雑誌『エスクァイア 日本版』に翻訳連載された作品群の後半(前半は『夜の姉妹団』としてまとまっている)と、その他別の雑誌等に単発的に訳された作品を集めたアンソロジーである。こう聞くと「どうせ寄せ集めなんでしょ? 実際どうなのよ?」などといった印象を不遜にも抱いてしまいがちだが(私ははじめ思った)、編者本人があとがきで語るように、「全ての作品があるべき所に収まっているかのような調和」が取れているから不思議である。死、喪失、別離、崩壊等がいずれの作品にも通底する要素として存在し、一種の諦念と、その境地に達したからこそ繰り出せるユーモア、そしてその哀しみに満ちているから、そしてそれこそが編者・柴田元幸の色であるからだろうか。
例えばトム・ジョーンズ「スリ」は、そうした“向こう側”に達してしまった者だけが感じ取れる奇妙な明るさを、重度の糖尿病で足を切断した元スリの男による一人語りで描いた作品。傍から見れば悲惨なはずの境遇も、彼の饒舌でポップな口調で語られると妙に清々しく感じられるのが魅力だ。なお、これとは別に舞城王太郎氏による別訳もあり(河出書房新社『コールド・スナップ』に「ピック・ポケット」として収録)、この闊達な口語文体を二人はどう訳したのか、読み比べてみるのもまた一興だろう。
アルフ・マクロフラン「自転車スワッピング」は、二台の自動車を坂で走らせながら途中で乗員同士が互いの自転車に飛び移るという、サーカスめいた芸を楽しむ二人の男の物語。芸の失敗の結果、頭を強打し、一連の始末の記憶を失ってしまった語り手は、相方の男との交友を通して当時の記憶を取り戻そうとするが、そんな中相方は末期癌の宣告を受けてしまう。そんな悲しむべき境遇の筈が、語り手の男は「末期癌患者が話す言葉からは、未来を示す語句が減っているのではないか?」との妙な仮説を立て、実際に相方と病院で話しながら、その語の数をカウントしていく。一見奇妙なユーモアを醸し出しながら、自らにも着実に迫りつつある死を友人の姿から冷静に分析し、「その時」——自転車同士がすれ違う瞬間——を静かに待つ語り手の諦念が素晴らしい。この作者の作品はこれ以外訳出されていないようだが、もう何作か読んでみたくなった。また、死亡記事を自分で出し、自分で新聞社まで苦情を言いに行く男を描いた表題作「いずれは死ぬ身」も、男の孤独さと止められない自己顕示欲を皮肉に描いた面白みと哀しみが両立した佳品である。
奇想面ではケン・スミス「イモ掘りの日々」がとりわけ光る。イモ畑を舞台に繰り広げられる歴史パロディで、イモ畑創世記に始まり、戦争、資本主義の台頭、イモ・ディストピア、そして革命に至るまでの軌跡を断片的に描いた、奇想天外な物語である。金属片が植わったイモ(磁石を向けるとくっついてそのまま収穫できる)、水素を内部に発生させ自ら浮かび上がるイモ、小さな手足を生やしテクテクと収穫袋に歩き出すイモなど、イモ掘り人の繰り出す奇想に痺れる。
その他、ビートニクを代表する作家バロウズの心和むドラッグ・クリスマス・ストーリー「ジャンキーのクリスマス」も、筋だけ辿ればほとんど浪花節みたいなものだが、色んな意味でバロウズにしか書き得ないであろう小品。また「女は他人の亭主だって盗むんだから、他人の赤ん坊を盗んで何が悪い?」という鮮烈なパンチラインで始まる、子を持つ女性に対してアンビバレンツな感情を抱く独身女性の物語「盗んだ子供」は、本書の中で最も刺激的な作品の一つ。女性は母親の隙を突き、盗んだ赤ん坊と共に暮らし始めるのだが……。皮肉な結末、ちりばめられた警句が読者の心に波紋を広げる。
グレゴール・ザムザ×チャーリー・ブラウンなコミック「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」(チャーリー・ブラウンがある朝目覚めると虫になっている『ピーナッツ』パロディ)、戯曲版『幽霊たち』である「ブラックアウツ」など、変化球も揃う。
◆スチュアート・ダイベック「ペーパー・ランタン」 『エスクァイア 日本版』1997年12月号
◆ウィリアム・S・バロウズ「ジャンキーのクリスマス」 『〃』1997年1月号
◆ジェーン・ガーダム「青いケシ」 『新潮』1998年7月号
◆ブリース・D'J・パンケーク「冬のはじまる日」 『〃』2007年7月号
◆トム・ジョーンズ「スリ」 『エスクァイア 日本版』1996年11月号[→『コールド・スナップ』(河出書房新社)、舞城王太郎訳]
◆ケン・スミス「イモ掘りの日々」 『〃』1997年3月号
◆クレア・ボイラン「盗んだ子供」 『〃』1997年9月号
◆R・シコーリャック「みんなの友だちグレーゴル・ブラウン」 『鳩よ!』2001年8月号
◆トバイアス・ウルフ「いずれは死ぬ身」 『小説現代』2004年3月号
◆ウイリアム・トレヴァー「遠い過去」 『エスクァイア 日本版』1996年8月号
◆エレン・カリー「強盗に遭った」 『〃』1997年2月号
◆ポール・オースター「ブラックアウツ」 『〃』1996年10月号
◆メルヴィン・ジュールズ・ビュキート「同郷人会」 『新潮』1998年7月号
◆ベン・カッチャー「Cheap novelties」 訳し下ろし
◆アルフ・マクロフラン「自転車スワッピング」 『新潮』1998年7月号
◆リック・バス「準備、ほぼ完了」 『すばる』1989年5月号
◆アンドルー・ショーン・グリア「フリン家の未来」 『エスクァイア 日本版』1998年1月号
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下記同人誌に収録。