機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

プロフィール

自己紹介

鯨井久志(くじらい・ひさし) Hisashi Kujirai

1996年生まれ。大阪府出身。京都大学SF・幻想文学研究会OB(2020年度まで)。

海外文学やSFにまつわる同人誌『カモガワGブックス』の主宰をしている(共同)。本業は研修医→精神科医もどき。

SFやラテンアメリカ文学、その他奇想小説が好き。また、変な小説/映像/漫才も好き。

好きな作家(海外) マリオ・バルガス=リョサガブリエル・ガルシア・マルケスホルヘ・ルイス・ボルヘス、ホセ・ドノソ、ジョン・スラデックJ・G・バラードジーン・ウルフトマス・M・ディッシュテッド・チャンレベッカ・ブラウン、韓松、ミルチャ・エリアーデウラジーミル・ナボコフ

好きな作家(国内) 筒井康隆伴名練、円城塔伊藤計劃飛浩隆殊能将之石川博品矢部嵩、暮田真名、高橋睦郎内海健中井久夫

好きな芸人 Aマッソ、シンクロニシティ、十九人、TCクラクション、ダウ90000、隣人、街裏ぴんく永田敬介

好きな映画 ソナチネ新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に、オテサーネク、太陽を盗んだ男ペーパー・ムーン切腹、ちいさな独裁者、CURE、殺人狂時代(岡本喜八)、沈黙(ベルイマン

好きな漫画家 藤子・F・不二雄、つばな、石黒正数道満晴明黒田硫黄ヤマシタトモコ高野文子芦奈野ひとし冬目景

好きな翻訳家 柳下毅一郎若島正渡辺佐智江浅倉久志伊藤典夫古沢嘉通柴田元幸岸本佐知子、寺尾隆吉、西崎憲、田村さと子

書評系

作った同人誌

創作

翻訳

講演系

 

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ジョン・スラデック『チク・タク×10』がベストSF2023に選ばれました

 

 毎年恒例のムック本『SFが読みたい!2024年版』(早川書房)でのベストSF2023[海外編]にて、拙訳ジョン・スラデック『チク・タク×10』(竹書房文庫)が第1位を獲得しました。投票いただいたみなさん、ありがとうございました。

 

 企画から持ち込みだったこと、初の訳書だったことも相まって大変うれしいです。竹書房から初の第1位なことも! 

 それにともなって、『SFが読みたい!2024年版』では竹書房の水上志郎さんを聞き手にした鯨井久志インタビューと、鯨井監修によるジョン・スラデック邦訳作品全レビュー(鯨井、坂永雄一、白川眞、林哲矢、伴名練、鷲羽巧。敬称略)が掲載されています。そちらもよろしく。


 また、『チク・タク×10』に関しては重版も決定しました! 帯も重版仕様に付け変わっております。この機にぜひお読みください。

 

 

 当ブログをお読みの方ならお気づきかもしれませんが、本が出た段階では記事をアップしていませんでした。なぜか? 端的に怖かったからです。

 翻訳がよくないって言われたらどうしよう? 悪趣味で到底笑えないと言われたら? やっぱり埋もれている作品はそれなりの理由があるのだな、とか言われたら?

 そういった憶測が頭をかすめて躊躇してしまいました。でも持ち込んだときの自分の「面白さ」への自信や、それを買ってくれた竹書房さんの熱意などを含めて、客観的に評価いただけて本当に嬉しかったです。

 そして、今回の結果は、これまで竹書房文庫が築き上げてきたブランド――作品選定や想定を含めて――のおかげだと思います。編集の水上さん、本当にありがとうございました。「事件」を起こせましたね!

 

 何はともあれ、これからも精進していきます。

 何卒よろしくお願いいたします。

2023年まとめと2024年へ向けて

あけましておめでとうございます。

2023年は初の訳書が出たり、初めてSFマガジンに翻訳を載せていただいたりと、活躍の場を広げることができた一年でした。周囲の方々のお気遣いや応援あっての賜物です。本当にありがとうございました。

本職の方では、後期研修に進む予定をドタキャンしてフリーランスになったり色々ありましたが、秋口頃から落ち着きまして、その辺もよいご縁があったなあという感じです。そういえば、まさか日本精神神経学会に入るより前に、日本SF作家クラブに加入することになるなんて、一年前には思いもしませんでした……。

2024年も徳を積みつつ、野望実現に向けてコツコツやっていきたいと思います。何卒よろしくお願いいたします。

 

