機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

最近読んだ未訳短編の感想まとめ

kyofes.kusfa.jp

 

京フェスに登壇することになったので、それも含めて自分なりのまとめ。

大体Twitterからのコピペ。

 

www.uncannymagazine.com

"Rabbit Test" by Samantha Mills 読んだ。未来の妊娠中絶を巡る物語の中に、これまでの女性たちと妊娠検査・中絶の歴史が織り込まれていく。最後の"It is 2022 and it is never over."が象徴するように、現代の政治的状況への抗議というか、意思表明の面も大きい作品。2022年ネビュラ賞短編部門受賞作。

 

 
Ken Schneyer "Laws of Impermanence" 読んだ。
テキストが時間経過とともにその内容を自然と変化させていく世界。25年前に亡くなった父親の遺言書を巡る財産相続争いと並行して、自然と変化していくテキストを巡る各世代の学者たちの考察と、家族の祖父フィリップの妻が友人たちに宛てた手紙が変容していくさまを描くテクニカルな短編。これは面白い。
アリストテレスから始まり、ガリレオニュートン、ハイゼンベルグ、果てはデリダにまで言及していけしゃあしゃあと違う法則の支配する世界でのテキスト論を語るパートも楽しいし、段々と変容していく手紙がもたらす結果もスリリング。
向こうの書評サイトで「テッド・チャン作品が好きな人は好きだろう」と書かれていたけど、確かにそうかも。かなり当たり。
 
 
アレステア・レナルズの新作、"Detonation Boulevard"を読んだ。
イオの地表を舞台に60時間耐久レースを繰り広げるレーサーたち。人体改造を繰り返しながら、スポンサーを集めてレースの頂点を目指す彼らだが、あるレースの最中、ライバルの車が事故を起こす。主人公はそれを救出に行くが……。過酷なレースの中で光る紐帯と、レースのために自分を犠牲にし続けなければならないレーサーの悲哀が描かれた作品。おもしろい。
 
 
Ray Nayler "Año Nuevo"読んだ。
数十年前から海辺に出現していたクラゲのようなエイリアン。だがある日を境に全ての個体が姿を消してしまう。しかし、調査の結果、人間の血液内に細胞内器官として存在・拡散していることが判明し……。
親子の葛藤とエイリアンによる「感染」がもたらす、ある種の集合的無意識へのアクセスを経て繋がり合う人間たちを描いた作品。エイリアンによって人類補完計画が発動したみたいな話。乱暴だけど。レイ・ネイラーはSFマガジン2023年6月号に「ムアッリム」(鳴庭真人訳)が掲載されていますね。
 
 
Ray Nayler "The Case of the Blood-Stained Tower"読んだ。
シルクロード時代、交易路の交差点にある街で、ある王女が大モスクの頂上から投げ落とされて殺害されるという事件が起きる。書紀の青年は、貴族とともにその謎を解き明かそうとするが……。14世紀のイスラム圏を舞台にしたSFミステリ。
 
 
Grace P. Fong "Girl Oil" 読んだ。
語り手の女性は、昔なじみの男性に恋心を抱いているが、彼はスタイルもよく美しい別の女性に惹かれている。化粧品の広告オーディションを受けるも、あえなく落とされてしまうが、そこで新商品のオイルを入手する。それは塗るとまたたくまに脂肪を燃やす力を持っており、それを使って彼女はすばらしいスタイルを手に入れるが……。
世に蔓延る強迫的とも言えるボディイメージへの羨望と、そこから来る歪み(これは摂食障害にも繋がる)を、オイルという一種のガジェットを使い、鮮烈に描いた作品。現代的なテーマで批評的。
 
Rhett C. Bruno "Interview for the End of the World" 読んだ。
小惑星の突然の軌道変更により、衝突が余儀なくされてしまった未来。タイタンへの移住プロジェクトの責任者である主人公は、プロジェクト参加者を選抜する面接に明け暮れている。とうとう衝突まで24時間を切るなか、採用した人物がこっそりと娘を移住船に乗せていたことが判明する。暴徒と化した選抜されなかった人々が船へと押しかける寸前の中、主人公はある決断を下す。
ベタな話だが、主人公が昔から目をかけていた女性への父親的な愛情を、娘を密航させた男との愛情と重ね合わせるあたりが面白い。2018年のネビュラ賞候補。
 
