機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

★★★★(満足)

諦念と哀しみ、そしてユーモア――『いずれは死ぬ身』

いずれは死ぬ身 作者:柴田 元幸 河出書房新社 Amazon 雑誌『エスクァイア 日本版』に翻訳連載された作品群の後半(前半は『夜の姉妹団』としてまとまっている)と、その他別の雑誌等に単発的に訳された作品を集めたアンソロジーである。こう聞くと「どうせ寄…

読者の"愛"の概念を拡張するアンソロジー――『むずかしい愛 現代英米愛の小説集』

むずかしい愛―現代英米愛の小説集 朝日新聞社 Amazon 「○○ってなんだろう」と、ある概念について考える時の一つの方法として、「極端な具体例を考えてみる」というものがある。例えば「SFってなんだろう」と考える時に、妙な科学技術が出てこないにもかか…

「異人」としての老人を描いた特異なアンソロジー――『いまどきの老人』

いまどきの老人 朝日新聞社 Amazon 現実における「老い」の問題はたいてい悲観的だ。肉体的な衰え、介護問題、子や孫との確執、安楽死問題……。少年には無限の可能性がある(かもしれない。そうとも限らない)が、老人には「死」という歴然とした結末が可視範…

Worryしっぱなしのトラウマ少年小説集――『Don't Worry Boys 現代アメリカ少年小説集』

Don't worry boys―現代アメリカ少年小説集 大和書房 Amazon 柴田元幸といえば少年小説……という気がしなくもない。本書に加えてもう一冊少年小説アンソロジーを編んでいるし(『昨日のように遠い日』)、少年小説の定番『トム・ソーヤの冒険』『ハックルベリ…

奇想あふれる柴田元幸第一アンソロジー――『世界の肌ざわり 新しいアメリカの短編』

世界の肌ざわり―新しいアメリカの短篇 (新しいアメリカの小説) 白水社 Amazon 本書は柴田元幸編アンソロジーにとっての——柴田元幸氏そのものにとってのと言ってもいいだろう——記念碑的一冊である。というのも、柴田氏の翻訳家人生の始まりが白水社の叢書《新…

面白いSFが読みたい人に――『中国SF女性作家アンソロジー 走る赤』

中国女性SF作家アンソロジー-走る赤 (単行本) 作者: 中央公論新社 Amazon 近年、中国SFが盛り上がっていることを否定するSFファンはいないだろう。『三体』大ヒットに牽引されるような形で続く各種作家の作品刊行の波はいまなお収まるところを知らず、そ…

風化しないユーモア、超越する面白さとは?――ユーモアSFアンソロジー『グラックの卵』

グラックの卵 (未来の文学) 作者:ハーヴェイ ジェイコブズ 国書刊行会 Amazon 本書は〈ユーモアSFアンソロジー〉と謳われているが、果たして「ユーモアSF」とはそもそも何なのか? そこから考えてみたい。 編者の浅倉久志氏は過去に、「ユーモアSFの特…

黒い笑いと現世からの「脱出」願望――トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』

アジアの岸辺 (未来の文学) 作者:トマス・M.ディッシュ 国書刊行会 Amazon トマス・M・ディッシュとは何者だったのか? 本書を読むと、その輪郭を掴みかけた刹那、また薄闇の中へとぼやけていっていってしまうような――そんな印象を抱く。 それはなぜか。表…

著者の全てが表れた、奇想と寓意に満ちた神経症的初短編集――フリオ・コルタサル『対岸』

honto.jp しばしば処女作には作家の全てが表れるとされるが、フリオ・コルタサルもその例に漏れない。夭折した親友に捧げられた本短編集は、紆余曲折を経た後にお蔵入りとなり、コルタサルの死後(一九九五年)に出版されるまで幻とされていた作品集だ。 一…

創作とは、一種の「悪魔祓い」である――フリオ・コルタサル『八面体』

八面体 / 原タイトル:Octaedro[本/雑誌] (フィクションのエル・ドラード) / フリオ・コルタサル/著 寺尾隆吉/訳価格: 2420 円楽天で詳細を見る 人は変わらずにはいられない。コルタサルも七〇年代以降は政治活動に身を投じ、創作への熱意をそのぶん政治へ転…

歴史と虚構の境界を辿る、メタフィクショナルな政治小説――マリオ・バルガス=リョサ『マイタの物語』

マイタの物語 (フィクションのエル・ドラード) [ マリオ・バルガス・ジョサ ]価格: 3080 円楽天で詳細を見る ラテンアメリカ文学を語る上で政治の話は欠かせない。ガルシア=マルケスをはじめ、コルタサルやフエンテスなど、多くの作家が政治的な趨勢への反…

「二重写しの世界」から見る、少年少女のヴィジョン――柴田元幸編『昨日のように遠い日 』

少女少年小説選 昨日のように遠い日 発売日: 2009/03/26 メディア: 単行本 少年小説アンソロジー第二弾。初出は雑誌「飛ぶ教室」の《特集=柴田元幸の “飛ぶ教室” 的文学講座》。あとがきには「少年小説にあたっては(中略)、『我々はつねに、少年にいま見…

恐怖の歴史を繋ぐ犬――レオナルド・パドゥーラ『犬を愛した男』

犬を愛した男 [ レオナルド・パドゥーラ ]ジャンル: 本・雑誌・コミック > 小説・エッセイ > 外国の小説ショップ: 楽天ブックス価格: 4,320円 レフ・ダヴィドヴィチ・トロツキー。ロシア十月革命における指導者の一人としてソビエト連邦建国に関わった後、ス…

削ぎ落とされた影の歴史の回復――フアン・ガブリエル・バスケス『コスタグアナ秘史』

小説を書く上で必要なリアリティを、小説家はどこから得るのか。最も手っ取り早いのは、自らの経験をそのまま小説に落とし込むことだろう。だがそれにも限界はあり、文豪ジョゼフ・コンラッドもそれに悩んだ一人であった。本作は彼が著した『ノストローモ』…

パロディとナンセンスに満ちた壮大な日本野球創設神話――高橋源一郎『優雅で感傷的な日本野球』

もし「世界三大野球小説」というものを考えるならば、本作は絶対に外せない。ロバート・クーヴァー『ユニヴァーサル野球協会』、フィリップ・ロス『素晴らしいアメリカ野球』、井村恭一『ベイスボイル・ブック』、石川博品『後宮楽園球場』など、国内国外を…

メキシコ・アメリカに跨る透明な境界、そして百合――カルロス・フエンテス『ガラスの国境』

表題にある「ガラスの国境」とは、メキシコとアメリカ合衆国の国境のことを指す。 本来、国と国を隔てる国境とは、社会的な取り決めでしかない(陸続きの土地に何故境目が存在せねばならないのだろう?)。ゆえに、国境とは透明で実態のない存在であるべきは…

詩人の死に迫る、フィクションよりもフィクションなノンフィクション――小笠原豊樹『マヤコフスキー事件』

時に、優れたノンフィクションはフィクションに限りなく接近する。本書もそんな一冊だ。 舞台は1930年のロシア。そこである詩人が不審な死を遂げた。 現地警察は拳銃自殺と断定したものの、不可解な点の残る現場状況や彼を取り巻いていた環境、そして当時の…