さて、宿題というか、2024年への宿題&もう決まっている予定のお知らせなど。

 

まずは某社から単著が出ます。大雑把な内容としては、言語実験的なSFの翻訳史とその技術、みたいなものになりそうです。昔書いた渡辺佐智江訳『ゴーレム^100』の検証記事の延長線上にあるもの、みたいなイメージです。

hanfpen.hatenablog.com

一応どういう作品を扱うかのリストはあるのですが、まだどういう組み立てにするかは決まっていないので、その辺も込みで頑張ります……。果たして書けるんでしょうか。

 

あとはスラデック関係でお知らせを、今年の早いうちにひとつかふたつお届け出来そうです。詳細はまだ秘密。

翻訳絡みで行くと、どこかにまた短編の翻訳を載せていただけそうな感じです。原稿はもう上がっているのでタイミングの問題……かな。たぶん。それ以外にもいろいろ仕掛けていきたいなあとは思うのですが、まだむにゃむにゃと模索中です。

編集系で行くと、作家・翻訳家の紅坂紫さんが編集されているフラッシュフィクション専門ペーパー『CALL magazine』にて、初回のゲストエディターを務めることになりました。執筆陣やテーマなど決めさせていただくことになっております。初回ということで大変光栄です。詳しくはCALL magazineの1周年記念特別号をご覧ください。

 

あとは2023年に書くはずだった記事の予定などをつらつらと。

  • 十九人の面白さ紹介記事(絶対やりたいと思ってたのに書けてない! 正月番組であのちゃんが推しの芸人に挙げてましたよ。2024年は絶対に十九人が来る!)
  • ニコライの嫁『奇天烈ポルノ全集』書評(マジの傑作だし、サイン入り献本までもらってしまったのにポルノレビューに対する自分のなかの姿勢が煮えきらなくてまだ書けてない。バタイユとか『秘めごとの文化史』とか読んでまた考えます)
  • 年刊Komiflo傑作選2023(竹書房からベストSF2023が出るのに合わせて書こうと思っていたら、2023年内に出なかったのでタイミングを失った)
  • 「裏笑いの研究」記事(ラーメンズの昔のネタで小林賢太郎がキャンセルされてしまってから、ネタ中の登場人物が語る思想の取り扱いについてはいろいろ思うところがあり、考えていくと裏笑いという概念を突き詰めていかないといけないのでは? と最近思いはじめています)
  • 西丸四方グスタフ・マイリンク『ゴーレム』について
  • 現代川柳とウィリアム・バロウズカットアップの類似性について

あとはカモガワ奇想短編グランプリ2についても考えないとなあ。一応年1ペースで同人誌は出せているんですが、今年は出せるのか……。既に記事案の持ち込みは複数受けているので、出さなきゃいけないんですが、先行きは不透明。

何はともあれ、やりたいことはたくさんあるので、心身の健康を保ちつつ色んなことに挑戦していきたいと思います。本業の方の勉強もしたいし。

 

本年も何卒よろしくお願いいたします。

現代川柳「蟹と炙り寿司」(鯨井久志&蟹味噌啜り太郎)

現代川柳「蟹と炙り寿司」(鯨井久志&蟹味噌啜り太郎)



 

蟹の鳴くところにすこしグーを出す

 

 

炙り寿司逃走中の蟹確保

 

 

蟹と見間違うほどの庭園

 

 

指切りで息殺す蟹とその子ども

 

 

蟹の代わりに握ってやる掌

 

 

山折りに殻は積むのと笑う蟹

 

 

蟹と手を繋ぎあわせて飯を食う

 

 

散髪を終えた寿司屋の後をつけ

 

 

蟹味噌が汗に流れて海となり

 

 

札をつけ茹でる仔蟹の初詣で

 

 

縦列に停まる蟹たちの隊商

 

 

蟹だけの満漢全席投げ捨てる

 

 

蟹食えば蟹が鳴るなり甲殻寺

 

 

声あげて炙る小粋な寿司倅

 

 

焦げ目からオホーツクの音がする

 

 

赤飯でなければすなわち炙り蟹

 

 

貝がらに耳をすませる蟹巨匠

 

 

火を見る森を見る蟹を見る

 

 

蟹は外どうしてそんなこと言うの

 

 

炙られても鋏まで炙られるな

 

 

窓越しに挟む鋭角あいま見え

 

