機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

海外ユーモアSFアンソロジー(仮)を編む 架空アンソロジーの試み

 笑える話が好きだ。

 変な発想(=奇想)を繰り出して、「そんなアホな」と言いたくなるような、そんな話がジャンルを問わず好きだ。

 特にSFというジャンルでは、その自由な想像力を「笑かし」の方向に振った名作がちらほらと存在する。過去にも「ユーモアSF」という括りでアンソロジーが何冊か編まれたり、雑誌の特集号になっているほどだ。

 

 

 そういうわけで、自分でもそうした笑えるSF短編を集めてアンソロジーを編みたくなった。いわば架空アンソロジー企画である。このために国会図書館に行って過去の雑誌のコピーを散々取ってきて、検討したりした。折角なので本当に商業出版できることを想定して、編集方針を決めて編んでみた。

 

☆編集方針

 海外SFでユーモア色の強い、笑える短編の傑作選を作る。

 雑誌掲載のみなど現在入手困難な作品で固めて、初訳作品も数作混ぜることで、購買希求力を上げる。古い作品の再録が多くはなるが、初訳作品を入れることで、オールドSFファンからも買ってもらえるようにする。また、若いSFファンには、なかなか手に入れづらい作品を1冊にまとめることで、効率的に良作を読めるという点で、また単純にユーモアSFの傑作集であるという点で、買いたくなる本にする。

 全部で十数作くらいの想定。10年留保の作品を混ぜることで、コストを下げる。

 

☆収録作品(著者名/タイトル/評価/原稿用紙換算枚数)

 全13作、10年留保が5作、初訳が5作 ※は10年留保

全部で545枚。よく分からないが、文庫本だと300〜400ページには収まるはず。

 

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ジョン・スラデックトマス・M・ディッシュ ”The Incredible Giant Hot Dog” 「超巨大ホットドッグ」(1969) 未訳 20枚  ※10年留保

 ある日、父親が子供たちに料理していたホットドッグが逃げ出した。「それ」は台所のネズミなどを食べながら少しずつ巨大化していき、とうとう夜中に子どもたちを腹に収めたしまう。最終的に、異形の怪物と化した超巨大ホットドッグは警察官たちをなぎ倒し、都市を破壊していく……。ホラー味もありながら、モチーフがなんとも脱力な一作。スラデックなら『蒸気駆動の少年』収録作を含め取りたい短編は山ほどあるのだが、未訳で盟友ディッシュとの合作のこれを。

 

○マイクル・ビショップ「ジョージア州クズ・ヴァレー、ユキオ・ミシマ文化協会」 30枚 

The Yukio Mishima Cultural Association of Kudzu Valley, Georgia (1980) SFマガジン1990年4月号 嶋田洋一訳 

 テキサス州の片田舎で、突如三島由紀夫の大ブームが巻き起こる。街には半裸のミシマポスターが溢れ、子供たちはケンドーに励み、大人たちはセップクの儀に臨む。狂乱の街を描くなかで、〈文化的侵略〉の恐怖を描いた……と言えなくもない?怪作。ビショップには他にもあのP・K・ディックが巨大なトマト型惑星になって回転する(??)という心底謎な「はぐれトマト」という短編もある。

 

○デーモン・ナイト「バベル2」 80枚

Babel II (Beyond Fantasy Fiction 1953/ 7) SFマガジン1983年3月号 冬川亘訳

 ある日、男は突如現れた妖怪に謎の術を掛けられてしまい、世界は言語の構造を失ってしまう。滅裂な言葉しか話せなくなった人々は混乱の極みに達していくが……。

主人公の最後の選択(=話し言葉は滅裂なまま、書き言葉だけもとに戻す)で得られた静寂が皮肉。

 

○ロバート・ブロック「再臨」 

Second Coming! (1964) 『世界ショートショート傑作選2』 伊藤典夫訳 10枚 

 現代のニューヨークに復活したイエス・キリスト。しかし時代の波の揉まれ、ありとあらゆるゴシップ、政治の駆け引き、乱痴気騒ぎに巻き込まれていく。最終的にイエスは映画の出演のデマを打ち消した直後に失踪し、再び世界は乱れていく……という、年表と見出しだけで構成されたショートショート。短さの割にキレがすごい。

 

○ラヴィ・ティドハー ”Whaliens”「ホエイリアンたち」(2014) 未訳 40枚

 地球を訪れたクジラ型宇宙人が要求したのは、なぜかモルモン教の指導者との面会だった。その後ユダヤ教への改宗を迫る宇宙人とアメリカ大統領たちの宗教を巡るドタバタ劇と、危機に瀕して知恵を寄せ合う主人公らSF作家集団、そして全てを統べて暗躍する高知能猫たち。猫SFでありながら、作者のSF愛(そしてヒューゴー賞を獲りたいという気持ち)を表現した一種のメタSFでもある。「再臨」と並べて宗教ネタで揃えたい。

 

