機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

プロフィール

自己紹介

鯨井久志(くじらい・ひさし) Hisashi Kujirai

翻訳者・書評家・精神科医。1996年生まれ。大阪府出身。京都大学SF・幻想文学研究会OB(2020年度まで)。

海外文学やSFにまつわる同人誌『カモガワGブックス』の主宰をしている(共同)。

SFやラテンアメリカ文学、その他奇想小説が好き。また、変な小説/映像/漫才も好き。

 

連絡先

Twitter:@hanfpen (DMあけてます)
メール:kgbbooks2019@gmail.com(同人誌用の窓口ですが、メールをいただければ鯨井が目を通します)

 

好きな作家(海外) マリオ・バルガス=リョサ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、ホセ・ドノソ、ジョン・スラデック、J・G・バラード、ジーン・ウルフ、トマス・M・ディッシュ、テッド・チャン、韓松、ミルチャ・エリアーデ、ウラジーミル・ナボコフ、ミュリエル・スパーク

好きな作家(国内) 筒井康隆伴名練、円城塔、伊藤計劃、飛浩隆、殊能将之、石川博品、矢部嵩、犬怪寅日子

好きな芸人 Aマッソ、十九人、TCクラクション、街裏ぴんく、シンクロニシティ、タワー、ヤッホイ、めっちゃ最高ズ、マタンゴ

好きな映画 ソナチネ、新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを、君に、オテサーネク、太陽を盗んだ男、ペーパー・ムーン、切腹、ちいさな独裁者、CURE、殺人狂時代(岡本喜八)、沈黙(ベルイマン)、復讐するは我にあり

好きな漫画家 藤子・F・不二雄、つばな、石黒正数、道満晴明、黒田硫黄、ヤマシタトモコ、高野文子、芦奈野ひとし、冬目景

 

書評系

  • SFマガジン2019年2月号〈百合特集〉 「百合SFガイド2018」
    :矢部嵩『魔女の子供はやってこない』、つくみず『少女終末旅行』、石川博品『四人制姉妹百合物帳』のレビューを執筆。
  • "Shoreline of Infinity 18" エスニックマイノリティ特集号"The History of Japanese Science Fiction: from the 1930s to 2010s"
    :日本のSF史に関する記事。執筆&執筆協力(半同人?)。
  • ブンゲイファイトクラブ3
    :1回戦&準決勝ジャッジを担当。
  • SFマガジン2021年8・10・12月号〈ハヤカワ文庫JA総解説PART1・2・3〉
    『ハヤカワ文庫JA総解説1500』として書籍化。
    :星新一『宇宙のあいさつ』、筒井康隆『アルファルファ作戦』、田中啓文『蹴りたい田中』、飛浩隆『象られた力』、伊藤計劃『ハーモニー』、SFマガジン編集部編『アステリズムに花束を』、大森望&伴名練編『2010年代SF傑作選』の項を担当。
  • 『SFが読みたい!2023年度版』 春暮康一インタビュー(聞き手&構成)
  • SFマガジン2023年6月号〈特集 藤子・F・不二雄のSF短編〉作品総解説
    担当作:「イヤな イヤな イヤな奴」「やすらぎの館」「T・Mは絶対に」
  • 日本SF作家クラブ編『AIとSF』  扉裏の解説文 
    (円城塔、飛浩隆、野﨑まど、人間六度、品田遊の各作品)
  • 紙魚の手帖 vol.12 AUGUST 2023 【SF BOOKREVIEW】欄にて、翻訳SFの紹介
  • 『SFが読みたい!2024年度版』 鯨井久志インタビュー
  • 紙魚の手帖 vol.18 AUGUST 2024 【SF BOOKREVIEW】欄にて、翻訳SFの紹介
  • SFマガジン2024年12月号 ラテンアメリカSF特集 特集監修
  • SFマガジン2025年2月号 「SFブックレビュー」、韓松『無限病院』(山田和子訳、早川書房)書評
  • SFマガジン〈世界SF情報〉担当中(2025年2月号から)
  • 『SFが読みたい!2025年度版』大森望×橋本輝幸×冬木糸一×鯨井久志 座談会
  • ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン『頂点都市』(新井なゆり訳、創元SF文庫) 文庫解説
  • 本の雑誌2025年6月号 特集:変な小説! 偏愛変な小説ベスト3紹介
  • SFマガジン2025年8月号「SFブックレビュー」、『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)書評
  • 本の雑誌2025年8月号 「ホルヘ・ルイス・ボルヘスの10冊」寄稿
  • 紙魚の手帖 vol.24 AUGUST 2025 【SF BOOKREVIEW】欄
  • 紙魚の手帖 vol.24 AUGUST 2025 SF入門座談会海外編(鯨井久志×中村融×冬木糸一)
  • SFマガジン2026年2月号「コリーナには淆じり得ない」(Those Shadows Laughより)」(ジェフ・ライマンの未訳ノヴェレット紹介コラム)
  • 韓松『悪夢航路』(山田和子訳、早川書房) 解説

作った同人誌

創作

翻訳

  • ジョン・スラデック&トマス・M・ディッシュ「超巨大ホットドッグ」(『カモガワGブックスVol.3』)
  • ジョン・スラデック&トマス・M・ディッシュ「あなたにもできる心臓移植 DIYガイド」(某所)
  • ジョン・スラデック「〈未だ来ぬ地〉からの客人」(『カモガワ遊水池』)
  • ラヴィ・ティドハー「ホエイリアンたち」(『BABELZINE Vol.3』)
  • ジョン・スラデック『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』(竹書房文庫)→『SFが読みたい!2024年版』で、海外編ベストSF2023第1位獲得!
  • アンナ・カヴァン『眠りには家がある』(鋭意翻訳中某社で企画がまとまりかけていたが、文遊社に先を越されたのでポシャりました。無念……。でも安野玲さんの訳はすばらしいので読むべし。)
  • デイヴィッド・ブリン、ニール・スティーヴンスン他による「追悼エッセイ」(SFマガジン2023年6月号〈追悼グレッグ・ベア〉 )
  • M・ショウ「孤独の治療法」(SFマガジン2023年10月号)
  • ヴァージニア・ウルフ「フィクションの中の超自然」(『カモガワGブックスVol.4』)
  • ウラジーミル・ナボコフ・インタビュー(1963年)(『カモガワGブックスVol.4』)
  • ジョン・ウィズウェル「幽霊屋敷のオープンハウス」(SFマガジン2024年4月号)2025年第56回星雲賞参考候補作!
  • イン・イーシェン「世界の妻」(SFマガジン2024年6月号)→2025年第56回星雲賞参考候補作!
  • 韓松「輪廻の車輪」(SFマガジン2024年12月号。作者自身の英訳からの翻訳)
  • キャサリン・マクリーン「シンドローム・ジョニー」(『カモガワGブックスVol.5』)
  • スーザン・パルウィック「すずめ」(『BABELZINE Vol.4』)
  • ゴードン・B・ホワイト「ゴードン・B・ホワイト、呪われたホラー作品を制作中」(『BABELZINE Vol.4』)
  • ケネス・シュナイヤー「無常の法則」(『BABELZINE Vol.4』)
  • ジェフリー・フォード「秋の自然誌」(SFマガジン2025年10月号)
  • ケイトリン・R・キアナン『溺れる少女』(河出書房新社)溺れる少女 →第79回日本推理作家協会賞翻訳部門最終候補!
  • シオドア・スタージョン「思いやりと愛のあるとき」
  • ジュディス・メリル「シオドア・スタージョンについて」

 

  • 鯨井久志編訳『ジェフ・ライマン傑作選(仮)』(国書刊行会。2026年夏頃。〈オムニフィクション〉第1回配本)
  • 若島正編『ジーン・ウルフ・コレクション』(国書刊行会、全3巻。すごいのが来た。2作短編を訳してます。2026年中には出るはず)
  • 某作家のエッセイ・講演録(某社。企画は通ったが……どうなる?→版権取れなくてしばらく延期……というかムリそう……)
  • ミュリエル・スパーク『慰むる者たち』(いつになるか不明だが、多分やる)
  • 精神医学を交えた書評の連載(ウェブ媒体。たぶん春から)

 

講演系

  • 京都SFフェスティバル2023「橋本輝幸×鯨井久志 海外SF紹介者という仕事」
  • SFセミナー2024「新人SF翻訳家ミーティング」(鯨井久志、紅坂紫、白川眞、平井尚生、藤川新京)
  • SFセミナー2025「伊藤典夫のデンジャラス・ヴィジョン」(鏡明、高橋良平、大森望、樽本周馬、鯨井久志)

など

 

Podcast

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国会図書館デジタルコレクションで読める本でおすすめ10選

『jem』のメールマガジン用に書いた原稿。

だいぶ無茶なお題だったのでどうにかこうにかお茶を濁している感じがある。

 

***

 

 

 まあ、これを読んでいる人には国会図書館デジタルコレクションが何ぞやとか、個人送信で読めるとはどういうことかといった前提の説明は不要だろう。で、いま「マイコレクション」に保存してある件数を見てみたところ……325件あった。多すぎである。そのうちの九割五分は未読の本だ。本業に関係する精神病理学関連の本が三割ほどはあるとしても、250冊以上は文学系の本ということになる。まったく、いつ読むのやら。
 そういう訳で、デジタル積読とでもいう本ばかりがやたらに増えて、まあ古書店で高い金を出して自室を圧迫することが減っただけでもよしとすべきなのだろうが、読む方が追いついていないというのが現実だ。とりあえず、既読・未読にかかわらず、マイコレクションに入れてある本の中からめぼしいものをリストアップし、短文を添える形式でいこう。

 

◯『世界の文学 : 新集 28 (フォースター)』(中央公論社)

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 フォースター『ハワーズ・エンド』は吉田健一訳が妙に持て囃されていて、池澤夏樹編の世界文学全集にも吉田訳で収められているのだが、正直言って吉田訳が現代でどこまで通用するのかは、若干疑問視しているところがある。ディケンズなどでも知られる小池滋訳の方が、とっつきやすいし訳注も充実している。※個人の感想です

◯ジュディス・メリル『SFに何ができるか』(浅倉久志訳、晶文社) 

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 いわずと知れたSF界の名編集者、ジュディス・メリルによる来るべきSFへのマニフェストとでもいうべき評論書。

◯由良君美監修『世界のオカルト文学幻想文学・総解説 : 決定版』(自由国民社) 

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 ブックガイド本は本文検索できる電子書籍に限る。由良君美監修のこの本があれば幻想文学も怖くない。特に四方田犬彦によるルイス・キャロル『スナーク狩り』の評における、文体模写芸は一読の価値あり。

◯シャーリイ・ジャクスン『こちらへいらっしゃい』(深町眞理子訳、早川書房)

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 古書価が高騰していて手が出なかった本のひとつ。本書が収められた〈世界の短篇〉も、いずれ全部読みたいと思っている。

◯G・シャルボニエ『ボルヘスとの対話』(鼓直・野谷文昭訳、国書刊行会) 

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 ボルヘス関連本は現行でも流通しているものが多いので、あまりデジコレには入っていないが、これは晩年のボルヘスへのインタビュー集。

◯マルセル・シュウオッブ『吸血鬼』(矢野目源一訳、新潮社) 

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 矢野目源一訳シュオッブも、国会図書館の手にかかれば家にいながらにして無料で読めてしまう。まあ、国書刊行会の集成を買ってあげた方がいいとは思う。

 

 

◯B・S・ジョンソン『トロール』(柳瀬尚紀訳、筑摩書房) 

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 若島正訳で『不運な奴ら』が今秋刊行という話だが(箱入り特装本一万円!)、同作者の既訳作品。実験小説家として知られており、自分も未訳の原書を中野の古本屋で買ったのを持っているのだが、まだ読んでいない。ちなみにそれは、本の途中で丸くくり抜かれたページが複数あり、そこを透かして読むのが前提になっているという仕掛け。邦訳するときどうするんだろう(まあ、そんな機会があるかは知らんが)。

◯グスタフ・マイリンク『緑の顔』(佐藤恵三訳、創土社) 

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 これも古書価が高い。最近、やっと白水uブックス版『ゴーレム』が増刷したというウワサ。

◯『世界文学全集 94 (ゼーガス,A.ツヴァイク,ブレヒト)』(講談社) 

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 アンナ・ゼーガース「死んだ少女たちの遠足」はとにかくすごいので読むべし。

◯ウニカ・チュルン『ジャスミンおとこ』(西丸四方訳、みすず書房) 

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 ドイツ文学三連発。これも古書価が妙に高い。新訳を出して、アンナ・カヴァン、ミュリエル・スパーク、シャーリイ・ジャクスン、シルヴィア・プラス、キャシー・アッカーらと並べて書店でフェアをやりたいという野望をずっと抱いている。

 
 これで十冊。まだまだ、それこそ〈アントニー・バージェス選集〉が全部読めるとか、ソノラマ文庫の海外ものが……とか言い出しはじめたらキリがない。とりあえず、目の前にある積読を崩すのに戻ることにして、この稿は終える。人生は短く、読むべき本はあまりにも多い。

 

アンナ・カヴァン「霧」

霧 アンナ・カヴァン 

鯨井久志訳

 