 

炙られて泣くものがあるか

 

 

マウンドで脚振りかぶる蟹球児

 

 

メカ蟹に改造されても味噌はある

 

 

夜汽車待つ蟹と藻屑の999(スリーナイン)

 

 

夏の山腹を見せてる炙り寿司

 

 

炙るより蒸されてみたいと思う秋

 

 

サウナから出てくる寿司屋とその息子

 

 

タリバンとタラバは似ているだから何

 

 

「解」と「虫」解散するなら出すCD

 

 

 

 

***

コメント

 鯨井氏から暮田真名『ふりょの星』を紹介いただき、そこからの流れで、期せずして共作の機会を持つこととなった。ご笑覧いただければ幸いである。 (蟹味噌)

 

 ブンゲイファイトクラブのジャッジで川合大佑氏の現代川柳に触れ、そこから現代川柳には興味を持ち続けている。現実を軽やかに飛翔する奇想ぶりと、そのコンパクトさを両立させるパッケージングに大変心惹かれたのである。今回、蟹味噌啜り太郎氏に共作の話を持ちかけ、承諾いただけたのは、わたしにとっても貴重な経験であった。ありがとうございます。

 分担は、共作した句を編集作業中に並べ替えているうちに、次第に分からなくなってしまった。想像いただくのもよし、考えないのもよし、それはお任せする次第である。(鯨井)

 

booth.pm

 

最近読んだ未訳短編の感想まとめ

kyofes.kusfa.jp

 

京フェスに登壇することになったので、それも含めて自分なりのまとめ。

大体Twitterからのコピペ。

 

www.uncannymagazine.com

"Rabbit Test" by Samantha Mills 読んだ。未来の妊娠中絶を巡る物語の中に、これまでの女性たちと妊娠検査・中絶の歴史が織り込まれていく。最後の"It is 2022 and it is never over."が象徴するように、現代の政治的状況への抗議というか、意思表明の面も大きい作品。2022年ネビュラ賞短編部門受賞作。

 

 
Ken Schneyer "Laws of Impermanence" 読んだ。
テキストが時間経過とともにその内容を自然と変化させていく世界。25年前に亡くなった父親の遺言書を巡る財産相続争いと並行して、自然と変化していくテキストを巡る各世代の学者たちの考察と、家族の祖父フィリップの妻が友人たちに宛てた手紙が変容していくさまを描くテクニカルな短編。これは面白い。
アリストテレスから始まり、ガリレオニュートン、ハイゼンベルグ、果てはデリダにまで言及していけしゃあしゃあと違う法則の支配する世界でのテキスト論を語るパートも楽しいし、段々と変容していく手紙がもたらす結果もスリリング。
向こうの書評サイトで「テッド・チャン作品が好きな人は好きだろう」と書かれていたけど、確かにそうかも。かなり当たり。
 
 
アレステア・レナルズの新作、"Detonation Boulevard"を読んだ。
イオの地表を舞台に60時間耐久レースを繰り広げるレーサーたち。人体改造を繰り返しながら、スポンサーを集めてレースの頂点を目指す彼らだが、あるレースの最中、ライバルの車が事故を起こす。主人公はそれを救出に行くが……。過酷なレースの中で光る紐帯と、レースのために自分を犠牲にし続けなければならないレーサーの悲哀が描かれた作品。おもしろい。
 
 
Ray Nayler "Año Nuevo"読んだ。
数十年前から海辺に出現していたクラゲのようなエイリアン。だがある日を境に全ての個体が姿を消してしまう。しかし、調査の結果、人間の血液内に細胞内器官として存在・拡散していることが判明し……。
親子の葛藤とエイリアンによる「感染」がもたらす、ある種の集合的無意識へのアクセスを経て繋がり合う人間たちを描いた作品。エイリアンによって人類補完計画が発動したみたいな話。乱暴だけど。レイ・ネイラーはSFマガジン2023年6月号に「ムアッリム」(鳴庭真人訳)が掲載されていますね。
 
 
Ray Nayler "The Case of the Blood-Stained Tower"読んだ。
シルクロード時代、交易路の交差点にある街で、ある王女が大モスクの頂上から投げ落とされて殺害されるという事件が起きる。書紀の青年は、貴族とともにその謎を解き明かそうとするが……。14世紀のイスラム圏を舞台にしたSFミステリ。
 
