譚集――『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』

芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚 発売日: 2018/11/22 メディア: 単行本(ソフトカバー) 芥川龍之介が三十五年の生涯で残したものはあまりに多い。彼は古典文学を換骨奪胎し自らの作品として現代に蘇らせる器用さと、自らの精神状態の悪化をそのまま映し出し…

歴史と虚構の境界を辿る、メタフィクショナルな政治小説――マリオ・バルガス=リョサ『マイタの物語』

マイタの物語 (フィクションのエル・ドラード) [ マリオ・バルガス・ジョサ ]価格: 3080 円楽天で詳細を見る ラテンアメリカ文学を語る上で政治の話は欠かせない。ガルシア=マルケスをはじめ、コルタサルやフエンテスなど、多くの作家が政治的な趨勢への反…

「二重写しの世界」から見る、少年少女のヴィジョン――柴田元幸編『昨日のように遠い日 』

少女少年小説選 昨日のように遠い日 発売日: 2009/03/26 メディア: 単行本 少年小説アンソロジー第二弾。初出は雑誌「飛ぶ教室」の《特集=柴田元幸の “飛ぶ教室” 的文学講座》。あとがきには「少年小説にあたっては(中略)、『我々はつねに、少年にいま見…

失われた短編を求めて――ボルヘス唯一の未訳短編「シェイクスピアの記憶」について

ホルヘ・ルイス・ボルヘス。アルゼンチンが生んだ二〇世紀の世界文学上最大の作家の一人で、「知の工匠」「迷宮の作家」等の異名を持つ巨匠である。日本でも大変人気があり、現在では岩波文庫に著作の多くが収録されている。 さて、彼の作風の最大の特徴は、…

恋愛、そして破滅――柴田元幸編『燃える天使』

燃える天使 (角川文庫) 作者:柴田 元幸 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング) 発売日: 2009/10/24 メディア: 文庫 ◆ジョン・マッギャハン「僕の恋、僕の傘」 訳し下ろし→『男の事情 女の事情(国書刊行会) ◆V・S・プリチェット「床屋の…

漫才の中の魔術的リアリズム――Aマッソ「新しい友達」より

お笑いコンビ・Aマッソのネタに「新しい友達」というものがある。実際の映像は「Aマッソ 新しい友達」などで各自検索して頂くとして、以下ではそのネタの話をしたい。 まずボケ担当の村上が、ツッコミ担当の加納に「新しい友達ができた」と言う。「Pちゃん」…

【告知】レビュー誌『カモガワGブックス vol.1 非英語圏文学特集』

hanfpen.hatenablog.com 上の記事の補足記事です。 C94で海外文学レビュー同人誌出します。スペースは日曜西こ30b。京大SF研ブースで委託という形です。 頒布するのは『カモガワGブックス』(略称:KGB)という同人雑誌の創刊号で、今回は《非英語圏文学特集…

恐怖の歴史を繋ぐ犬――レオナルド・パドゥーラ『犬を愛した男』

犬を愛した男 [ レオナルド・パドゥーラ ]ジャンル: 本・雑誌・コミック > 小説・エッセイ > 外国の小説ショップ: 楽天ブックス価格: 4,320円 レフ・ダヴィドヴィチ・トロツキー。ロシア十月革命における指導者の一人としてソビエト連邦建国に関わった後、ス…

削ぎ落とされた影の歴史の回復――フアン・ガブリエル・バスケス『コスタグアナ秘史』

小説を書く上で必要なリアリティを、小説家はどこから得るのか。最も手っ取り早いのは、自らの経験をそのまま小説に落とし込むことだろう。だがそれにも限界はあり、文豪ジョゼフ・コンラッドもそれに悩んだ一人であった。本作は彼が著した『ノストローモ』…

エロ漫画か?――ホセ・ドノソ『ロリア侯爵夫人の失踪』

――エロ漫画か? 本書を読んで抱いた、評者の率直な感想だ。 まず冒頭の挿話からしておかしい。舞台は一九二〇年代のスペイン・マドリード。ニカラグアの首都マナグアに生まれ、外交官の娘としてマドリードに住む主人公ブランカ・アリアスは、ロリア侯爵こと…

【告知】夏コミでレビュー誌『カモガワGブックス vol.1 《非英語圏文学特集》』出します

今年の夏コミで同人誌を出します。大きな括りでレビュー誌です。 出すのは『カモガワGブックス』(略称:KGB)という同人雑誌の創刊号で、今回は《非英語圏文学特集》。 載るのは、イタリア語・スペイン語・フランス語etcといった非英語で書かれた文学作品の…

乗り越えろペダン――アレホ・カルペンティエール『方法異説』

読みにくいよ、この本。 『族長の秋』『至高の我』と並んでラテンアメリカ文学の三大独裁者小説と称される本作だが、カルペンティエールのまどろっこしい文体——人称が交錯する語り、延々と羅列される固有名詞、そして今あなたが読んでいるような挿入句の多用…

筒井康隆『虚航船団』読書会レポ

読書会レジュメお蔵出し企画第二弾。 1 作者について 昭和9年(1934年)生まれ。同志社大学文学部で美学芸術学を専攻。展示装飾を専門とする会社を経てデザインスタジオを設立、昭和35年SF同人誌「NULL」(ヌル)を発刊。江戸川乱歩に認められてデビュー…

伊藤計劃『ハーモニー』読書会レポ

レポ、という名のレジュメの再構成。 2018年度新歓読書会にて行った『ハーモニー』読書会に向けて作成したレジュメより。お蔵入りさせるのも忍びなかったので、なんとなく公開。実際の読書会では、参加者から「ハーモニーはセカイ系なんですか?」という質問…

パロディとナンセンスに満ちた壮大な日本野球創設神話――高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』

もし「世界三大野球小説」というものを考えるならば、本作は絶対に外せない。ロバート・クーヴァー『ユニヴァーサル野球協会』、フィリップ・ロス『素晴らしいアメリカ野球』、井村恭一『ベイスボイル・ブック』、石川博品『後宮楽園球場』など、国内国外を…

メキシコ・アメリカに跨る透明な境界、そして百合――カルロス・フエンテス『ガラスの国境』

表題にある「ガラスの国境」とは、メキシコとアメリカ合衆国の国境のことを指す。 本来、国と国を隔てる国境とは、社会的な取り決めでしかない(陸続きの土地に何故境目が存在せねばならないのだろう?)。ゆえに、国境とは透明で実態のない存在であるべきは…

詩人の死に迫る、フィクションよりもフィクションなノンフィクション――小笠原豊樹『マヤコフスキー事件』

時に、優れたノンフィクションはフィクションに限りなく接近する。本書もそんな一冊だ。 舞台は1930年のロシア。そこである詩人が不審な死を遂げた。 現地警察は拳銃自殺と断定したものの、不可解な点の残る現場状況や彼を取り巻いていた環境、そして当時の…

〈陰〉としての魔術的リアリズム――ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』

本作が日本語に初めて訳されたのは集英社版《世界の文学》の一巻として出版された一九七六年。八四年には同じく集英社から叢書《ラテンアメリカの文学》内の一冊として再刊されたものの、それから三〇年余り――世紀を跨いで二〇一八年を迎えるまで――このラテ…