 車をかっ飛ばすのがもともとずっと好きだった。とはいえ、あの日はふだんに比べれば抑えていたのだけれど。霧がかかっていたのもあるが、おだやかで満たされた気分、やすらかな心地がしていて、先を急ぐ必要がなかったのだ。その感覚が注射によるものだったのは言うまでもない。でも、霧や車のフロントガラスでゆれ動くワイパーも、無関係ではなかったように思う。孤独ではあったけれど、ワイパーがずっとそばにいて規則正しくゆれてくれていたし、それが精神安定剤トランキライザーとして作用していたのだ。ワイパーがフロントガラスに半円を描くたび、自分は本当はここにいないんじゃないかという気がした。まるで、眠りながら車を運転しているかのような心地だった。窓の外の世界をぼやけさせ、あいまいで非現実的な光景に変えてくれた霧も、それに一役買っていた。
 連中もまた、ほかのすべてと同様に非現実的なものに見えた。車で踏切をこえてすぐ、長髪で風変わりな服装をした十代の若者の一団が前方に現れたのだ。笑い、話し、歌いながらふらふら歩き、手をつないだり、たがいの腰に腕をまわしたりしていて、全員、見るからに「おれたち最強」といったようすだった。いつもなら、道路はおれたちのものだと言わんばかりに練り歩くその姿に、苛立ちをおぼえただろう。わたしは鬱々としていて、不安で孤独で、話す相手も笑いあえる相手もいないというのに、連中はあれほど堂々としていて、かつあけっぴろげで楽しそうで、と。しかし、今回のわたしは気にしなかった。連中は現実リアルじゃなかったから。連中は道をゆずろうともせず、むしろわたしにとまるよう合図まで送ってきたが、わたしはまるっきり冷静で、超然とした態度を崩さずにいた。
 わたしはただ、連中の間抜け面、それを取りかこむ濡れそぼった蛇のごとく絡んだ愚かしい毛髪を、冷ややかな目で見つめていた。にやついた顔はどれも霧で濡れててらてらしていて、口が開いたり閉じたりするたびに、息が湯気となってぷかりと口からうかんでいた。連想したのは、日本の龍の面、それにエンソールの絵画に描かれるような、非人間的な悪夢じみた仮面の顔。霧ごしにこちらへ向かってしかめっつらをしているその顔からは、仮面とか、歩いたり話したりはできるが、しかし実際には生命の宿っていないものたちと同じような、どこか不気味な嫌悪感がただよっていた。もし連中が人間だったら、ぞっとさせられただろう。でも、ただのマネキンでしかなかったから、わたしは何の感情も抱かず、冷淡なままでいられた。なるべく視界におさめずにすませたい、ただそれだけだった。
 当たり前だけど、連中を車に乗せてやる気なんてみじんもなかった。しかし道から退こうとしないので、わたしは無意識のうちに足をアクセルから離し、ブレーキへと移していた。だが、ふと考えた。なぜそんなことを? 連中は現実リアルじゃない。この光景すべてが現実リアルじゃない。わたしは本当はここにいないんだから、連中もまたそうであるはずがない。連中を現実の生きた人間として扱うなんて、馬鹿げてる。そこで、わたしはふたたび足をアクセルに戻した。連中は、眠りの中でわたしが見つめている、不快な仮面の集合体にすぎなかった。わたしはまったくの無関心かつ冷静で、そこには気持ちの高ぶりなどみじんもなく、感情とよぶべきものすらなかった。
 一体のマネキンがこちらに急接近した。霧を通して、わたしと向き合うように描かれた仮面の顔が、まっすぐわたしを凝視しているのが見えた。口と目が、信じられないという感情をグロテスクに誇張して、どんどん大きく、大きく開いていく。するとどしんと音がして、わたしは両手でハンドルをぎゅっと握りしめた。まるで、そうしなければ何がしかの失敗から目をそむけられないとでも言うかのように。だが、それが具体的にどんな失敗であるかは、どうでもいいことのように思えた。
 その小事件はどうも長びいた。奇妙な金切り声が延々とひびき、ぼんやりとした影が転がりまわった。ようやく事がおさまると、わたしは何事もなかったかのように車を走らせた。実際、何も起きていなかったのだ。わたしは一顧だにしなかった。考えるべきことなど何もない。ただ霧の中をおだやかに、注意深く運転していただけだ。規則正しく左右にゆれるフロントガラスのワイパーが、まるでいまこの場にいないかのような、平和で夢見心地な感覚を高めていた。
 霧の立ち込めるカーブで、突如として何かがぬうっと姿を現し、わたしは道路を横切るかたちで右へ急ハンドルをきった。このふたつの非現実的存在どうしの衝突を避けるなどという考えは、わたしの頭にはみじんもうかんでいなかった。何かしらの反射が働き、さきの瞬間においてわたしに急ハンドルをきらせ、巨大トレーラーを間一髪でかわさせたにちがいない。運転手の怒号を無視して、わたしはふたたび車を走らせる。時速は五十五キロか六十五キロくらい、それ以上は出していない。とくに何も考えないまま、ワイパーがゆれ、霧がすべてをぼやけさせる。
 これほどまでに超然として落ち着いた心地になれること自体が、愉快で和やかなことだった。けれども、しだいに退屈をおぼえはじめた。すべてがとめどなく続く。霧も、フロントガラスのワイパーも、このドライブも。まるで車をとめるすべを知らないかのよう、ガソリンが尽きるか、すべての道が行きどまりになるまで運転しつづけなければならないかのようだった。
 だから、パトカーがとめてくれて、むしろほっとした。車から降りて道路に立ち、用件を訊ねた。確かめてもらえばわかることだが、わたしは酒に酔ってはいなかった。危険運転もしていない、もちろん。巡査部長から署まで来るようにと言われたので、承諾した。場所がどこだろうが、わたしにとっては何も変わらない。だって、わたしは本当はそこにいないのだから。警察署だろうが、ほかのどこだろうが、きっと同じだ。車を調べたいと言われたが、わたしはいっさい不服を申し立てなかった。車内からは何も見つからなかった。注射器や薬の残りはみな、鞄の中にある。捜査が終わるのを待ちながら、わたしは窓の外を眺めた。外はもう夕暮れ時だった。霧の立ち込める通りに街灯がともり、黄色い光が放たれるのを見つめた。
 捜査官による取り調べをひとりで受けた。小さな文字で書かれた掲示が貼られ、自転車が二台壁に立てかけてある、狭くて冷え冷えした、明るく照らされた部屋だった。わたしと捜査官は、黒い合成樹脂フォーマイカが塗られた机を挟んで向かい合うかたちで、固い木の椅子に座っていた。わたしはコートの襟を立てたままにしていた。捜査官は大柄な男で、そのがっちりとした肩は、なぜだか不自然なものに見えた。子どもがハンガーや棒、クッションを服の中につめこんで作るマネキンを連想したのだ。捜査官の顔は模造品イミテーションで、段ボールか紙粘土製の仮面、緑色の目を描き入れられた仮面だった。烈しい光の中で、わたしはその目がうつろなまなざしで、何の感情もなくわたしを見つめているのを見た。わたしの髪、腕時計、スエードのコートを、ただぼんやりとまなざしている。
 わたしは冷静に、冷淡に、その目を見つめかえした。その目は何を見ているのだろうか、ひょっとしたら何も見ていないのだろうか。あきらかに捜査官は現実リアルでなかった。偽物にすぎない。わたしはわたしの眠りの中で彼を見つめているのだから、彼の方からわたしに干渉することはできないはずだ。そんなことしか考えていなかった。わたしはどうしようもなく冷静で、かつ超然としていて、感情はみじんもかき立てられていない。踏切で起こった事故を目撃しませんでしたかね、と訊ねられたときでさえも。
 部屋はひどく冷えていて、捜査官が話すあいだじゅう、その息が湯気となって彼の目の前に立ちのぼっていた。一瞬ではあるものの、さっきのあの仮面たちが、口元から湯気を放っているのを眺めているような感覚にとらわれた。その仮面は霧の中を、内側でろうそくの煙がくゆるおそろしいハロウィンのカボチャのように、ゆらゆらとうごめいていた。捜査官の取るに足らないプロレタリア的な顔貌は、その仮面同様に非現実的で非人間的に思えた。口をきく物体がたたえる、あのどこか奇妙な嫌悪感を催す雰囲気があった。人間には決してない雰囲気だ。もし現実の存在であるならば、わたしはぞっとさせられたことだろう。だが彼はただのマネキン、人間のまがいものにすぎず、だから、ほかの連中と同じで、わたしの超然とした態度は揺らがなかった。彼に対しては何の感情も抱かなかった。無関心。できればこれ以上向かい合ったまま座らずにすませたい、ただそれだけだ。「いいえ、何も見ていません」とわたしは言った。話す気なんてみじんもなかった。当たり前だ。話すことなど何もない。こんなことは現実じゃない。こんなことが現実に起きているわけがない。
「われわれの捜査にご協力いただけるかもしれないのですが」
 この言葉に対して、どう答えればよいかわからず、わたしは黙りこんだ。何が起きたか知らないのに、協力できるわけがなかろう? 捜査官は片方のポケットをさぐると、もう片方もさぐり、プレイヤーのタバコを取りだしてこちらにさしだしてきた。その手は大きく、角ばっており、年季が入っていた。肉体労働者のような手。「いいえ、結構です。吸いませんので」わたしは顔をしかめて、ヴァージニア葉タバコの強烈で少々湿気ったにおいをかいだ。
「なんと、お吸いにならない?」捜査官は一瞬だが、かすかに微笑んだようだった。なぜだろうと思った。彼は演技をしている、何かを演じているのだ。わたしは超然としたまま、黙って彼の大量生産されたようなぱっとしない顔を見つめた。その目には光のきらめきも生気もなかった。知性と感情を欠いた、平べったい緑色の石。わたしは机に肘をついた。この状況はどうも長びいている。退屈になってきて、腕時計を見る。
 女性警官がトレイを持って入ってきて、机に置くと、また出ていった。わたしは捜査官がさしだした分厚い白いカップを受け取り、お茶か、あるいはコーヒーだったかもしれない何かをいくらか飲んだ。霧のせいで、喉が少々痛みはじめていた。
「おひとつどうです?」わたしは捜査官の職人アルチザンめいた手から、無地の乾いたビスケットが載った皿へと視線を移し、首を横にふった。捜査官は自分でひとつ取り、半分に割って、二口で呑みこむ。わたしは白いカップを机に置く。
 捜査官は言った。「踏切でひとが死んだんです」
 その額に、三本の深い横じわが現れた。目は細まり、半ば閉じられていた。一瞬、霧の中に十代の仮面たちが漂うさまが、ふたたび視界にうかんだ。そのうちのひとつが急接近し、驚きなのか不信なのか、滑稽なほど大げさな表情で、わたしの向かいからまっすぐな視線で見つめてきた。机の向こう側の仮面の顔はこちらに向かって眉をひそめる。わたしが何か言うのを待っているのはわかっていた。だが、言うべきことは何もないのだ。仮面がひとつ使えなくなった。だからなんだ? 仮面は人間じゃない。無意味だし、どうでもいい。一連の状況すべてが非現実的だった。
 捜査官がカップを注ぎ足した。カップから湯気が立ちのぼる。その湯気を通して、彼の陳腐な模造品イミテーションの顔が、まるで霧の中にあるかのように、わたしの眼前に浮かびあがった。緑色の瞳はいまや大きく見開かれ、まっすぐにこちらを見つめている。だが、うつろで、おそらくは何も見ておらず、ほとんど盲人のようだった。霧の向こうに、そのいかつい肩がぼんやりと見える。彼は詰め込まれた服と傘でできたマネキンであって、本物リアルじゃない。人間ではないという理由で、わたしは何の感情を抱くこともなく、完全な無関心でもって彼を見ることができた。ただ、彼を視界に入れたくはなかった。わたしは顔をそむけた。
 夜が近づくにつれて、外の霧は濃くなっていった。喉の奥に霧の冷気を感じた。窓の外では、霧がガラスに押し寄せていた。一瞬ではあるものの、霧に囲まれた冷たい独房に閉じ込められたような感覚に陥った。だが、わたしは本当はここにいない。この状況はみな現実リアルでないのだから、この部屋も現実リアルではないはずだ。壁が実体を持って見えるのも錯覚だ。実際にはそれはうつろな空間、はてしなき虚空の内で粒子間にひろがる力場でしかない。とはいえ、できればここではないどこかべつの場所にいたいとも思った。
 心は依然としておだやかだったが、その平穏をおびやかしかねない、遠くにひそむ危険な何かが、かすかに感じられるようになっていた。捜査官の「思い出して! 本当に何も見なかったんです? 道路に不審なものは? 誰も怪我をしていなかったと?」という声が聞こえたので、その考えを頭から追い出した。
「言ったでしょう、何にも見てません」
「ですが、トラックの運転手は、事故の直後にあなたが彼の横を通りすぎていった、と証言しているんです。ですから、あなたはきっと何か見たはずなんだ」
 検査官の声は鋭さを増していた。まるで本当に生きているかのように、鋭くこちらを一瞥したような気がした。しかし、もう一度彼に視線を戻すと、仮面は何も変わっておらず、さっきと同じように半分閉じられた目が、眉をひそめた偽りの顔の上にのっぺりと描かれていた。
「トラックの運転手ですって?」とわたしは訊ねた。「何をおっしゃってるのかわかりませんね。全部勘違いで、わたしはお探しの人間じゃないってことが、どうしてわからないんです?」
 わたしはふたたび腕時計を見た。捜査官はわたしの問いに答えなかった。彼がぴかぴか光る黒い表紙の小さな帳面をめくりはじめるのを、わたしは眺めた。わたしは依然として冷静でかつ超然としていて、その超然さによって隔離されていた。しかし、どこからか、心をかき乱しかねないひとつの疑念が忍びよってきている。いまの状況が永遠に終わりを迎えないのではないか、という気がしはじめていたのだ。そして、この終わりの見えない状況において、最後まで超然としたままでいられるのかどうか、どうにも確信が持てなくなってきていた。捜査官が小さな手帳をめくるのを眺めているうちに、わたしはふたたびはるか彼方からの脅威、遠く離れた地平線に浮かぶ黒い雲の存在に気づくこととなる。
「運転手が車のナンバーを控えていたのです」探しものを見つけた捜査官が、数字をいくつか読みあげてきた。「あなたの車のナンバーでしょう? ですから、勘違いってことはありえないわけです。われわれが探している人間、それはあなたなんです」捜査官は不意に動き、机の上に身を乗りだした。顔がわたしの顔に迫りすぎたあまり、湿気たタバコのにおいと、ほとんど洗濯されていない厚手の服のにおいがして、しかもそこにアルコールのより鋭くより不快なにおいも加わったため、わたしは本能的に身を引いた。
「そろそろ真実をお話しいただける頃合いじゃないですか」彼の口調は驚くほど新鮮で、断固たるものだった。空虚で無感情だった目が、突然生気を取りもどした。あの鈍く、マネキンめいた警官の顔が、思いもよらず真に迫っておそろしいものに見えた。
 捜査官が立ちあがり、机の周りをぐるぐる歩きまわるのを見ていると、黒い雲が近づいてくるのが感じられた。彼の視線と動作には、いまや冷え冷えするような策略が充満している。不気味なことに、彼はわたしのまえに立ちはだかった。その大きく角ばった肉体労働者めいた手は、わたしの視線のまっすぐ先にあり、暗い色の制服を背景にしているためか黄色がかっており、不気味なほど力強く見えた。不気味なことに、あの詰めものをしたかのような肩がわずかにこちらにかしいでいて、そしてあまりにも近い距離でこちらに迫っていた。その姿を視界に入れたくなかった。視界に入れることなく、彼をよけるようにして、わたしは窓の外を眺めやった。
 霧のにおいがした。霧の味がした。喉がざらざらと刺激された。窓の外では、日が急速に沈みつつあった。通りには人っ子ひとりいない。べつの通りを走る車の音も聞こえない。低く、薄汚れた霧の天井が天から押しよせてきて、町の明かりをくすんだ色にしていた。霧そのものはかつてないほど濃くなっており、吐瀉物めいた濃厚で胆汁性の黄色にその色を変えていた。窓ガラスをもってしても、それを部屋から締め出すことはできなかった。霧の水平なすじがくっきりと空に張り出し、その隙間から鈍い黄色の光が輝いていた。
 一瞬、また閉じ込められたような感覚になった。今度は霧よりも暗く、より致命的な何かに。まだ完全に閉じ込められたわけではなかった。だが、注射がもたらしてくれていた平穏は徐々に薄れつつあり、いまの状況を完全に受け入れることこそしていなかったが、どこかに何らかの脅威が存在することは、もう無視しきれなくなりつつあった。超然としていられるのはもう長くなく、そうなればすべてが耐えがたいものになってしまうのではないか。
 つまり、結局のところ、この状況は何らかの形でわたしと関係があったのだ。霧のせいで、その理由ははっきりとわからなかったけれど。霧はいたる所にある。わたしの頭の内側にも。わたしは、何が起きていたのかまるでわかっていないらしい。思い出すこともできず、いま何が起こりつつあるのかも、まるっきり理解できていないかのようだ。現実との接点を失ったような、事態の制御ができなくなったような、そんな感じがした。そのあいだにも、毒ガスのような黒い雲がわたしに向かって押しよせてくる。
 手遅れになる前に逃げ出そうという気持ちが、突如としてわいてきた。この状況から抜け出すには、いますぐ行動を起こさねばならないのはわかっていた。しかし、物事が現実リアルに思えない以上、本当はいまここに自分がいるとは思えない以上、それはできない相談だった。だからまず、ここにいない感覚や取り残された感覚を断ち切らなければならなかった。突然、一刻もはやく目をさましたくなった。ただ眠りの中に座しているのではなく、現実に存在していたくなった。どこにもない場所ではなく。
 しかし、すでに手遅れなようだ。この状況から逃れる術はないのだと、わたしは悟った。黒い雲が部屋を満たし、わたしは霧とともに毒をも吸いこんでいた。湿気た煙とアルコール臭とでできた有毒な混ざりものを吸いこんでいたのだ。
 そしてわたしは周囲を見回すとともに、目をさまさねばという気概を失った。捜査官が依然として恐ろしいほど近くに立っているのが見えた以上、いまここで目をさますことほど不本意なことはなかった。もはや彼は生気のないマネキンでも、ありふれた段ボール製の仮面でもない。わたしをおびやかす力を持った、ひとりの邪悪な人間だった。その緑色の監視の目は冷酷で無慈悲で鋭い一瞥へと姿を変え、強面の顔はいまや不気味なほどに生き生きとして現実味を帯び、咎めるような顔に、まぎれもない、わたしをおびやかす顔になっていた。
 わたしの望みはただひとつ、すべてがこれまで通りのまま続くことだった。そうなれば、わたしは深い眠りの中に沈みつづけ、一介の空間の穴でいられる。ここにもどこにもいないまま、できるだけ長くありつづけられる——永遠にそうありたいと思う、叶うことならば。

 

 

 

ジュディス・メリルによるスタージョン評

7月の文芸即売会「辺境有機体」で、シオドア・スタージョンの未訳中編”When You Care, When You Love”を訳して冊子にして出す予定です。 後期スタージョンの未訳作で、もともとは長編化する予定だったものの幻となってしまった愛と不死テーマの作品。 初出の〈F&SF〉誌はスタージョン特集号で、そこに掲載されたジュディス・メリルのスタージョン評もオマケでつけます。 note.com/frontier_org...