 
Sunyi Dean "How to Cook and Eat the Rich"読んだ。
肉が手に入りにくくなった時代、富裕層をターゲットにした秘密人肉食クラブが地下で活動していた。入会すると、毎月素敵な人肉食レシピと材料が入った箱が届き、6ヶ月継続すると、秘密のディナーパーティーに招かれるという。果たしてクラブの真の意図とは……!?
オチはまあまあ見え見えではあるが、ちょこちょこ挟まれる人肉食レシピの具体性がユーモラスで面白い。

 

 

Laura Mauro "Looking for Laika" 読んだ。
冷戦真っ只中の英国が舞台。祖父からソ連の宇宙犬ライカの話を聞いた少年は、妹にでっち上げのライカにまつわる物語を語って聞かせる。ある日隕石が落ちた時、妹は宇宙船を見たと言い張り、少年はロシア語の描かれた板を拾う。その後核戦争が勃発、イギリスも犠牲となり、少年は両親を失う。
その数十年後、学者となった少年は、学者仲間に札に書かれたロシア語がライカの別名であったことを知らされる。妹が見た宇宙船は、本当にライカが乗っていたものだったのかもしれない。少年は数十年の時を経て、妹に真実の物語を語る。かなりエモくて泣かせる。2018年の英国幻想文学賞短編部門受賞作。
 
Alix E. Harrow "The Long Way Up" 読んだ。
夫の突然の死に耐えきれずカウンセラーを転々とする女。12人目のカウンセラーの導きのもと、無限に思える階段を下り、彼女は死の国へ赴き、そこで夫と再会する。しかしそこで知るのは、理想化していた夫の姿と実際のギャップであった……。すれちがう愛が切なく、しかし希望を抱かせるエンドと無限遠の階段のモチーフが印象的な一作。アリクス・E・ハーロウは邦訳がSFマガジンに1作掲載されている。これも面白かった。
“Gordon B. White is creating Haunting Weird Horror“, Gordon B. White (Nightmare 7/21)読んだ。
毎月7ドル払うと写真つきポストカードとホラー小話が送られてくるサブスクに申し込む話。解約しても続々と届くポストカードに恐怖新聞みを感じる。散々怖がらせたあげく、8ドル払うとひと月に1体ずつ除霊するサブスクが……というオチがいい。
 
Han Song(韓松) "THE Right to be invisible"読んだ。
透明になれる権利を得た人びとは、一夜にして姿を消し、街も職場も何もかもが「見えなく」なってしまう。唯一の観測者として選ばれた(?)男は、宇宙全体の消失を体験し……。短いながらもスケールの大きいホラーSF。
 
韓松「宇宙墓碑」(Han Song "Tombs of the Universe", Sinopticon: A Celebration of Chinese Science Fiction収録、Xueting Christine Ni訳)を読んだ。
宇宙時代、人々は宇宙で亡くなった人を弔うために巨大な墓碑を建てた。その墓碑を巡って、宇宙や人類の文化、生死について語られる。前半は火星の墓碑を見た経験から考古学者を志した男の物語。そして後半は、最後に建てられた墓碑に残されていた、「最後の墓守」の手記。突如として消滅を始める宇宙各地に置かれた墓碑のヴィジョンが印象的。結構よく分からないところもあるのだが、(墓って結局何の隠喩?何で急に消えたの?宇宙のタブーって何?前半と後半で出てくる同名の人はどういう関係??)、まあ宇宙時代の古墳の話と思えばいいのかなという気がする。宇宙時代の『火の鳥ヤマト編』というか……。
 
Sarah Pinsker "Two Truths and a Lie"読んだ。暑くなりだしたこの時期にいいホラー。
嘘言癖持ちの主人公がある時口走った架空のテレビ番組。だが実は存在しており、自分もそれに出演していたという。番組について調べていく内に、自分の記憶の真実性が失われていき……。
VHSで見る昔の子供向け番組の描写が不気味でいいですね。
「…子供たちが何かをしていると、ボブおじさんは全く関係のない話をする、それがショーの全てだった。…」