 
Grace P. Fong "Girl Oil" 読んだ。
語り手の女性は、昔なじみの男性に恋心を抱いているが、彼はスタイルもよく美しい別の女性に惹かれている。化粧品の広告オーディションを受けるも、あえなく落とされてしまうが、そこで新商品のオイルを入手する。それは塗るとまたたくまに脂肪を燃やす力を持っており、それを使って彼女はすばらしいスタイルを手に入れるが……。
世に蔓延る強迫的とも言えるボディイメージへの羨望と、そこから来る歪み(これは摂食障害にも繋がる)を、オイルという一種のガジェットを使い、鮮烈に描いた作品。現代的なテーマで批評的。
 
Rhett C. Bruno "Interview for the End of the World" 読んだ。
小惑星の突然の軌道変更により、衝突が余儀なくされてしまった未来。タイタンへの移住プロジェクトの責任者である主人公は、プロジェクト参加者を選抜する面接に明け暮れている。とうとう衝突まで24時間を切るなか、採用した人物がこっそりと娘を移住船に乗せていたことが判明する。暴徒と化した選抜されなかった人々が船へと押しかける寸前の中、主人公はある決断を下す。
ベタな話だが、主人公が昔から目をかけていた女性への父親的な愛情を、娘を密航させた男との愛情と重ね合わせるあたりが面白い。2018年のネビュラ賞候補。
 
 
Sunyi Dean "How to Cook and Eat the Rich"読んだ。
肉が手に入りにくくなった時代、富裕層をターゲットにした秘密人肉食クラブが地下で活動していた。入会すると、毎月素敵な人肉食レシピと材料が入った箱が届き、6ヶ月継続すると、秘密のディナーパーティーに招かれるという。果たしてクラブの真の意図とは……!?
オチはまあまあ見え見えではあるが、ちょこちょこ挟まれる人肉食レシピの具体性がユーモラスで面白い。

 

 

Laura Mauro "Looking for Laika" 読んだ。
冷戦真っ只中の英国が舞台。祖父からソ連の宇宙犬ライカの話を聞いた少年は、妹にでっち上げのライカにまつわる物語を語って聞かせる。ある日隕石が落ちた時、妹は宇宙船を見たと言い張り、少年はロシア語の描かれた板を拾う。その後核戦争が勃発、イギリスも犠牲となり、少年は両親を失う。
その数十年後、学者となった少年は、学者仲間に札に書かれたロシア語がライカの別名であったことを知らされる。妹が見た宇宙船は、本当にライカが乗っていたものだったのかもしれない。少年は数十年の時を経て、妹に真実の物語を語る。かなりエモくて泣かせる。2018年の英国幻想文学賞短編部門受賞作。
 
Alix E. Harrow "The Long Way Up" 読んだ。
夫の突然の死に耐えきれずカウンセラーを転々とする女。12人目のカウンセラーの導きのもと、無限に思える階段を下り、彼女は死の国へ赴き、そこで夫と再会する。しかしそこで知るのは、理想化していた夫の姿と実際のギャップであった……。すれちがう愛が切なく、しかし希望を抱かせるエンドと無限遠の階段のモチーフが印象的な一作。アリクス・E・ハーロウは邦訳がSFマガジンに1作掲載されている。これも面白かった。
“Gordon B. White is creating Haunting Weird Horror“, Gordon B. White (Nightmare 7/21)読んだ。
毎月7ドル払うと写真つきポストカードとホラー小話が送られてくるサブスクに申し込む話。解約しても続々と届くポストカードに恐怖新聞みを感じる。散々怖がらせたあげく、8ドル払うとひと月に1体ずつ除霊するサブスクが……というオチがいい。
 
Han Song(韓松) "THE Right to be invisible"読んだ。
透明になれる権利を得た人びとは、一夜にして姿を消し、街も職場も何もかもが「見えなく」なってしまう。唯一の観測者として選ばれた(?)男は、宇宙全体の消失を体験し……。短いながらもスケールの大きいホラーSF。
 