鯨井久志🐳 Hisashi Kujirai (@hanfpen.bsky.social) 2026-03-21T10:12:23.502Z

bsky.app

 

7月に頒布する冊子のオマケ用だが、オマケはオマケなのでここでも読めるようにしておく。

初出:The Magazine of Fantasy and Science Fiction, September 1962 

 

***

 

シオドア・スタージョンについて

ジュディス・メリル

鯨井久志訳

 

 この男にはスタイルがある。
 スタージョンの紡ぐ物語が、構成が多少不出来であろうと、読者を惹きつけてやまないのは「ヴォイス」や「貫禄」という特性があるがゆえである。そして、それらの特性は、スタージョン自身の性格にも、同様にまぎれもない(とはいえ言葉では表しにくい)魅力をきざみこんでいる。
 スタージョンは、多種多様な興味関心と強硬な意見、多くの技能と無数の矛盾を併せ持つ人物だ。気取り屋の俗物で、スポーツマンでありながら審美家でもあり、神秘主義者でありながら機械工でもある。超然としつつも快活で、謙虚でありながら傲慢、ゆきすぎるところもあれど、きわめて礼儀ただしい——手入れのゆきとどいた裸体主義者ヌーディストであり、優雅な飾り気のなさ、思慮深い純粋さ、訓練されたゆるさ、そして計算された即興性を兼ねそなえているのだ。
 よそ者は必ず彼に気づく。子どもたちはすぐに、そして持続的に彼になつく。スタージョンを知る者は、彼を好むか嫌うかのどちらかだ。無関心な者はいない——そして同じ人物に出会う者は二人といない。
 完全なる同一人物には決してなりえないのがスタージョンだ。しかし欺こうという意図があるのは稀だ(決してないと言いたいところだが、たとえば借金取り、国税庁職員、特定の出版社といった相手に対する反応としてそういう場合があるというのは、いかんせん認めざるをえない)。聞き手ごとに顔つき、姿勢、口調が変わり、その変化は微細なものから劇的なものまでさまざまだが、どの態度もおなじく本物だ——単純に、内なる矛盾が組み合わせを変えたにすぎないのだ。
「美とは、美しいものを取り巻く環境との調和、あるいは対比からなる心の状態だ」と彼はかつてわたしに書きおくった。「その環境は必ずしも実体を伴わなくてよいが、鑑賞者の反射神経とじつに深く関わりを持つ……」
 これがスタージョンの作風スタイルにおける基本要素のひとつだ。彼の作品では、言葉の選択、散文的(あるいは詩的)韻律、ときには構文さえもが、状況や登場人物から生み出されている。文配列のたえまない変化こそが、スタージョンの文体を特徴づける要素のひとつなのだ。スタージョン自身においても同様に、「調和あるいは対比」をきざす本能が、そのうつろいやすい表層を生んでいるのだと言えよう。
「スタージョンは自らの伝記を生きている」と、ある親しい共通の友人がかつて言っていたものだ。”永遠の誠実気取り屋”ことスタージョンに、その友人が過去最大のいらだちをおぼえた瞬間に口をついて出た言葉である。テッド[#訳注 スタージョンのこと。]自身は、未来の学者がどのようにみずからを総括して描くかなど、ほとんど考えたこともないだろう——仮に考えたとしても、気にするとは思えない——ただ、絶えず「脚本」を改訂しつづけているのは確かである。単純な話で、現実における偶然という粗野で不合理な力が、劇的な統一性をぶちこわしにするさまを、だまって見過ごすことができない性分なのだ。論理や損得よりも、その瞬間の芸術的必要性が優先されるのならば、みじんも迷わずしてどの道を往くべきか決めてしまえる人間なのだ。
 そんなテッドにも、変わらない(比較的、ではあるが)ところがある。それが変化するには、わたしたち同様、時間の経過と成長を要する。つまり、外見である。
 背は平均よりもやや高く(おそらく五フィート十インチほど?[#訳注 およそ一七八センチメートル])、細身だが筋肉質な体つきで、じつにセクシーだと言わざるをえない(もともとはサーカスの曲芸師を志していたという)。いわゆる美男子にはややおよばないものの、数年前に(つまり流行る前から)あごひげをととのえたことによって、牧神ファウヌスになりかけていた顔だちは、いまではほんのりと悪魔じみた容貌にとどまっている。
 テッドは心あたたかな人間であり、形式を遵守させるのは自分自身に対してのみだ——形式、それはみずからの目的に(というよりかは快楽に)あわせて作りあげた行動上の儀式のようなものだ(作品——どんなものであれ——においては、彼はいらだちを隠さず、厳格で、実用的に書く)。強迫症的なほど(なりかけ、というところか)のきれい好きで、整理整頓と心地よいデザインにかける情熱は並大抵のものではない(「なりかけ」という表現に注意。テッドにおいては、何もかもが完全な”一方通行”ではない。彼はしばしばこう言う、「倒錯の定義とは、他のすべてを——ノーマルな見解でさえも——排除したあとに残る何かなのだ」)。
 テッドが愛するのは、美食、美酒、よい会話、よい音楽、よい装飾、美貌、礼儀のよさ。きらうのは、汚れ、汗、過度な大声、似合っていない服装、ぎこちないふるまい。(「品のよい暮らし、これがいちばん基本に近い生き方だと思う。”品のよさ”についてはわたしなりの定義しか持たないが、黒人の肌をきらうこと、他人のじゅうたんに小便をひっかけること、裸で歩いて他人を不快にさせること、人妻と寝ること、プライバシーを侵害すること、その他いろいろの愉快だったり不愉快だったり面白半分だったりする行為は含まれない……」)
 テッドは収集家コレクターのような情熱でもって技能を習得する。わたしの知るところだけでも、送迎車の運転手、ギタリスト、ラジオ(および電子機器一般)の修理工、料理人、ブルドーザーの運転手、自動車整備士、そしてワイヤーハンガーや歯ブラシ、古い革袋から何でも作り出す職人として、彼は一流の専門家と遜色ない技能を持つ。歌わせてもうまいし、話しぶりときたら、並外れて明快で明瞭な発声なのだ——そしてそこに機知がくわわる。たいていの場合、あたたかくて友好的だ。
 冒頭に提示した矛盾のリストで、わたしは、”手入れのゆきとどいた裸体主義者”という形容を強調した。そのあとで、彼の清潔と整理整頓への執着に近しいものには、ある例外があると書いた。その例外とは作品だ。スタージョンの作風スタイルでもっとも顕著なのはその軽やかさだが、その軽やかさは苦労のすえに得られたものなのだ。
 ある編集者は、テッドの執筆の遅延にやきもきしながら、わたしにこう語ったことがある。「あと残っているのは三日分の作業だ、と言われている。わたしは彼を信じている。彼が三日で長編を書けるのも知っている。で、それはいったいいつから数えて三日なんだ?」
 その編集者の言うことはおおむね正しい、だが同時に間違ってもいる。わたしは、スタージョンがタイプライターに向かい(屋根裏や地下室、あるいはしめきった寝室で、あるいはガレージの前で、髪もとかさず、あたりに紙が散乱するなか、コーヒーで神経を昂らせて、汗だくになりながら)、何時間も眠らず、ほとんど食事もとらずに、言葉の流れをたえまなく生み出しつづける(初稿=完成稿なのだ)姿を見聞きしてきた。(とはいえ三日間で——仮眠とサンドイッチ休憩をはさみつつではあれど——長編の三分の一弱を書きあげたのが最高記録だと思う)だが、タイピングは仕事の一部にすぎない。
「人はふたつのことを同時にできないようにできてるから、」とテッドは軽く言う。「おれは書いてるあいだ、何にも考えないんだ」。彼は本当にそうなのだ。書き出しを幾度となく書きあぐねているあいだに考えるべきことは済ませ、タイプライターのローラーに巻かれた純白の紙のまばゆさの中にただ出力していく。
(「憑きもの」[#訳注 一九四八年発表のスタージョンのノヴェラ “The Perfect Host” のこと。邦訳は那智史郎・宮壁定雄編『ウィアードテールズ 第5巻』(国書刊行会)に堀内静子訳で収録。]ではすこしちがう言いまわしをしていたが)物語を書きたくなれば、タイプライターの真正面に陣取り、あの例の感覚が訪れるまで待つ。そして、そこからもう一秒粘ると、自分が書きたいものの正体を完璧に看破できるようになる。で、ひとつ深呼吸をして、立ちあがり、コーヒーを淹れる。
 こうしたことが何日か続く。コーヒー豆が尽きて、その代金を払えなくなるときまで——つまり、物語を書きあげて売るまで、だ。あるいは、ぐずぐずしているのにうんざりして、既知の書き方とありあわせの知識だけを頼りに、腰をすえて物語を書きあげるまで。
 どちらの説明も、彼がその過程で体重を減らすにいたる理由を語っていない。彼は汗をかく——人間と同じように。ただ、それは人目につかない場所でだ。充分な量の汗をかいたあと、タイプライターから出てくるのは、誰もが知るあのスタージョンのよどみない優雅な散文である。
 さきの引用の核心は、「既知の書き方とありあわせの知識だけを頼りに」という箇所だ。わが短編集に寄せてくれた非常にありがたい序文[#訳注 ジュディス・メリルの第一短編集 Out of Bounds (1960) の序文をスタージョンが書いている。]で、テッドはわたしが作家になったことについて、自分はいっさい無関係であると公言していた。わたしがこの記事を書いていると知ると、彼はその件についての自分の見解を、断固とした口調でわたしに伝えた。公の場で感謝を述べることは禁じられているが、そうしたい気持ちもやまやまであるため、まずは自分の手柄を少々誇ることにして、その禁を解くことにしよう。
 スタージョンに既知の書き方を伝授したのは、ほかでもない、わたしだ。もっとも、わたしがしたことといえば、彼が当時知っていた執筆に関する全知識をわたしに説くあいだ、それに耳を傾け、ときおり質問を投げかけただけなのだが。(そして残念なことに、スタージョンとわたしの作家としての差は、技術ではなく芸術的才能によるものらしい。)
 冗談で言っているわけじゃない。テッドがわたしにSFを何としてでも書かせると決めたとき、彼ははじめて長期にわたる「ライターズ・ブロック」にさいなまれており、かつ最初の結婚も破綻に終わり、その二重の衝撃からまだ立ちなおれていなかった。テッドの自己評価はかなり低くなっていた(当時の彼の最高傑作は悲劇——あるいは自嘲の物語だった。「成熟」「雷と薔薇」「シジジイじゃない」「空は船でいっぱい」。あまり覚えていないが “That Low” という作品もあった)。そこでは悲痛な主題が繰り返し語られている。「おれは、自分のなしとげたことで好かれたいし、賞賛されたいんだ——自分自身がどうとかじゃなくてね」。別の言い方でこうも言っていた。
「おれは作家じゃない。きみはそうだし、フィル*もそうだ。おれはちがう。作家とは書かずにはいられない人間のことだ。おれが書く理由はただひとつ、ほかに何もなしとげられなかったことを正当化できる唯一の手段だからだ」
*フィル・クラス、つまりウィリアム・テンのこと。当時はテンも新人作家だった——わたしより二作品ぶん先輩だったが(その時点ですでに二作が出版されていた)。SFの大ブームがはじまる直前の半飢餓状態の約一年間、わたしたち三人は——いま思えば——十ドル札一枚を順繰りに貸し借りして融通しあいながら、なんとか生きながらえていた。
 同時にテッドは、新米作家に用立てられそうな余り物がないか、頭の中を必死に探っていた。(スタージョンはわたしの意思を無視して勝手に事を進めたのだ、などと書きたてるつもりではない。あのころのわたしには、それ以外のことなど、話すことも考えることもできなかった——だが、わたしにとってそれは光のない希望だった。わたしは文字が読めたし、調べものもできた。そこそこのできばえの記事なら書けたし、何だったら定型にそった「三文」パルプ小説なら書けた。だが「作家」になるには——それはまた別物なのだ——”才能”と”想像力”が必要だったのだ……。)
 テッドはまず、ある一冊の本をわたしに手渡した。
 その前に、テッドはファンジンに載ったわたしの詩(純粋で若々しく、もちろん自由詩だった)にいくつか目を通していた。そのうちの一編が気に入ったと言ってから数日後、わたしのもとにクレメント・ウッド『押韻大全および詩人の技術書』なる本が送られてきたのだ。献辞にはこう記されていた……

 ジュディを偉大なる芸術家アルチザンにすべく、
 本書を進呈する

 テッドは、まずフランスの遊戯詩ライト・ヴァース形式で何編か書いてみるよう、やさしく勧めてきた。それで一編作ってみたが、わたしはより高度なものへ進むことにした。ソネットをひとつ書いた……いや、書いたつもりでいた。行数は正しかったし、押韻も適切な位置にあったし、弱強格イアンビックにもなっていた。テッドにそれを送ると、五ページにわたる批評が返ってきた。しかも一行ごとに評されていた。褒めてくれた行もあったが、まず初歩的な説明からはじまっていた。ソネットが四音格テトラメーターになることは決して、絶対にない、と。各行はつねに十音節であり、八音節ではないのだ、と。テッドの評を一部抜粋しよう。