○トマス・M・スコーシア「浴槽の中の爆弾」 

The Bomb in the Bathtub(Galaxy 1957/ 2) 『別冊・奇想天外 ドタバタSF大全集』宮脇孝雄訳 45枚

 ――「浴槽には、いま水爆が入っているんです」

 ロボット型爆弾が出現したある日。浴槽に現れたそれは、ポピュラーソングを歌い、蛇口をにらみつけるだけで何もしない……。調査に訪れた私立探偵と爆弾とのやり取りがユーモラスかつナンセンスで面白い。別次元から宇宙を破壊しようとするパラノイド集団に、別次元から宇宙を救済しようとするパラノイド集団をぶつけて解決を図るというやり口が狂っていて楽しい。

 

○ノーマン・ケーガン「数理飛行士」 55枚 

The Mathenauts (If 1964/ 7) SFマガジン2002年7月号 浅倉久志

 空間の生の数学的構造を,物質の介在なしに見ることができる」数理飛行士たちによる、数学空間内の冒険を描いた数学SFの古典的傑作。早すぎたグレッグ・イーガンといった趣もあり、数学の抽象的な空間を宇宙空間のように行き来するハッタリだけで乗り切るすごい話。数学SF枠。

 

アヴラム・デイヴィッドスン “Full Chicken Richness”  (1983)  未訳 30枚

 チキン・スープの缶の原料表示にあった「その他鶏肉」の表示を疑問に思った男が原料を調べると、そこに書かれていたのは謎の住所。訪れると、ある種のタイムマシン的な装置を使うことで、古代からドードー鳥を連れ出し、原料にしていたことが判明。最後には「需要が供給を上回って」ドードー鳥は絶滅してしまうのだった。一種のタイムパラドックスものでもある。ウォルドロップ「みっともないニワトリ」とならぶ2大ドードー鳥SF(そんなのあるか?)の1作。

 

○韓松 ”废厕”(2021) 未訳 50枚

 トイレがいろいろな宇宙と繋がっているというトイレSFらしい。途中に数年前日本で流行った植村花菜の楽曲『トイレの神様』が引用される。わたしは中国語ができないので詳細は分からないが、大恵和実氏が紹介されていた。

 

 韓松は「我々は書き続けよう!」(上原かおり訳、SFマガジン2022年6月号)が有史以来の高名な文学者は全員宇宙人だ!わたしが小説を書けないのは非宇宙人だからだ!……というほとんど悪ふざけみたいな発想から出発しながら、最後は文学の持つ根源的意味にも辿り着く怪作であったので、何とか1作ねじこみたい。

 

○ハワード・ウォルドロップ “Heirs of the Perisphere” (1985)  未訳 50枚

 文明崩壊後の世界で、ある日ディズニーのキャラクターたちが復活する。彼らはかつて自分たちが活躍していた時代について知るため、手がかりを探そうとするが……。「みっともないニワトリ」の作者によるシュールで切ない情景の短編。

 

フラン・オブライエン「機関車になった男」15枚 

John Duffy's Brother (Stories and Plays 1947) 『別冊・奇想天外 SFファンタジイ大全集』赤井敏夫

 ダッフィー氏はある朝突然、自分が機関車だという揺るぎのない確信を得る。周りの人は適当にあしらうが、本人は本気だった。結局、昼食を食べ終える頃には正気を取り戻し、機関車の痕跡は日常のちょっとした気配にしか残っていない。果たして本当に男は機関車になったと言えるのか? 日常と非日常のあわいをごく短い枚数で描き出した名作。

 

ジョージ・アレック・エフィンジャー「標的はベルリン! -空軍フォードア・ハードトップの役割-」 80枚

Target: Berlin! -The Role of the Air Force Four-Door Hardtop (editor:(Robert Silverberg) New Dimensions 6 1976) SFマガジン1990年4月号 中村融

 七〇年代の原油危機を受け、主力軍備を航空機から自動車へと転換する各国軍。その結果まきおこる、トヨタ"零戦"による特攻やキャデラックによる原爆投下など、「車」によるもう一つのWWⅡが描かれる。各種インタビューや書籍の引用などから構成されており、原爆投下の意義など真面目なテーマを扱っているようで、絵面が異様でふざけているようにしか見えない一種の怪作である。改変歴史もの枠として。

 

コニー・ウィリス「魂はみずからの社会を選ぶ」

The Soul Selects Her Own Society: Invasion and Repulsion: A Chronological Reinterpretation of Two of Emily Dickinson's Poems: A Wellsian Perspective (IASFM 1996/ 4) 『混沌ホテル -ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス大森望訳  ※個人短編集収録 40枚

 名高い大詩人エミリー・ディキンソンの詩の読解から、過去に起こっていた火星人襲来の事実を暴く! 論文形式で語られるいけしゃあしゃあとしたボケっぷりがたまらない一作。個人短編集収録済みだが、これだけはどうしても入れたい。

 

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 という訳で編んでみた。架空アンソロジーを編むのは楽しいし、色々変わった角度から短編をまとめて読む機会にもなっていいのでおすすめです。今回選ぶにあたって泣く泣く落とした作品も数多くあるのだが、これを読んで「これが入ってない!」などの意見があれば教えてもらえるとありがたいです。ラファティはこの間ベスト集が出たし、分かる/分からないが個人的に大きい作家なので入れられなかったが、なにかいいのがあれば入れたいし……ベイリーも……等々。思いながらもそうこうしているといつまでたっても終わらないので一旦公開。