韓松「宇宙墓碑」(Han Song "Tombs of the Universe", Sinopticon: A Celebration of Chinese Science Fiction収録、Xueting Christine Ni訳)を読んだ。
宇宙時代、人々は宇宙で亡くなった人を弔うために巨大な墓碑を建てた。その墓碑を巡って、宇宙や人類の文化、生死について語られる。前半は火星の墓碑を見た経験から考古学者を志した男の物語。そして後半は、最後に建てられた墓碑に残されていた、「最後の墓守」の手記。突如として消滅を始める宇宙各地に置かれた墓碑のヴィジョンが印象的。結構よく分からないところもあるのだが、(墓って結局何の隠喩?何で急に消えたの?宇宙のタブーって何?前半と後半で出てくる同名の人はどういう関係??)、まあ宇宙時代の古墳の話と思えばいいのかなという気がする。宇宙時代の『火の鳥ヤマト編』というか……。
 
Sarah Pinsker "Two Truths and a Lie"読んだ。暑くなりだしたこの時期にいいホラー。
嘘言癖持ちの主人公がある時口走った架空のテレビ番組。だが実は存在しており、自分もそれに出演していたという。番組について調べていく内に、自分の記憶の真実性が失われていき……。
VHSで見る昔の子供向け番組の描写が不気味でいいですね。
「…子供たちが何かをしていると、ボブおじさんは全く関係のない話をする、それがショーの全てだった。…」

 

 
 

【告知】文学フリマ東京37で『カモガワGブックスVol.4 特集:世界文学/奇想短編』を頒布します

note.com

大体上の記事を読んでいただければ分かるのですが。

今回もツテを最大限活かしてがんばりました。いい誌面になったと思います。伴名さんまで登板してくれて本当にありがたいです。

そして大目玉はカモガワ奇想短編グランプリの受賞作。約100作のなかから選んだ珠玉の作品です。こればかりはぜひ読んでいただきたい。

 

鯨井は池澤夏樹世界文学全集の方でレビューを10本くらい、あとヴァージニア・ウルフの未訳エッセイとナボコフの未訳インタビューを訳しています。

 

あとは京大SF研の京フェス特集号で橋本輝幸さんとインタビューを受けたのが記事になっていたり、『鳩のおとむらい』という鳩アンソロジーに、高円寺の某甲殻類ブックスをイジった掌編を書いております。文フリに来られる方はぜひお買い求めください。何卒何卒。

フランツ・カフカ『失踪者』

※本稿は鯨井の執筆のものではなく、桃山千里氏によるものですが、特別な許可を得て掲載しています。

 

 

 

 

 はっきり言って、カフカというのは自分にとってよく分からん存在なのである。不条理なのは、うん。理屈じゃ考えられない変な事態が起こって、困惑させられて、孤独になる。つらい。それはよく分かる。でも、現代ではそれがむしろ普通になっている。変なことばかりが世界で起こる。戯画化されたようなお役所仕事のカタブツさを目の当たりにして、「これがカフカか」とつぶやくことはあれど、そこに起こる逆転現象にはさして気も止めない。あまりにも古典すぎて、みんなが模倣するあまり、その魅力が伝わりにくくなっているんじゃないか、という気もする。というか、かなりそう思う。だって、同じ不条理ものという括りなら、全盛期の松本人志(『ビジュアルバム』なんて、二十年以上も前の作品だけど、未だに通用するからすごい)とか、今ならバイオレンス&不条理&天丼の美学を守り続けているニッポンの社長のコントなんかを見たほうが面白いんだもの(知らない人はYouTubeで「ゴルフセンター」のコントでも見ておきなさい)。まあ、その源流にはひょっとしたらベケットとかイヨネスコがいるのかもしれず、そのご先祖といえばやっぱりカフカなのかもしれない。そう考えると、当然無視しちゃいけないんだけど。ボルヘスが「カフカとその先駆者たち」で述べたように、そうした系譜が作れるということ自体が、カフカの偉大なところである、という言い方もできる。