 純粋に、かつ忠実に、形式を尊重すべし。音節的価値をわずかに変えることすら、絶対にしてはいけない。欠陥もあるが、英語は歴史上でもっとも表現豊かな言語のひとつなのだ(ジョゼフ・コンラッドは英語を高く評価し、全面的に採用した[#訳注 コンラッドはポーランド出身だが、船員生活中に習得した英語で小説を書いた。]。英語を使うのなら、この神々しい賛辞を決して忘れるな)。英語の文法はじつに柔軟だ。動詞は文中のどこに配置してもよい。挿入句的な思考も慣用句として存在する。英語という豊かな泉が、他言語に類を見ない繊細な意味あいと音韻の選択の自由をもたらしたのだ……
……きみの句読法に関してはほぼ瑕疵がないが、わが見解を参考にするのもよいかもしれない。すなわち、句読法は印刷物における語形変化である、ということだ。「彼女はわたしを愛している——」と「彼女はわたしを愛している……」とでは響きが異なるし、「彼女はわたしを愛している。」と書くのともまた異なる。コロンとセミコロン、そしてコンマにも、表現上の違いがある……
……この形式を習得すれば、言葉の持つ音楽性を感覚で掴めるようになり、きみの頌詩や自由詩はじつに魅力あるものとなるだろう。散文でも、登場人物の話す言葉が歌のように響き、その思考もまた歌となるだろう……

 テッドは、物語の書き方について、実際に教えてあげられることは二つしかない、と申し訳なさそうに言った。そのうちの一つは、自分自身の編み出したことではなく、ウィル・ジェンキンズ[#訳注 マレイ・ラインスターの別名義。]から教わったものだ、とも。それは、プロットを生み出すための基本的な手法だった。
 まず、ある登場人物、何らかの強烈な特徴、強迫的と言っていいほどの性格を持つ人物を考えることからはじめよ。つぎに、何らかの形で、その重要な特徴を否定するような状況に陥らせよ。そして、その人物が問題を解決するようすを観察せよ。
 このやり方以外でうまく物語を書けたことは、わたしにはないように思える。
 二つ目の助言は、テッド自身が編み出したものだった。書くものすべてを把握せよ。情景全体——部屋やその外側の領域、何もしていない者も含めた全人物。色や形。天気。服装、家具など、あらゆるもの——を把握しきるまでは、一文字も書くな。そして、行動に関わる部分のみ描写せよ。というか、何も描写するな……登場人物の行動以外は。登場人物たちは文脈にそってふるまうし、読者はきみの提示する行動の断片から、完全な情景を再構築できるはずだ。その情景がきみの想定したものと異なっていてもかまわない。読者の認識の枠組みにおいては、きみの想定した情景がきみにとって持ったのと同じ意味を持つだろうから。
 これは記録上もっとも驚くべき指導のひとつだ——単純に、ほかでは聞いたことのない助言だからだ。一度知ってしまえば、あまりに自明なように思える。
 テッドからわたしに送られた手紙には、最初に引用した〈美の本質〉についての記述もあった。ゆきががり上、それは美を創造する能力に関するものだった。また別の手紙では、彼が何時間も費やした主題が取りあげられている。……想像力とは、語学力やブランデーの飲み方のようなものだ——うまくいくときもあれば、そうでないときもある。多すぎたり、逆に足りなかったりする……
 テッドから教わったこと、もらった励ましの言葉をひとつひとつ詳細に述べるなど、どだい無理な話だ。いまとなっては記憶も完全ではないだろう。そのほとんどは深く吸収されてしまい、もはやテッドから学んだものか否かの区別がつかないほどだ。いちばん鮮明な記憶を書きしるし、さらに一、二の出来事を付け加えることにしよう。おもに以下の二つの理由からである。
 第一に、真面目な話、テッドはその過程で、彼自身にとってきわめて重要な何かを学び取り、それが極度の鬱状態から脱する転機になったと思しいからだ。あれは多分、わたしが「ビアンカの手」のカーボン複写を読んだ日だった(タイプ原稿は当時、イギリス版〈アーゴシー〉誌の短編コンテストの応募のために、イギリスに送られていた)。わたしとしては、「ビアンカの手」は気に入らなかった(いまもだが)。さらに言えば、彼がそれをレイ・ブラッドベリの作品になぞらえようとする姿勢が気にくわなかった。当時わたしのお気に召したブラッドベリ作品は、たった一作しかなかったのだ(その後、それ以前に発表されたものも読んだし、のちに書かれた作品の多くには大いに感心させられた。しかし、これは一九四七年の話だ。当時のブラッドベリ作品のほとんどは〈ウィアード・テイルズ〉誌の流れにそったもので、わたしの好みとはほとんどあわなかった)。いずれにせよ、当時のわたしは幾分ぞんざいな評価を下した。テッドは、おそらく自己弁護的に、その作品は何年もまえに書いたもので、きみに見せたのは一部分だけ、さっき書き直したばかりの箇所なんだ、と説明した。感情的な危機を際立たせるために、意図的に韻文で数段落分組みあげているんだが、散文のような書き方がなされているから、全体の語りを乱すようには見えないだろう、と。
 そしてそう指摘したとき(彼が予想した通り、わたしは見落としていた)、彼は自分でも驚いて話すのをやめ、自分が「いかに書くか」について充分に把握できていること——それは単なる才能ではなく、確かな技術なのだと気づいたと言った。
 この気づきに必要な追加の補強材料は、そのあとすぐにやってきた。「ビアンカの手」が賞金一千ドルの一等に入選したのだ。
「自分のなしとげたことで……自分自身がどうとかじゃなくて……」という文句を彼の口から聞いたことは、その後一度もない。
 わが作家入門体験を書いたもう一つの理由は、これまでわたしが読んできた種々の追悼文、序文、推薦文、伝記にはいずれも見られなかった、スタージョンの人格をなすきわめて重要な側面がここにはあるように感じたからだ。こうした切子面を描写するには(試してはみたのだが!)、追憶にたよるほかなかったのだ。
 付言しておくと、この記事はこれまでわたしが書いたなかでも、もっとも書くのに難渋したノンフィクションだった。何度頭から書きなおしたか、何ページ分の原稿をくずかご行きにしたか、数えたくもない。当初は、真正面から伝記的な記載をして、そこに個人的な感触を少しばかり加えるだけのつもりだった(いわゆる「そのとき、わたしはそこにいた……」式のものだ)。しかし書けば書くほど、自分ほどテッド・スタージョンについて公平かつ客観的、そして事実にもとづいて書くのに向いていない人間は、おそらくいないのではないかと気づかされた。(「おそらく」と書いたのは、彼を人間としても作家としても、少なくともわたしと同程度には知る人びとがほかにもいるからだ。その中には、彼が若い作家に惜しみなく与えた助言、支援、指導、励ましから恩恵を受けた者もいる。しかし——)わたしの立場は唯一無二のものだと信じている。だって、わたしは友人であり、ファンであり、同業者であり、弟子でもあった。そして、ある意味では、わたし自身もまた、テッドの作品のひとつだからだ。
 ジュディス・メリルの最初の公になった作品は「ママだけが知っている」という短編だった(それ以前にも、わたしはいろんな筆名でパルプ雑誌に作品を寄稿していた)。この一作の力(しかも出版前だった)によって、わたしはバンタム・ブックスの編集職を得たし、それが直接のきっかけとなって、はじめてアンソロジーを編むことになった。より間接的には、この作品が大きな要因となって、ダブルデイ社はわたしの初長編(未完成の短編サンプルをもとにしたもの)を採用してくれた。そして結局のところ、「ママだけが知っている」を書いてみようと思うにいたるまでの勇気と挑戦心を与えてくれたのは、スタージョンだったのだ。その過程で彼は——偶然とはいえ——核心となる着想と主人公の造形をも与えてくれた。わたしがしたのは書くことだけだった。その後、またしてもテッドが自身のエージェントに原稿を持ち込んでくれて、そのエージェント事務所でのちの仕事や契約に影響をおよぼすこととなる人びとの目に触れることとなったのだ。ある程度は偶然がもたらした結果ではある。しかし物語の作者は、偶然ではなく、意図して創られた——スタージョンの手によって。
「本格的な物語」に挑戦する勇気をふるいおこす以前から、わたしはすでにフリーランスのライター(記事や「三流パルプ小説」の書き手)になる決意をかためていた。本稿とは関係のないいくつかの理由から、筆名が必要だった。何人かに案を求めた中で、テッドが提案してきたのは、わが娘メリルの名前だった。わたしは尻ごみした。わがユダヤ系の名前[#訳注 メリルは本名を Judith Josephine Grossman という。]をたいそう派手なアングロサクソン風の名に変えたいという願望などは、もともとの理由に含まれていなかったからだ。
 テッドはいつになく怒りをあらわにし、わたしたちはたがいに苛立ちながら別れた。三日後、釈明の手紙が届いた。同封されていたのは——「ジュディス・メリルの誕生に!」と題された一編のソネットだった。
 あのとき(アイスクリーム屋でだった!)話しているあいだに、彼の頭に二行の詩が浮かんだのだという。以後、わたしの主張はすべて不合理でどうしようもないものになってしまった。彼は家に戻ると、書きかけだった小説を仕上げた。確実に報酬が得られる仕事で、どうしてもやらねばならない作業だった。しかし詩の着想はふくらみつづけた。そしてついに——

……きみが自分のユダヤ系の名前について話していたのを思い出して、百科事典を引いてみたんだ……たしかに記載があったよ。ギリシャ文字とヘブライ文字でも転写されていた。ユダヤ婦人の名だ。ユダヤ婦人以外の何物でもない……

 こうしてわたしの考えが変わるに違いないと確信した彼は、次の日をまるまるソネット制作についやした。手紙はこう続く——

……これはイタリア式ソネットだ。つまり、形式がきわめて厳格で複雑なんだ。韻律は1221、1221、345、345。シェイクスピアやワーズワースのソネットに見られるような、最後の二行連句がない点に注意。主題は起句八行(つまり最初の八行)で提示され、終わりの六行連句で解決される。
 ものを食べるよりはこうしたものを作る方がましだ、あきらかに……

(さて、あなたならどうする? あきらかな偏見が見られたとしても、あそこまで強引な命名に逆らえるだろうか?)こうして、わたしは新たな名前を得た。
 この男は自己矛盾だらけだ。わからず屋でありながら洞察に満ち、合理的でありながら非論理的、衒学的ペダンティックでありながら叙情的リリカル、自己中心的でありながらあたたかく寛大な心の持ち主でもある。しかし、そのあらゆる側面にはスタイルがあるのだ。
 もうひとつ、わたしが家に帰って「ママだけが知っている」を書くにいたった最後の契機について、逸話アネクドートを紹介しよう。
 わたしが、テッドが当時L・ジェローム・スタントン[#訳注 一九四〇年代に〈アスタウンディング〉誌の副編集長を務めていた人物。スタージョンと懇意で、ワールドコンの余興としてともに「セントルイス・ブルース」を演奏したという。]と同居していたアパートをあとにしようとしたときの話である。「ビアンカの手」に関する大ニュースが出た直後というのもあって、テッドの指導にはきわめて熱が入っていた。むろんわたしもその対象であった。彼はわたしを扉まで見送り、家に帰ってもっといい作品を書け、と言った。わたしは馬鹿にされているんだと思った。テッドは(自分の誠実さを)説明している途中で立ちどまり、突然、廊下の壁を指さして言った。
「見ろ!」
 一応見てみたが、いぶかしげにふりかえるわたし。
「見ろよ! 見えないのか?」
「何が?」
小さな緑色の男リトル・グリーン・マンが、壁を駆けあがってるだろ……?」
 わたしは首をふり、ほんのり微笑んだ。「いいえ」
「いいから見とけ。見ろ。ほら! あそこにいるだろ? ぴんとのびた長い緑の帽子をかぶって、ちっちゃな脚で歩いてる……」
 わたしには緑の男など見えず、それをそのまま伝えた。「あのねえ、仮にいたとしても、大きな脚でのろのろ歩くもんだし、壁をのぼるんだったら、帽子はたれさがってるはずでしょ……」
「ほら」彼は得意げに言った。「わかったか? おれが書くのはファンタジー。きみが書くのはSFだ」
 そしてわたしは実際にSFを書くことになる——で、とうとうスタージョンについて書くよう依頼されるまでになった。まあ、さきに書いたとおり、わたしは公平な立場にない。それに、重要と思われる事柄を書き残すにあたっては、統計的な数字を入れる余地がなかった。いずれにせよ、そうした事どもはよそで充分にまとめられている。わたしはただ、非凡で称賛に値するあるひとりの人間を、自分にできるかぎり描出しようと努めただけだ。とはいえ、自分にはとうてい太刀打ちできない作風スタイルを持つ人物について書くというのは、やはり並大抵ではなく、骨の折れることだ。
*ああ、もし気になっていたなら……例の噂は、少なくとも部分的には本当だ。テッドは数年間、熱心な(いや、狂信的な、と言ったほうがいいかな)ヌーディストだった。

 

ケイトリン・R・キアナン『溺れる少女』翻訳刊行!

 

とうとう二冊目の訳書となるケイトリン・R・キアナン『溺れる少女』が河出書房新社から出ました。

 

どういう本かというのをひとくちに紹介するのは難しいので、まずは原著の頭についている推薦文の訳を載せておきます。

『溺れる少女』において、ケイトリン・R・キアナンは新たな先駆者となった。ゴシック小説や幻想文学の分野における、もっとも優れ、もっとも芸術的な作家――すなわち、深く道徳的で芸術的な厳粛さのあるフィクションを書くことのできる作家――の仲間入りを果たしたのだ。この繊細で謎めいた、多種多様なものを内包した小説は、奇妙ながらも際立った才能の気配がちらちらと垣間見える、かつて読んだことのないような作品だ。驚くべき文学作品であり、単刀直入に言ってしまえば、ケイトリン・R・キアナンの代表作と言えるだろう。
 ——ピーター・ストラウブ

 

この小説で、ケイトリン・R・キアナンはゴースト・ストーリーを反転させ、そしてまたべつのものに変化させた。本作は、物語がいかにして語られるか、また物語が何を明らかにし、何を隠すかについての物語だ。だが、それによって、この物語の強烈さやサスペンス性が損なわれることは決してない。この物語は、現実そして非現実の幽霊について語り、読者を一気に深みに引きずり込み、そしてゆっくりと息継ぎをさせる。
 ——ブライアン・エヴンソン

 

『溺れる少女』には、ケイトリン・R・キアナンが書く作品に読者が期待する要素がすべて盛り込まれている。それはつまり、すばらしい輝きを放つ文体、ものういメランコリーな雰囲気、そして言いようのない痛烈な美しさと身を締め付けるような恐怖の混在である。本作はゴースト・ストーリーであると同時に、ゴースト・ストーリーの書き方についての書物でもある。恋に落ちること、恋が終わること、そして狂気とは神からの贈り物なのかはたまた呪いなのか、という疑問についての書でもある。読み終えたくないと思った、数少ない小説のひとつである。
 ——S・T・ヨシ

 

傑作。ジャンルを超えて、長い長いあいだ読み継がれるべき作品だ。
 ——エリザベス・ベア

 

見事に書かれた驚くほど独創的な小説であり、そのなかでシャーリイ・ジャクスン、ラヴクラフト、ピーター・ストラウブなどの古典をうまく昇華している。『溺れる少女』は、ケイトリン・R・キアナンを現代のダークフィクション界の第一線に押し上げた。背筋を寒からしめ、忘れがたいこの作品を読めば、真夜中を過ぎても、あの語り手の声が頭の中に響き続けることだろう。
 ——エリザベス・ハンド

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あと、ざっと訳者あとがきから抜粋してみよう。

 

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 本書は Caitlín R. Kiernan "The Drowning Girl: A Memoir" の全訳である。本作は、優れたホラー作品に送られるブラム・ストーカー賞と、ジェンダーへの理解を拡大・探求したSFまたはファンタジー作品に贈られるジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞(現アザーワイズ賞)をそれぞれ受賞している。そのほか、世界幻想文学大賞ネビュラ賞、シャーリイ・ジャクスン賞、ローカス賞最優秀ファンタジー小説部門の候補にもなった。
 サイコロジカル・ホラー、あるいはクィア・ホラーとして世界各国で評価されている本作は、すでにフランス語、ドイツ語、ルーマニア語スペイン語、イタリア語など、多くの言語での翻訳が刊行されている。

 

 本作の語り手は、統合失調症の家系に生まれ、自身も統合失調症の診断を受けているインディア・モーガンフェルプス(通称インプ)という女性だ。原題に A Memoir(回想録)とあるように、本作は彼女が記す手記の形式で語られていく。
 インプはひょんなことから、のちに恋人となるトランスジェンダーの女性、アバリン・アーミテージと出会い、同居することになる。ある夜、インプはドライブ中、エヴァ・キャニングという謎めいた女に出くわす。エヴァは道端で立ち往生し、裸でしかもずぶぬれのまま、佇んでいたのだ。偶然にも車をとめたインプは、エヴァを家に引き取ることになる。
 その後すぐにエヴァは姿を消すも、夢の予感に導かれ、一八九八年の絵画『溺れた少女』を見に来たインプの前にふたたび姿を現すこととなるのだが……。

 

 本作の要約をはなはだ難しいものにしているのは、その語りだ。
 インプは記憶を頼りに本作、つまり手記を書こうとしている。だがその記憶はあいまいとしていて、常に虚偽の疑いがかかる。そして何より、語り手であるインプ自身もそのあいまいさに自覚的で、極力真実を描こうとはしているものの、意図せずして虚偽を紡いでしまうこともある。いや、意図して嘘をつくことだってある。それすらもあいまいな語りのまま、読者は真実と虚偽の表裏一体性、一意には定まりきらない世界のあり方に向き合うことになる。とどのつまり、本作の語り手は、いわゆる「信頼できない語り手」なのだ。しかし、本作の語りは、並大抵の「信頼できなさ」ではない。
 序盤でもっとも重要になってくるのが、エヴァ・キャニングとの出会いの記憶だ。語り手であるインプの記憶には、七月と十一月、それぞれ違った時期にもかかわらず、それぞれでエヴァ初めて出会った記憶が存在している。明らかな矛盾だ。本来、出会いというのは一度きりで、七月に出会ったのならば十一月の記憶が、十一月に出会ったならば七月の記憶が、それぞれ虚偽だということになるはずだ。だが、インプ自身には事実両方の記憶がある。そして、その矛盾を語り手自身も自覚しているがゆえに、苦しみと自己への疑念に苛まれることになる。
 はたして何が真実なのか、そしてその混乱をもたらしたエヴァとは何ものなのか? 迷い苦しみながらも謎を追求しようとする語り手とともに、読者もまた、その謎に取り込まれていく。解離した一人称の「わたし」と三人称の「インプ」とが入り乱れる綱渡りのような語りのなか、読者もまたその矛盾に向き合うことになるのだ。
 そして、本作のもうひとつの重要なテーマが「ミーム」である。ミームという言葉自体は、リチャード・ドーキンスが著書『利己的な遺伝子』で提唱した概念である。端的に言うと、生物における遺伝子を文化レベルで置き換えたヴァージョンとでもいうべきもので、文化も遺伝子のように世代を越えて広がっていくが、その中核にはミームというある種の因子が存在するとしたのである。本作の語り手インプは、「亡霊」という言葉を使う。彼女は、亡霊が自身に取り憑いているという。曰く、亡霊とは「あまりに強烈な思い出であり、それがゆえに永遠に忘れられず、何年にもわたって繰り返され、時の流れによって消し去られることはないもの」だというのだ。
 この亡霊=ミームが、本作の底に通奏し、すべての事柄を支配し、操作していく。たとえば、インプの母や一族に連なる狂気の歴史。幼少期に見た絵画『溺れる少女』の鮮烈な記憶。祖母から教わったおとぎ話、特に「人魚姫」や「赤ずきんちゃん」。それらの記憶がオブセッション、すなわち心の底に刻み込まれた強迫観念となって、インプの精神や行動に影響を与えていく。
 そしてさらに重要なのは、ミーム、つまり亡霊は伝染することだ。『溺れる少女』を一八九八年に描いた画家ソルトンストールは、川に取り憑いているという少女を見、その亡霊を追い払うために絵を描いた。そのミームは絵画『溺れる少女』を媒介に、時代を超えてインプに取り憑き、エヴァとの出会いという”偶然”を招くことになるのだ。
 本作にはこうした亡霊の伝播による連鎖現象が、数多く描かれる。そのなかには人魚伝説、セイレーン、人狼、現実に起こった凄惨な殺人事件(「ブラック・ダリア事件」)、日本の樹海を自殺の名所に変えてしまった松本清張の小説、集団入水自殺事件を引き起こしたカルト教団らが含まれる。そうした多種多様な伝承がよりあわさり、インプとエヴァとの奇妙な出会いと交合、そして「真実」が描かれるのが本作である。
 無論、これは本作『溺れる少女』自体が亡霊というミームの媒介となっていることをも意味する。実際に作中でインプが悪夢の中でアバリンや三人称の「インプ」に責め立てられるように、この物語を紡ぐことで、自分の中にある亡霊を、また別の誰かに広げてしまうことの罪悪もまた、本作のテーマとして扱われている。何かを書く/描く/語ること、すなわち創作行為自体の持つ意味もまた、本作の重要なテーマである。
 アルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルは、自らの創作は「悪魔祓い」であると書いている。自らのうちに生じたオブセッションを創作として昇華することで作品を作り、同時に自らのオブセッションを治療しているのだと。コルタサルはある意味では正しい。自己治療のあり方としての創作は大いにありうることであろう。だが、そのオブセッションは本当に「消えた」のだろうか? 創作物を通して、またべつの誰かに乗り移るよう誘発しただけではないのか? そして、創作物を読むわれわれもまた、無自覚のうちにだれかのミームを引き継ぎ、まただれかに広める媒介者となっているのではないか?
 強迫観念の強迫観念と一蹴することも簡単だろう。そもそも強迫観念とは、本人にとっては不合理だとわかっていても、頭から離れない考えのことだ。そう、不合理だとはわかっているのだ。ここに統合失調症的な幻覚妄想との大きな違いがある。統合失調症的な「妄想」は病識の欠如、すなわち「自分ではおかしいと思っていない」ことがその条件となる。精神医学的にいえば「了解」が不能ということだ。たとえば、集団ストーカーに盗聴されているとか、テレビで自分のことが報じられている、周囲の人びとが自分の悪口を言っている、といった事象はこれに該当する。こうした訴えを口にする人びとは、自らの体験を心から信じている。ゆえに困っているのだが、その体験自体は強固であり、疑いの対象にはならない。しかし、強迫観念はそうではない。自分でもおかしいと思っている、しかし頭から離れない……それが強迫観念なのである。たとえば、自分の家の鍵やガスの元栓をしめたかどうかが気になって、何度も家に戻って確認してしまうひとがいる。作中のインプのように、ある一定の回数、同じ動作を繰り返したかどうか数えていなければどうにも不安を覚えるというひともいる。これらの人びとに共通するのは、いずれもその考え(家の鍵をしめたかどうかが気になる、何回行為をしたか数えなくてはいけない)は、不合理的であるとわかっているということだ。「わかっちゃいるけどやめられない(とめられない)」の境地、それこそが強迫性障害なる病の根底に横たわる病理なのである。
 本作はその強迫観念こそがテーマであり、そしてその強迫観念を読者へも植え付けようとする危険な書なのだ……ということもできよう。ヴァージニア・ウルフはホラーについて論じたエッセイ「フィクションの中の超自然的存在」 "The Supernatural in Fiction" のなかで、「それ(注・恐怖をもって読者の肉体を這いまわらせること)をなすためには、作者は方向を転換せねばならない。死者の幽霊によってではなく、自分自身のなかに生きている幽霊によって読者を怖がらせようとしなければならないのだ」と述べているが、本作はその発展的実践といえるかもしれない。
 作中レベルでの恐ろしさもさることながら、かのように第四の壁を越え、読者へもその触手を伸ばそうとする本作の底知れない不気味さを構築しているのが、語り手インプの、そして作者キアナンのすばらしい文体(特に第七章を頂点とする、徐々に崩壊していくインプの不穏な精神状態の描写や、以降で描かれる幻想的ヴィジョンは圧巻)であり、多種多様な先行する文学作品への言及である。
 先ほども述べた、ホメーロスオデュッセイア』でオデュッセウスたちの行く手を歌で阻もうとしたセイレーンの伝説を筆頭に、アンデルセンの童話(「人魚姫」)やシャルル・ペローの童話(「赤ずきんちゃん」)、ハーマン・メルヴィル『白鯨』、ルイス・キャロル不思議の国のアリス』、ジュール・シュペルヴィエルセーヌ川の名無し女」、シャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』、ヴァージニア・ウルフの遺書、アーシュラ・K・ル=グウィンのエッセイ、エミリー・ディキンソンやエドガー・アラン・ポー、T・S・エリオットの詩、シェイクスピアの演劇など、多数の作品が印象的に登場・引用・示唆される。
 特に『不思議の国のアリス』については、作中に登場する「エビのカドリーユおどり」の詞が、中盤、ある出来事をきっかけに精神に変調をきたし出したインプの脳内で強迫的に鳴り響き、作中で起こる出来事とも大きくリンクする形で登場する。前述したように、本作の語り手インプは、日常動作の回数を逐一数えずには気がすまないという強迫観念の一種「数字強迫」 Arithmomania を抱いているのだが、これは「数字強迫」が「『アリス』強迫」(Arith = Alice)になる、という仕掛けである。
 もうひとつ、文学的な仕掛けでいけば、本作全体の構成の下敷きになっていると思しいのは、ウラジーミル・ナボコフの自伝『記憶よ、語れ』(邦訳は若島正訳、作品社)である。『記憶よ、語れ』も回想録であり(ちなみに、『記憶よ、語れ』は幾度かの改訂を経ており、オリジナルヴァージョンの原題には A Memoir という副題がつく)、そして回想のなかに語り手による過去の短編が二作挿入される構造――『記憶よ、語れ』では「マドモアゼルO」「初恋」が、『溺れる少女』では「コンクリートの海の少女」「人狼の微笑み」が――は、どうにも類似性を思わせる。作中でも二回ナボコフの名が言及されるほか、登場するインプの主治医である精神科医オグルヴィの趣味が昆虫の標本収集であることも、鱗翅類研究家でもあったナボコフへの目配せなのかもしれない(もっとも、本書の末尾に付された著者コメントには、引用された作品・作家への膨大な言及が含まれているにもかかわらず、ナボコフの名だけはなぜか登場しない。逆に言うと、その不在こそが怪しいと訳者は思う)。
 このように、多種多様な引用とほのめかしにまとわりつかれながら、本当に「結論」に至ることができるのか、そもそも「結末」の恣意性に疑問を抱く語り手が紡ぐこの物語は、いかなる終末を迎えるのだろうか……と、読者は作中/作外二重のレベルで注意を惹かれ、ページをめくりつづけることになる。それが、さらなるミームの伝播につながるかもしれない、という恐れを抱きながら。
 こうした文学的綱渡りとでもいうべき語りで作者キアナンが描こうとしたもの、それは一意に定まらず、可変し、二重あわせのまま、あいまいに、だが確実に存在はするもののありさまだ。作中の例えにもあるように、光は粒子であり波動である、という二重性を持つ。それと同様に、世界には単純には割り切れず、状態を遷移しつづけるものも世界には溢れている。記憶、人格、ジェンダー、時間……。何を「真実」とするかも、何をどのように、どの視点をもって採用するかによって変わってくる。確たる歴史など存在しない。あらゆるものが相対化されるなかで、では何をよすがに生きていけというのか? そんな世界に「愛」は存在するのか?
 文字通り異形たる本作を作り上げた著者キアナンという人物の技量、物語を語るということへの熱意とオブセッションこそが、本当の怪物なのかもしれないと、訳しおわったいま、しみじみと思う。ここまで魂を削った創作というのもそうそうお目にかかれない、というのが正直な思いである。
 ホラー小説を書くことをテーマにしたホラーであり、ホラーのもたらす有害性と向き合った作品でもあり、かつ病気や家族といった「呪い」をいかに解くかという物語でもある。他方、超自然的な存在との遭遇、交歓、そして魅入られていく描写は魔術的としかいえないすばらしさだし、各々のモチーフを組み合わせて最後にとんでもない曼荼羅を完成させる構成の巧みさも兼ね備えている。
 世界じゅうで評価されたことも納得の、圧倒的な作品であることは間違いない。あとがきから読む派の方々にも(そう、そこのあなただ)、ぜひご一読いただきたい。

 

***

まあ何でしょうか、シャーリイ・ジャクスンとかアンナ・カヴァンとか、その手のものがお好きな方はたまらないと思います。

注意深く読めば、あらゆるレベルで隠喩が対応していることに気付かされますので、ナボコフジーン・ウルフの読者にとっても読み応えのある作品と言えましょう。

個人的には、こういう奇妙な女性の一人称小説を訳したいとかねてより思っていたので、それが叶ってまことに嬉しかったです。名久井直子さん&雪下まゆさんの手掛けた表紙も素晴らしい。2025年、これが出せただけでもいい年になりました。

 

来年もばしばしやっていきますので、応援よろしくお願いします。

ひとまずは、1月に出る『SFが読みたい!』の各出版社からの予告欄をチェックだ!!とだけ申し添えておきます。

トマス・ハアディ「グリーブ家のバアバラの話」(谷崎潤一郎訳) 全文テキスト

トマス ハアディ「グリーブ家のバアバラの話」(谷崎潤一郎訳)

初出:昭和二年十二月號「中央公論

 

ハアディ翁の小說に“A Groupe of Noble Dames”と云ふのがある。翁がしばしば題材とする英國の Wessex 地方の物語で、古い貴族の家に傳はる昔話が集めてある。話はすべて十篇から成り、土地の古老どもが集まつて、一人が一つづつ語る體裁になつてゐる。此處に譯出したのは其の第二の挿話、“Barbara of the House of Grebe”で、本文中に「私」とあるのは、これを語つてゐる男、村の年老いた外科醫である。