 さて、カフカにはユーモアがあるという。この『失踪者』でもそれを感じさせるところはある。旧題を『アメリカ』というくらいだから、当然舞台はアメリカなのだけれど、冒頭からし自由の女神が剣を持っている。松明ではなくて。カフカ自身はアメリカを訪れたことが一度もなかったというから、これは天然の間違いなのかもしれない。ただ、識者に言わせると、主人公(女中を妊娠させてアメリカに体よく追放された)の「罪の誘惑にのったあとの判決と追放」の「予告」であり、「その入口に立つ女神は自由の火ではなく、『裁きの剣』をもたなくてはならない」(いずれも池内紀の解説より)なのだという。ふーん。そうなのかな。天然ボケだった方が何なら面白いけどね、なんて思ったりもする。それ以外にも、人の良い主人公が、ちゃらんぽらんな二人組に言葉巧みに騙されて身ぐるみ剥がれたり、レストランの食事を全部奢らされたりする辺りのドタバタっぷりは結構いい。だがまあ、話全体として見ると、何だかよく分からないというのが実感だ。そもそも未完だし。解説にあるように、アメリカという未知で混沌としていて、産業革命後の効率化を体現するような舞台に、無垢なる魂が迷い込み放浪していく物語、として捉えるのが、まあ筋なのだろう。しかし、それにしてはフワフワした話ではある。人生そのものが不条理で、オチも笑いどころもなく、筋といった筋もない孤独な遍歴なのだ、ということを示したかった、というのならまだ分かる。にしても、それを読んでいる時間も、読者にとっては人生の一部なのだから、読書の中でくらいオチや笑いどころがある話を読みたいなあ、と思うわたしは、すでに効率化を体現する現代社会の一員、歯車の一部となりさがっているのだろう。まったく、なんてオチだ。 (桃山千里)

 

 

 


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トマス・ピンチョン『ヴァインランド』

 

 

 

 どこから説明してよいのやら。まず言っておきたいのは、ピンチョンは変な作家であるということだ。ノーベル文学賞候補でありながらも覆面作家を貫き通していることとか、受賞スピーチにコメディアンを替え玉で送り込んだこととか、そのくせにアニメのシンプソンズには本人役で声優として出演したりとか、そういう周辺の話をしたいわけではない。まずもって、小説の発想が変なのだ。

 本作『ヴァインランド』は、一九七三年に大作『重力の虹』を発表したのち、十七年間の沈黙を経て刊行された作品だ。筋書きとしては、元ヒッピーの主人公ゾイドと、その元妻フレネシ・ゲイツ、そして彼らの娘であるプレーリーの三人を巡る物語、と一旦は言えるだろう。だが、主人公であるはずのゾイドは最初と最後の何割かにしか登場せず、主にページはプレーリーによる母フレネシ探しに割かれる。その構成の時点でもかなり変なのだが、輪をかけて奇妙になっていくのは中盤以降。母フレネシ探しの途中で登場する、金髪くの一のDL・チェインステインである。彼女は北カリフォルニアに存在する「霧隠の館」にある「くの一求道会」所属の優秀な女忍者(つまり殺し屋)であるのだ。そして登場する忍者の師匠、微妙に合ってるんだか間違ってるんだか分からない誇張された日本描写、殺しの呪いの術「震える拳」、巨大な足跡として登場するゴジラ……。頭に「?」が浮かんだ人は正しい。あまりにもスラップスティックでコミックノベル的な展開が進む一方で、終盤では突然新キャラの不良チェが登場したり、悪役の目論見がレーガン大統領の予算カットの判断で突然崩壊したり、もはややりたい放題の様相を呈する。そして最後は家族大集合でほっこりオチ……と、さすがピンチョンと言わざるをえない怒涛の展開が続く。

 もちろんピンチョンなので、テーマは「パラノイアアメリカ」であり、舞台の時代に設定されている「一九八四年」であり、当時在任していたレーガン大統領に関するものではある。冒頭のゾイドが奇妙な服装で食堂の窓ガラスに飛び込み、それをパフォーマンスとして自らの狂気を証明し、政府から受給している精神障害者のための手当の期限を更新するシーンからして、意味深長ではある。アメリカ文学者の三浦玲一は、この描写を「ポストモダンのパロディ戦略の見事な比喩」と評する(三浦玲一「ピンチョンにみるポストモダン小説の変遷――『ヴァインランド』の必然」)。パフォーマンスはもはや恒例行事と化しており、一連の様子はテレビ中継までされ、ガラスはいつのまにか映画撮影用の偽物にすり替えられている。六〇年代に成立したパフォーマンスも、八〇年代にはそのパロディにしかなりえないのだ、と。

 そこからレーガンへの批判、あるいはポストモダン文学のその先について論じることもできるだろう。その辺りは先行研究を読めばよい。ただ、本書はそうした論点も数多く抱える作品ながら、コミック・ノベルとしても一級品の作品であることは申し添えておきたい。また、本全集にはP・K・ディックの短編「小さな黒い箱」(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の原型となった作品)も収められている。同じく「パラノイアとしてのアメリカ」を描いた作家として、両者の両作品を読み比べてみるのも面白いだろう。個人的にはディックのモノホンっぷりが圧倒的ですごいと思います。