私は語學に自信がなく、飜譚に馴れてゐないので、出來上つたものを讀み返して見ると、少しギコチない所があり、我ながら飽き足らぬふしぶしが多い。折よく舊友辻潤君や澤田卓爾君が遊びに來たのを掴まへて、同君たちにも教へを乞うたが、勿論間違ひもあるであらう。記して原作者たる翁に謝し、併せて讀者の寛怨を願ふ次第である。

 

 

アプランドタワース卿が彼女をわがものにしようと云ふ決心をするに至つたのは、それは情熱からではなく、明かに一つの意趣からでした。彼がその意趣を抱いたのはいつであるか、或ひはいつから、見す見す嫌はれてゐることが分つてゐながら大丈夫物になると云ふ確信を得たのかは、誰も知つてゐる者はありません。多分それは、私がこれから話をする彼女の生涯の最初の重大な出來事のあつた、その以前ではないでせう。彼の老熟した、冷ややかな片意地は、とかく血氣に任せて思慮を缺き易い十九と云ふ歳に著しく眼立つてゐました。それは少年時代に伯爵の地位とそれに附き纏ふ地方的名誉を受け襲いだことや、又その家の血統に依るところが多いので、云はば彼は靑春時代を知ることなしに、一足飛びに老熟の域へ引き揚げられてしまつたのです。彼のお父さんの四代目の伯爵が、バスの溫泉へ湯治に行つたあとで亡くなつた時には、彼はやうやく十二歳になつたばかりでした。

が、何と云つても家の血統が大分開係してゐたので、あの家の紋章を帶びてゐる一族は遺傳的に決斷力が優れてゐました、善いことにつけても惡いことにつけても。

兩家の位置は十哩ばかり離れてゐて、その間には今は古くなりましたがその時分は新しかつた、ハブンブールとウォアボーンとをメルチェスター市へ連絡する道がつづいてゐました。その道と云ふのは、あの西部國道から岐れてゐる一つの枝道ではありますが、それが過去百年の間もさうであつたやうに、今日もなほ、恐らくは|英蘭土《イングランド》に於いて見ることの出來る最も模範的な碎石舗道の一つなのです。

伯爵の邸は、彼の隣りのバアバラの父の邸と同じやうに、國道から一哩ばかり引つ込んでゐて、各ゝの邸は普通田舎に見るところの馬車道で以て國道につながつてゐました。かのうら若き伯爵が、十八世紀の終りを去ること二十年ほど前の降誕祭季節の或る晩、バアバラ姫の住居であり、さうして彼女の兩親たち、サア・ジョンやレディー・グリープの館《やかた》であるチェーン・メーナアの舞踏會に出席すべく馬を驅つたのは、實に此の國道であつたのです。サア・ジョンの爵位はあの内亂の起る二三年前に授かつた從男爵で、彼の領域はアプランドタワース卿のそれよりも更に廣大なものでした。此のチェーンの荘園の外に、もう一つの荘園が程遠からぬ海岸の方に在つてコツクデーンの鄕《ごう》の半分を占めてゐる、それから名高いウォアボーンやその近傍一圓に亙つて、數數の敎區の中《なか》によく圍はれた土地がありました。此の時バアバラはやうやう十七になるやならずであつたのです。さうしてアブランドタワース卿が彼女に云ひ寄つたと云ふ傳說の起りは、そもそもその舞踏會が始まりなのですが、さうだとすると随分早いことなんです。

何でも或る親しい友達―――ドレンカーヅ家の一人だと云ふことですが、―――が、その日の畫間彼と食事を共にしたと云はれてゐます。さうしてアプランドタワース卿は、その時客人を驚かす爲めに、自分の心の秘密な計畫を洩らしたさうです。

「あなたは彼女を手に入れることは出來ないでせう、―――請け合ひます、きつと駄目ですよ」と此の友達は別れ際《ぎは》にさう云ひました、「彼女はあなたに愛では惹き着けられません、さうかと云つて立派な緣組みを求めるなどと云ふ考へは、まあそんな分別《ふんべつ》は小鳥の頭にあるくらゐしか持つてゐないでせう。」

「今にわかりますよ」と、アプランドタワース卿は物靜かに答へました。

彼が四輪馬車に乗つて國道を通つて行つた時、此の友達の豫言がその心中《しんちゅう》に往來したことは疑ひもありません。が、今しも彼の右手に方《あた》つて消えて行くタ日の影を背景にした彼の横顏の、彫刻的な安らかな輪郭を、若しもその友達が見たならば、伯爵の心の冷靜が搔き亂されてゐないことを悟つたでありませう。彼はローントン・インと呼ばれる、多くの不敵な密獵者どもが近所の森の中《なか》で仕事をする爲めの集會所になつてゐる、さびしい路端《みちばた》の居酒屋までやつて來ました。さうしてちよつと氣を付けたら、その居酒屋の前の溜まり場に一臺の怪しい驛馬車が停《と》まつてゐたのを見たでせうが、彼はすたすたとそこを乗り越えて、半時間の後《のち》には小さなウォアボーンの町を過ぎました。それからなほも一哩進むと、今宵の饗宴の主《あるじ》の家があつたのです。

當時その家は堂堂たる建て物で、―――或ひは寧ろ幾つもの建て物の集團で、―――遙かに不規則ではありましたけれども、廣大な點では伯爵の邸宅に劣らないものでした。一方の翼《よく》は蒼然たる古色を帶び、ところどころに巨大な煙突があつて、それらの煙突の骨組みが外壁《ぐわいへき》から塔のやうに突き出てゐました。それに茫漠たる面積を持つた臺所、ここで(人の噂では)ジョン・オブ・ガアントの朝飯《あさめし》が料理されたと云はれてゐます。彼がまだその邸の前庭を歩いてゐたときに、當時のかう云ふ饗宴には附き物の樂器であつたフレンチ・ホーンやクラリオネツトの旋律が聞えて來るのでした。

長い客間へ這入つて行くと、ちやうどそこでレディー・グリーブの開いた舞踏會がミニユエツトを以て初められたところでした、―――云ひ傳へによると時刻は七時になつてゐました、―――彼は彼の爵位にふさはしい出迎へを受け、あたりを見廻してバアバラを捜しました。彼女は踊りには加はつてゐないで、何か物思ひに耽つてゐるやうに見えました、―――殆んど彼を待ちこがれつつあつたかのやうに。パアバラは此の時は善良な美しい娘で、決して他人《たにん》の惡口を云はず、ほかの美しい婦人達を妬《ねた》むことなどはめつた《、、、》にしない方でした。彼女は次ぎの地方踊りが始まると、彼の申し出でを拒まずに、やがて彼の相手となつて踊つたのです。

夜がだんだんと更けるに從ひ、ホーンやクラリオネツトの音が賑やかに鳴り渡ります。バアバラは自分に思ひを寄せてゐる男に對して、好きであるとも嫌ひであるとも、別にはつきりした素振りを示しはしませんでしたが、しかし老練な人の眼には、彼女の何かしら思案に餘つてゐるらしい樣子が見えたでもありませう。兎にも角にも、晩餐が濟むと彼女は頭痛がすると云ひ立てて、姿を消してしまひました。彼女に取り殘された所在なさに、アプランドタワース卿は長い廊下に面してゐる小さな部屋へ行きました。―――彼は舞踏のための舞踏はむしづ《、、、》が走るほど嫌ひだつたのです、―――そこには年寄り株の連中が火のほとりに腰かけてゐましたが、彼は窓掛けを上げて、今は洞穴《ほらあな》のやうに眞つ暗になつた窓の外《そと》の庭や木立《こだ》ちを眺めました。幾人かの客はまだこんなに早いのに歸つて行くらしく、二つの明《あか》りが門を曲りしなにちらりと見えて、やがて遠くの闇の中《なか》に沈みました。

女主人公が貴婦人たちの相手を捜しながら部屋の中《なか》を覗いたので、アブランドタワース卿が出て行くと、レディー・グリーブはバアバラが舞踏室へ戻つて來ないことを彼に告げました。彼女はどうしても堪へられないで寢室へ籠つてしまつたのです。

「あれは舞踏會のことで、今日は一日興奮してをりましたものですから」と、彼女の母親は績けました、「わたくしは今に疲《つか》れが出はしないかと案じてゐたのでございました 。………しかし伯爵、まだあなたはおよろしいのでございませうね。」

彼がもう十二時であること、さうして旣《すで》に幾人かは歸つた者があることを云ふと、

「わたくしはまだ誰方《どなた》樣もお歸りにならないと申し上げます」と、レディー・グリーブは云ふのでした。

夫人の機嫌を取るために彼は眞夜中《まよなか》まで留まつてゐて、それから歸路に就きました。彼の求婚運動は何等の發展も遂げずにしまつたのですが、それでも彼はバアバラが他の賓客には好意を示さなかつたことを確かめました。しかもそこには此の近傍の殆んど有らゆる人人が出席してゐたのです。

「それは唯時の問題さ」と、此の冷靜な若い哲學者は云ひました。

その明くる朝は彼は十時近くまで寢床にゐました。さうして彼が、恰も起きて階段の降り口《くち》まで來たときに外《そと》の砂利道に蹄の昔が聞えました。數分の後に扉が開《あ》いて、彼が一番下の段に足をかけると、廣間でばつたりサア・ジョン・グリーブに出遭つたのです。

「おお、―――バアバラは何處にをります?───わたしの娘は?」

さすがのアブランドタワース伯爵も此れには驚ろかずにゐられませんでした。「どうなすつたと云ふのです、サア・ジョン殿」と、彼は云ひました。

此の報道は實に驚ろくべきことでした。從男爵の取り亂した說明から、アブランドタワース卿が推察し得るところでは、自分や外《ほか》のお客たちが暇《いとま》を告げてから、サア・ジョンとレディー・グリーブとはその後バアバラを見舞はないで寢所へ引き取つたらしいのです。と云ふのは、彼女がもはや踊りの仲間へ加はらないと云つて寄越したので、もうその時に寢てしまつたものと思つたのでせう。その前に彼女は、今夜は用をしてくれないでもいいと云ふ旨を召し使ひに云ひました。さうしてそこには若い姫君がてんで體を横にさへもしなかつた證據がありました。なぜなら寢床が取り亂されてゐなかつたからです。前後の事情から判󠄁斷するのに、うそつきの娘は舞踏室を去る口實を作るために氣持ちの惡い風を裝ひ、さうして十分とは立たないうちに、多分食後の最初の舞踏の間に、邸《やしき》を脫け出したものであるとしか思へません。

「私《わたくし》はお孃さんのお出かけになるところを見ました」と、アブランドタワース卿は云ひました。

「あなたは御覧になつたのですつて!」と、サア・ジョンが云ひました。

「左樣」―――彼は馬車の明りが遠くへ消えて行つたこと、而もお客はまだ一人も歸らない旨をレディー・グリーブから確言されたことを語りました。

「たしかにそれです!」と、父は云ひました、「しかし一人ではなかつたでせな!」

「ああ、―――誰でせう相手の男は?」

「私はただ推測するだけですが、その推測が中《あた》りさうなのを何よりも恐れるのです。私はこれ以上は申し上げたくありません。私はあなたがその相手だと云ふことも、―――さうは信じませんでしたけれど、―――有り得ることだと考へたのです。ほんたうにあなたであつてくれればよかつた! 飛んでもない、あんな男に!───摑《つか》まへて處分しなければならない!」

「あなたは誰だとお思ひになりますか。」

サア・ジョンは名前を云ひませんでした。さうして苛《いら》だつてゐると云ふよりは寧ろ茫然としてゐたので、アブランドタワース卿は彼をチェーンまでつて行きました。彼は再び從男爵の疑つてゐるのは誰であるかを尋ねました。性急《せつかち》なサア・ジョンは素より執拗なアブランドタワース卿の敵ではありません。

彼はとうとう云ひました、「私はエドモンド・ウィロースだらうと思ひます。」

「何者ですかその男は?」

「ショつつフォード・フォラムの若者で、―――或る未亡人の息子なのです。」彼は語りました。その說明によると、ウィロースの父、もしくは祖父は、土地の古い硝子繪かきの最後の者で、あの邊《へん》にはあの技術が、(あなた方も御存じのやうに)英蘭土《イングランド》の他《た》の地方では悉く滅びてしまつた後まで殘つてゐたのです。「ああ、―――それは何とも―――飛んでもない事になつたものです!」と、アブランドタワース卿は身も世もあらず失望して椅子に倒れながら云ひました。

彼等は有らゆる方角へ密使を出しました、一つはメルチェスター街道へ、一つはショつつ・フォラムへ、もう一つは海岸の方へ。

しかしながら戀人同士は十時間も先に立つてゐたのです。それに二人が駈け落ちの時を特にその晩に選んだと云ふのは、一般に乗り物が混雑するので、怪しい馬車の動靜が公園や近所の街道などで眼立たないだらうと云ふことを、いろいろ考へて練りに練つた結果であることは明かでした。ローントン・インで見受けられた客待ちをしてゐた驛馬車は、疑ひもなく二人が逃げるのに乗つたものです。二人の頭《あたま》は斯くまであたま巧妙な計畫を立てたくらゐですから、多分今までに結婚の手續きを運んでしまつてゐることでせう。

二た親の心配は事實となりました。その日の夕刻、バアバラが差し立てた特別の飛脚に依つて齋《もたら》された一通の手紙は、彼女の戀人と彼女とが倫敦《ロンドン》へ行く途上にあること、此の通信が彼女の家に達する前に、二人は夫婦として結び付けられてゐるだらうことを手短かに告げました。彼女が此の極端な手段を取つたのは、外《ほか》の男を愛する心にはなれないくらゐ戀しいエドモンドを愛するからであり、それにかうでもして運命の脅迫を不可能にしてしまはなければ、いづれ近近《ちかぢか》にアブランドタワース卿と結婚させられるハメになるのが分つたからだと云ふのです。彼女は豫《あらかじ》め此の手段を篤《とく》と考へて置いたので、萬一此の事のために父親から勘當された場合には、普通の田舎の世話女房として暮らす畳悟が出來てゐると云ふのです。

「畜生め!」と、アプランドタワース卿はその晩我が家《や》へ馬車を驅りながら云ひました、「畜生、馬鹿な女め!」―――これで彼の彼女に對する戀愛と云ふものが如何なる種類のものであるかが分るではありませんか。

さて、サア・ジョンは親たる者の義務として、旣に二人の跡を追うて出發し、狂氣の如くメルチェスターへ馳せつけ、そこから更に一直線の街道を首府へ向ひました。が、彼は直ちにさうしたところで無駄であることに氣が付いたのです。それに追ひ追ひと、もう結婚が實際行はれてしまつたことが分つたので、倫敦に於ける二人の在り家を發《あば》き出す凡べての試みを放棄してしまひました。彼は歸つて來て、此の事件を出來るだけうまくお腹《なか》の中《なか》へ呑みこなすべく、夫人を相手にどつかと椅子に腰をかけました。

世継ぎの娘を誘拐した康を以つて此のウィロースを訴へることは、彼等の力で出來ないことはありません。しかし今更いかんともし難い事實であることを考へれば、彼等は手荒な報復手段に出ることは差し控へました。六週間ばかり立ちましたが、その間バアバラの雨親は彼女を失つた寂しさを痛切に感じながらも、その不届きな娘に對して罪を赦すとも責めるとも、何とも云つてやりませんでした。彼等は娘が我れと我が身の上に招いた不名誉に就いて考へつづけました。相手の若者はたとひ正直な男であり、正直な父の息子であるとは云へ、その父と云ふのは早く世を去つて、後家は自分の身を過ごすのに随分と苦労をしたのですから、從つて息子は十分な敎育を受けてゐません。おまけに彼の血統と云ふものは、彼等の知れる限りでは、格別何の某の後裔と云ふのでもないのです。然るに娘の方はと云へば、母親を通して古い男爵の家家から蒸溜された最も純良なる液汁の混合であります。その血の中にはモードヴィル家や、モーハン家や、サイワード家や、ピーヴレル家や、カリフォード家や、タルボつト家や、プランタジェネつト家や、ヨーク家や、ランキャスター家や、その外《ほか》まだまだどのくらるの名家の色彩が交つてゐるか分らないのに、それ等を捨ててしまふと云ふのは何たる勿體ないことでせう。

父と母とはそのおのおのに家紋を鏤《ちりば》めてある、四つの中心を持つ迫持《せりもち》で囲まれた煖爐の前に腰かけて、聲をあげて呻《うめ》きました、―――サア・ジョンよりも夫人の方は一と入でした。

「此の歳《とし》になつてこんな事がわれわれの上に降つて來ようとは!」と、父親が云ひます。

「それはあなたの事ですよ!」と母親はすすり泣きをしながら嚙みつくやうに、「わたしはたつた四十一です !……… あなたは何だつてもつと早く驅け出して二人をお摑まへにならなかつたんです!」

その間に結婚をした好いた同士は、自分たちの血液のことなぞは溝《どぶ》の水ほどに考へて、至つて幸福に暮らしてみました。―――幸福、尤もそれは、だんだん下り坂になつて來る奴で、誰でも知つてゐるやうに、天の神樣はよくしたもので、かう云ふ我武者《がむしゃ》らな色事にはさう云ふ掟をきめていらつしゃる。つまり二人は、最初の一週間は第七天に、二週間目には第六天に、三週間目にはやや控へめに、四週間目には後先《あとさき》を考へるやうに、だんだんさう云ふ風になる。懸を得た後の継人の心と云ふものは、ちゃうど尊敬する會長さんが時時われわれに說明して下さる、地球の地層のやうなもので、一番最初が熱《ある》い石炭、その次ぎが生溫《なまぬる》い奴、その次ぎが消えかかつた燃え燼《がら》、その次ぎは冷え冷えとして―――もうその先は云ふだけが野暮です。とどのつまりが、或る日娘の可愛らしい封印の痕のある一通の手紙が、サア・ジョンとレディー・グリーブの手許へ届きました。彼等がそれを開いて見ると、若い夫婦からの嘆願狀で、二人は自分たちの所行についてサア・ジョンの許しを乞ひ、露はな膝を地に着けてお詫びをする。さうしてこれからは永久に孝行な子供になりますと云ふのでした。

そこでサア・ジョンと夫人とは、もう一度四つの中心を持つ迫持《せりもち》の煖爐の前に据わり直して相談をしました。さうして手紙を讃み返しました。ほんたうのことを云ふならば、サア・ジョン・グリーブは哀れにも彼の名前や家系よりも遙かに多く娘の幸福を欲してゐたのです。彼は私《ひそ》かに娘の可愛らしいいろいろのしぐさを想ひ出し、ほつと溜め息を洩らすのでした。それにもう此の時までに、不釣り合ひな結婚と云ふ考へにも次第に馴らされてしまつたので、どうも出來たことは仕方がない、あんまり娘に辛《つら》くあたるのもよくないやうに思はれる、と、彼は云ひました。多分バアバラと彼女の夫とは明日《あす》が日《ひ》にも困つてゐよう。私たちは何で私たちの一人娘を飢え死にさせてよいものか。

ちよつとしたことながら、思ひがけない方面から彼等に一つの慰めが來ました。彼等は信用すべき筋から、平民ウィロースの先組は嘗て零落した貴族の末孫と結婚をする榮誉を據つたことがあると云ふ話を聞いたのです。要するに貴族の親たちと云ふものは馬鹿なものです。尤も此れは貴族ばかりにも限りませんが兎に角彼等はその日直ちに、バアパラの與へた番地へ宛てて手紙を出し、彼女が彼女の夫を連れて戻つて來ても差し支へないこと、彼等は異議なくその男に會ひもしようし彼女を責めもしないであらうこと、且二人を歡迎するやうに努め、二人の行く末のためになるやうな處置についても相談に應ずるであらうことを云つてやりました。

三四日すると見すぼらしい驛馬車がチェーン・メーナーの館の門口へ着きました。情深い從男爵と夫人とはその音を聞きつけて、恰も王族の宮樣御夫婦をお迎へするやうに走り出たものです。彼等はいたづら者の娘が無事に健固で歸つたのを見ると、嬉しくてたまりませんでした。―――但し娘は何の肩書きもないエドモンド・ウィロースのおかみさん、ただのミセス・ウィロースではありましたけれども。バアバラは悔恨の涙せきあへず、新郎も新婦もしみじみ自分たちの惡かつたことを悟つたやうでした。それもその筈、二人は自分の物と云つては一ギニーの金さへ持つてゐなかつたのですから。

親子四人はやがて心を押し鎮めて、叱言《こごと》などは一と言も云はずに、みんなで事件の後始末を深重に協議しました。その時若いウィロースは非常に慎ましやかに後ろの方に控へてゐたので、レディー・グリーブが「もつと此方《こつち》へ來るやうに」と前の方へ呼びましたが、その言葉は決して冷ややかな調子ではありませんでした。

「何と云ふ美しい男だらう!」と、彼女は心で云ひました、「バアバラが夢中になつたのも成る程此れなら不思議はない。」

實際彼は、嘗て女の唇へ自分の唇をつけたことのある男どものうちの、最も美しい一人でした。靑い上衣に桑の實色の胴衣を着て、淡褐色の牛ズボンを穿いたところは、誰の前でもひけ《、、》を取らない姿をしてゐます。彼は今、その大きな黑い瞳を氣づかはしげに輝やかしてチラリとバアバラの方を見ては、次ぎに彼女の親たちの方を見、それから再びやさしい眼つきを彼女の方へ返します。彼女は今や恐れ戰《おのの》いてゐるのですけれども、而もなほその顏を見た者は、アブランドタワース卿の冷たい血潮が微溫以上に沸き上つたのも尤もであることを感ずるでせう。彼女の麗《うるは》しい若い容貌は、(村の年寄りの女どもが古くから云ひ傳へた話に依ると、)白い駝鳥の羽毛《うまう》で飾られた圓錐形の灰色の帽子の蔭から窺はれました。さうして彼女の可愛い爪先は、蛋色の袍《うはぎ》の下にある鈍黄色の袴の下からちょつぴりと覗いてゐました。彼女の目鼻だちは規則的ではなかつたさうです。あすこの家《いへ》に殘つてゐる小畫像を見れば分るやうに、それは殆んど童顏であつて、いかにも悧巧さうな口元をしてゐます。さうしてよくよくの場合でなければめつたに氣むづかしい顏をするやうなはした《、、、》ない女ではなささうです。

さて、彼等は今の狀態を何とか適當に處置するやうに協議しました。若い夫婦は何事につけても全く親を頼りにするより外はないので、成るべく親の御機嫌を取つて置きたかつたものですから、あんまり厭《いや》な事でさへなければどんな應急策をでも承知する氣持ちになつてゐました。彼等は旣に二た月も一緒に暮らした後のことなので、エドモンド・ウィロースに十分な旅費を興へ、敎師を一人あてがつて一年間大陸へ旅行にやらうと云ふサア・ジョンの申し出でを、敢て反對しませんでした。そこでウィロースは敎師の指導に從つて出來るだけの勉强をし、内面的にも外面的にも、バアバラの如き姫君の夫たる榮誉にふさはしい研きをかける。彼は、旅行中國國の語學やら習慣やら歴史やら社會やら名所古蹟やら、その他眼に觸れたことは何事に依らずその研究に身を委ねる。さうして始めてバアバラの傍《そば》に据わつても羞かしくない人物として、お婿さんの地位に就くために戻つて來る、と云ふことになりました。

「それでその時までには、」と、有り難い親御《おやご》のサア・ジョンは云ひました、「わしはあのユウショルトの別莊を、お前が歸つたら夫婦で住むことが出來るように用意して置かう。あの家は手狭で、不便な所にあるけれども、まあさしあたつて若い夫婦が暮らすだけには十分だからね。」

「住居《すまひ》なんか四阿《あづまや》ほどの家《うち》だつて結構ですわ!」と、バアバラが云ひます。

「輿《こし》ほどの家《うち》でも結構でございます!」と、ウィロースも云って、「それに寂しい所であるほどなほ好都合でございます。」

「わたしたちは寂しいのは我慢しますわ」と、バアバラは前よりはやや味氣《あぢき》なく云ひました、「誰かお友達が來てくれますわ、きつと。」

これですっかり事が極まって、一人の旅慣れた家庭敎師―――それは多方面の才能のある、非常に世慣れた人物でした、―――が迎へられ、或る日の朝、先生と弟子とはうち連れて發足《ほっそく》しました。バアバラが同行しなかったのは、夫が彼女に氣を惹かれると、自然彼が熱心に學問や見聞の方へ凡べての時間を振り向けることが出來なくなると云ふ、重大な理由が提出されたからで、此の尤もな、先を見拔いた議論に對しては彼れ此れ云ひやうがなかつたからです。何日目には手紙を出すと云ふ堅い日取りが定められて、バアバラと彼女のエドモンドとは戶口で最後の接吻をしました。さうして馬車は拱門の下を掠めて前庭へ走り出しました。

彼はル・ハーブルから、その港へ着くと直ぐに彼女へ手紙を書きましたが、逆風のためにその間は七日以上かかりました。彼はルーアンから下記、巴里から下記、國王だのヴェルサイユの宮廷だのを見たことや、その宮殿の素晴らしい大理石の建築や鏡の間のことなどを細細と語り、次ぎにはリョンから、次ぎには比較的長い期間を置いて、チュウリンから書き、騾馬でモン・スニの山越しをした恐ろしい冒険の話をして、そのとき一行が凄まじい吹雪に行き遭つたこと、さうして彼も、彼の敎師も、案内者たちも、もう少しで死にさうになつたことなどを語りました。次ぎに彼は伊太利のことを光り眩いばかりに書きました。バアバラは夫の心の發達が、月を重ねるに從つてそれらの手紙のなかに反映してゐるのを見ることが出來ました。彼女はエドモンドのために此の敎育法を思ひつかせた父親の思慮の深さを、大變有り難く思ひました。が、彼女はときどき嘆息しました、―――夫さへ傍にゐてくれたら、生きた證據を眼の前に見て、自分はいい婿を選んだと思つて心强く感ずるのでせうが、―――さうして今から先、mésalliance (不釣り合ひな結婚の意)のためにどんなにいろいろの屈辱が待ち構へてゐるかも知れないことを、心ひそかに恐れました。彼女はめつたに家の外へ出ませんでした。と云ふのは、一二度外へ出たときに以前の友達に遇つて見ると、彼等の態度が手の裏を返すやうに變つてしまつたことに氣がついたからです。彼等は恰もかう云つてゐるやうに見えました、―――「おや、お仕合はせな村の兄哥《あにい》のおかみさん、お前さんも飛んだものに摑まつたもんだね!」

エドモンドの手紙は相變らず愛情が濃やかでした。今となつては、彼女が彼に抱いてゐる愛情よりも更に濃やかなものでした。バアバラは此の、自分の愛がだんだん冷めたくなつて行くのを自《みづか》ら認めて、善良な、正直な貴婦人らしくそれを悲しみ恐れました。なぜなら彼女の唯一の願ひは、忠實な行ひをすると云ふこと、正しき道を踏むと云ふことにあつたからです。彼女は心配の餘りどうかして溫かい情愛を持ちますやうにと祈りました。さうして遂に夫の許へ手紙を出して、今や夫は藝術の國にゐるのであるから、たとひ小さいものでもいいから彼女に彼の肖像畫を送つてくれるやうに、さうしたら彼女はその肖像を日がな一日、さうして毎日眺め暮らして、片時も夫の顏を忘れないやうにするであらうからと、頼んでやりました。

ウィロースは何しに否《いや》を云ひませう。彼は彼女の望む以上のことをする旨を答へて來ました。彼はピサで一人の彫刻家と友達になつて、その人が大變彼や彼の經歴に興味を持つてゐる、で、彼は此の人に大理石で自分の胸像を作つて貰ふ註文をしたから、それが出來上り次第送り届けると云ふのでした。バアバラの方では、何か一刻も早く送つて貰へるものが欲しかつたのですが、しかし彼女は手間のかかることに不服を云つてはやりませんでした。するとエドモンドはその次ぎの手紙で、その彫刻家が彼自身の好みから、胸像を更に大きくして全身像にすることに極めたと云ふこと、彼は自分の技術の程を示す一作品が如何にもして英吉利貴族の眼に止まるやうにと苦心惨憺してゐることを云つて來ました。仕事は順調に、着着と捗つてゐるのでした。

とかくするうち、家庭に於けるバアバラはユウショルトの別荘のことで彼れ此れと氣が紛れるやうになりました。その家は彼女の親切な父親が、彼女の夫が歸つて來たら彼女のすまひにするやうにと用意をしつつあつたのです。それは大きな建て物の設計に依つた小さな建て物、―――邸宅の規模で建てられた小屋であつて、木造の廻廊がそのぐるりを圍んでゐる中央の廣間があり、此の入り口に相應して押し入れぐらるの廣さしかない澤山の部屋がありました。それは寂しい坂の上に立ち、繁茂した樹木に包まれてゐたので、枝葉隠れに棲んでゐる鳥が畫と夜との見分けもつかないやうに、奇妙な時間に啼いたりしました。

此の小亭の修繕工事が進められてゐる間、バアバラはしばしばそれを訪れました。繁茂した森で遮られてはゐましたけれども、そこは街道に近かつたので、或る日彼女は垣根越しに外を眺めてゐると、アプランドタワース卿が馬に乗つて通るのを見ました。彼は彼女に慰勲に禮をしましたが、何だかギコチない樣子で、馬を止めずに行つてしまひました。バアバラは家へ歸つて、夫をいつまでも變りなく愛することが出來るやうに祈りつづけました。そんなことがあつてから、彼女は病氣になつて、長い間再び門の外へ出ずにみました。

修學の年限は十四箇月に延ばされ、その家はエドモンドが歸つて來てバアバラと一緒に住まへるやうに、準備が整つてみましたが、その時、いつもの彼女宛ての手紙でなしに、例の随伴の敎師の筆蹟で一通の書面がサア・ジョン・グリーブの許に届いて、彼等がヴェニスで出遭つたところの恐ろしい災禍を告げました。ウィロース氏と敎師とは先週の謝肉祭の間の或る晩、伊太利の喜劇を見物に劇場へ行つてゐたところが、折から蠟燭の心剪《しんき》りをする男の不注意で、劇場は火を失し、灰燼に歸した。観客中の幾人かが悶絶した人人を救ひ出すべく人間業とは思へない努力をしたために、死んだものは僅かであつたが、彼等凡べてのうち、最も英雄的に生命の危険を冒した者はウィロース氏であつた。五度目に同胞を救はうとして這入つて行つた時に燃えてゐる數箇の梁が彼の上へ落ちたので、彼は死んだものとされた。しかしながら彼は、物凄い火傷は負うたけれども、神の加護に依つてなほ生命力を保ちつつ息を吹き返した。さうして彼の體質が驚くほど强健であるため、殆んど奇蹟的に命を取り止めさうに見える。彼は勿論手紙を書くことは出來ないが、數名の熟練した外科醫の手術を受けつつある。追つて後報は此の次ぎの便か、別仕立ての飛脚に依つて申し上げる、と云ふのでした。

敎師は氣の毒なウィロースの苦難に就いては、詳しいことは何も云つてはゐませんでしたが、その報知がバアバラに打ち明けられるや否や、彼女は夫がどんな憂き目を見てゐるかを我が身の上に感じました。咄嗟に起つた本能は夫の傍へ驅け着けようと云ふことでした。けれどもよくよく考へて見ると、そんな旅行は彼女には不可能に思へたのです。彼女の健康は決して以前のやうではありませんでした。さうして一年中の此の季節に、欧羅巴を横切つて宿場宿場を馬車で行くことは、或ひは一艘の帆前船でビスケー湾を渡ることは、結果を見てから赦して貰へると云ふやうな性質の企てではありません。それでも彼女はまだ行きたがつてゐましたが、手紙の終りの方を讃むと、夫の敎師は若しそのやうな手段が企てられるなら、それには强く反對の意思をほのめかしてゐることが分りました。此れは又外科醫たちの意見でもありました。さうしてウィロースの附き人はその理由を說明することを差し控へてみましたけれども、結局それは自然と明かになつたのです。

 

事實は最も忌まはしい火の負傷が彼の頭と顏に來たのです、―――彼女の心臓を彼女から*《か》ち得たあの美しい顏に。―――さうして敎師も外科醫たちも、感じ易い若い婦人がその負傷の癒え去る前を見ることは、彼女の介抱に依つて夫を幸福にさせるよりも、驚愕に依つて更に多くの不幸を彼女に齎すであらうことを、察したのです。

レディー・グリーブは、サア・ジョンとバアバラとがお腹の中では考へながらさすが無躾にさうも云ひかねてゐたことを、突然口へ出してしまひました。

「ほんたうに、氣の毒なバアバラや、お前には飛んだことになつてしまつたねえ。お前があんなに夢中になつてあの人を選んだのも尤もだと思ふたつた一つの特長が、―――あの世にも美しい顏立ちが、―――こんな風にして駄目になつてしまつた日には、もう誰が見たつてお前のふしだらの口實になるものはありはしないよ。………ああ、外の人と結婚してゐたらよかつたのに、―――ほんたうに私はさう思ふよ!」さうして夫人は溜め息をしました。

「直きに又よくなるだらうよ」と、父親は慰めるやうに云ひました。

上に逃べたやうな、さう云ふ言葉は、たびたび口にされはしませんでしたが、それでもときどきその話が出て、バァバラに一種不安な、自分と云ふものが如何にも情なく見えるやうな思ひをさせました。彼女はもうそんな話を聞くまいと決心して、ユウショルトの家が用意萬端整つたので、召し使ひを連れてそこへ引き籠つてしまひました。彼女は夫が滞つて來ればやがて夫婦が水入らずで暮らせるであらうその家に落ち着いて、始めて一家の主婦らしい氣持ちを味はふことが出來ました。

何週間も立つた後に、ウィロースは自分で筆を執ることが出來る程に恢復しました。さうしてそろそろと、やさしく、彼の負傷の全程度を彼女に分らせるやうにしました。自分が親力を全く失ふに至らなかつたのは、天祐であつたと、彼は云ひました。さうして、たとひ一方の眼は永久に暗黒になつたとは云へ、なほ一つの眼は十分に視力を保つてゐることを、感謝を以て述べるのでした。彼が自分の狀態の一つ一つに就いておづおづと打ち明ける遠慮がちな樣子は、彼の經驗が如何に凄惨なものであつたかをバアバラに悟らせました。彼は彼女がどんな事があらうとも心變りはしないと誓つてくれたのを、有り難く思つてゐる。

が、彼女にはまだ、自分の變りやうの凄いことが、彼女が會つても分らない程になつてゐることが、十分呑み込めてゐないのではないか、それが心配でもあると云ひました。しかし何事があつたにせよ、彼女に對する彼の實意は昔と變りはなかつたのです。

バアバラは彼の懊惱の蔭に、如何に多くの事柄が潜んでゐるかを察しました。彼女は返事をしたためて、自分は運命の命令のままに身を委ねる、彼が歸つて來られさへすれば、いかなる形態をしてゐようとも彼を歡迎するであらうと、云つて遣りました。彼女は彼に、小綺麗な侘び住まひのこと、やがて二人のものとなるまで其處を自分の家としてゐることなどを語りました。さうして彼女は、彼の美しい顏の凡べてが失はれたと聞いた時にどんなに自分が落膽したかと云ふことは、知らせませんでした。まして、一緒に暮らした期間よりも別れてからの期間の方が長かつたので、今では何だか見知らない人を待つてゐるやうな氣がするなどとは、猶更云ひはしませんでした。

次第にウィロースは全快して、錦國の出來る時節が來ました。彼はサザムブトンに上陸をし、そこからユウショルトへ手紙を出しました。バアバラは彼を迎へるためにローントン・イン―――あの、駈け落ちの晩に彼が待ち合はせてゐた森と猟場との間にある場所―――まで、出向いて行くことに手筈を極めました。約束の時間に、彼女は父親から今度の新世帶に用ひるやうに、誕生日に祝つて貰つた小馬の小型の馬車に乗つて出かけましたが、向うの宿へ着くとそれを返してしまひました。と云ふのは、歸りには夫の馬車があるから、それで道行きをして戻らうと云ふ申し合はせが出來てゐたからです。

此の路傍の居酒屋には貴婦人がゆつくり休むやうな用意はありませんでした。が、夏の初めの、美しい宵のことで、彼女はそんなことは氣にもとめずに、外をぶらぶら歩きながら、今にその人がやつて來るかと街道の方へ眼を放つてゐました。けれど、幾度も幾度も遠くの方にばつと砂煙が擴がつてはだんだん近寄つて來るのを見ると、執れも夫の馬車ではありません。バアバラは約束の時間より二時間も餘計立つてゐました。さうしてしまひには、海峡に逆風でも吹いたのではないか、それで夫は今夜は歸つて來ないのではないかと、案じるやうになりました。

彼女は待つてゐる間に、或る奇妙な戦慄を覺えましたが、それは憂慮と云ふのとも何處か違つてゐましたし、さればと云つて恐怖と云ふ程に强くもありませんでした。彼女の心は失望と安心と、兩者の間をさ迷うてゐました。彼女はたつた六週間か七週間の間、あまり敎育はなかつたがしかし顏だけは美男であつた夫と一緒に暮らしたきりです。さうして今やその人と十七箇月も別れてゐたのです。而もその人は不慮の出來事のために、彼女が會つてもきつと分らないに違ひないほど變つてしまつた。彼女の心が千千に亂れるのも尤もではありませんか。

ところで彼女の差しあたつての當惑は、そろそろ此處に待つてゐるのがバツが惡くなつて來たのに、それにしてもローントン・インから歸るのにどうしたらいいかと云ふことでした。バアバラのすることはいつも斯うなので、此處へやつて來るのにも後先の分別があつたのではありません。二三分も待てば夫が直きに驛馬車に乗つて來るだらう、さうしたら自分も夫と一緒にそれへ乗り込まう、と云ふ積りで、彼女は無造作に自分の小さな乗り物を返してしまつて、一人で殘つてゐたのです。彼女は自分が長く家を空けてゐた夫を迎へに出て來たことが村中に知れ渡つてゐて、非常な興味を湧かしつつあることに氣が付きました。

彼女は自分の見える所より、見えない所にあるより多くの眼が窓の内部からじつと此方を見てゐるのを感じました。バアバラはその居酒屋で雇つて貰へるどんな乗り物にでも乗つて、家に歸らうと決心しました。と、彼女が最後に、今や暮色の迫りつつある街道へ眼を放つた時、更に一つの砂煙が近づいて來るのを認めました。彼女は立ち止まりました。一臺の四輪馬車が宿屋の前に來て、さうして中に乗つてゐる者が人待ち顏にそんである彼女の姿を見なかつたならば、それは通り過ぎたかも知れませんでした。馬は立ちどころに駐められたのです。

「あなたは此處に―――さうしてお一人で、ウィロースの奥さん?」さう云つたのはその馬車の主、アプランドタワース卿です。

彼女は自分がどうしてかう云ふ淋しい場所に立たされてゐるかを說明しました。さうして彼が彼女の家と同じ方角へ歸ると云ふので、私の傍へおかけ下さいと云ふ彼の申し出でを承諾しました。初めのうちはお互ひにバツが惡く、話がはずみませんでしたが、それから一二哩も行つた頃には、彼女は眞面目に熱心に彼に話しかけてゐる自分と云ふものに氣が付いて、我ながら不思議な思ひがしました。彼女がそんなに感激したのは一に全く最近の生活―――尋常でない結婚をしたために何となく孤獨に暮らしてゐた―――その自然の結果でした。長い間心にもない隠遁生活を送つてゐた女が、不意に話相手に摑まつてぺらぺらしやべり出した時ほど、氣紛れなものはありません。さう云ふ譯で、彼女の赤裸裸な胸の思ひは一時に喉元へ込み上げて來て、相手が誘ひをかけるやうな質問や、又はちょつとした謎をかけるに從つて、我が身の苦労の數數をしゃべるに任せてしまひました。アプランドタワース卿は三哩も廻り道をするのを厭はず、彼女を門口まで送り届けました。さうして彼女の手を執つて馬車からおろしてくれる時に、彼女は彼が鋭い非難を小聲で云ふのを聞きました。「私の云ふことさへ聞いていらしつたら、こんなことにはならなかつたでせうに!」

彼女は何とも答へないで、家の中へ這入りましたが、夜が次第に更けて來ると、アブランドタワース卿とあんなに親しくしたことがだんだん氣懸かりになつて來ました。しかし相手は、彼女の思ひがけない時に現はれて來たのです。若しも彼に會ふことが前から分つてゐたのだつたら、自分はソツのないやうに立派にあしらつて見せたものを! バアバラは自分のたしなみ《、、、、》のなさを思ふと、恥づかしさに冷や汗が出ました。さうして自責の念に驅られて、エドモンドの歸りに一縷の望みを托しつつ、眞夜中まで起きてゐようと覺悟しました。翌日にならなければ彼は來さうもありませんでしたが、それでも晩飯の用意なぞを命じたりしながら。

時間が立つにつれて、ユウショルトの別荘の附近はしんしんとして物音もなく、聞えるのはただ樹木のそよぎのみでした。すると、殆んど眞夜中の頃、車輪と馬の蹄の音が門の方へ近づいて來ました。夫より外に來る筈はないので、バアバラは卽座に彼を迎へるために廣間へ行きました。彼女は失心しさうな氣持ちを抱きながらそこに立ちました。思へば二人が別れてから何と云ふさまざまな變化が起つたことでせう! それに彼女は今し方アブランドタワース卿に出遭つたので、その人の聲音と俤とがいまだに附き纏つてゐて、彼女の夫、エドモンドの姿を、心の奥底の鏡から追ひやつてしまつてゐるのでした。

しかし彼女は戶口へ行きました。さうして次ぎの瞬間に一つの人影が這入つて來ました、––その輪郭は彼女も知つてゐます、が、その他の點はどうなつてゐるのかよく分らない人影が。―――彼女の夫は羽ばたきをする黒い外套を身に纏ひ、帽子を目深に被つてゐました。その樣子は全く外國人のやうで、嘗て彼女の傍にゐた若い英吉利の村民のやうではありません。彼が燈火の明りの前へ來た時に、彼女が驚かされたのは、殆んど恐怖をさへ感じたのは、彼が假面を着けてゐることでした。彼女は最初此れに氣が付きませんでした、―――その假面の肌合ひには少しも異樣なところがないのです、うつかり往來で出遭つた人なら、眞の人間の顏以外の何物でもないと思ふくらゐに。―――

彼は自分の思ひがけない姿かたちに、彼女がぞつ《、、》と身顫ひしたのを看て取つたのに違ひなく、慌てて云ひました。「私はこんな風にしてお前の所へ來るつもりではなかつたのだよ。―――私はお前がもう寢てゐると思つたのだ。よく起きてゐてくれたね、可愛いバアバラよ!」彼は片手で彼女を抱へました、が、接吻しょうとはしませんでした。

「おお、エドモンド!―――もつてあなたなの?―――ほんたうに?」と、彼女は云ひました、雙手《もろて》を强く握りしめながら。なぜなら彼の姿や動作は先づ間違ひなくその人のやうに思へましたし、言葉の調子も昔の調子に似てゐましたけれども、聲の變つてゐる工合が、別人のやうに思へたからです。

「私はこんな風に體を包んでゐるのだよ、道中の旅籠屋や往來の人の眼を避けるために」と、彼は低い聲で云つて、「ちょつと馬車を返して來るから、待つてゐておくれ。」

「あなたお一人なのですか?」

「ああ、私は敎師をサザムプトンへ殘して來たのだ。」

彼女が晩餐の用意の出來てゐる食堂へ這入つた時に、驛馬車の音が遠く去つて行きました。直ぐに夫は彼女の傍へ戻つて來ました。彼は外套と帽子とを脫ぎましたけれども、假面は未だに着けてゐるのです。さうして彼女にその時始めて分つたのは、その假面が何か絹のやうなしなしなした地質の、特別製のものであつて、肉の色に巧く似せてあることでした。それは額の生え際へ自然に着くやうに出來てゐて、その他の點も巧妙に拵へてあるのでした。

「バアバラ、―――お前、加減でも惡いのかね」と、彼はさう云つて、手袋を外して、彼女の手を執りました。

「ええ、―――加減が惡かつたんですの。」

「此のしゃれた家《うち》は私たちのものなのかね?」

「おお、―――ええ、」彼女は自分が何を云つたのか殆んど覺えがありません、なぜなら、彼が彼女の手を執るために手袋から出した手と云ふのが、曲りくねつてゐて、指が一二本足りないのです。おまけに彼女は假面を透して、たつた一つしかない眼玉の光るのを見たのです。

「私はどうしてもお前と接吻したいのだ、今此の場で!」と、彼は傷ましい熱情を籠めてつづけました。「けれど此のままではすることが出來ない、―――こんなものを着けてゐては。召し使ひ共は寢てしまつただらうね?」

「ええ」と、彼女は云ひましたが、「しかし起しても差し支へないのよ、御飯をお上りになるんでせう?」

彼は食べるには食べるけれども、こんな時刻に人を起すには及ばないと云ひました。そこで彼等は食卓に近づき、椅子に腰かけ、お互ひに面と對ひました。

バアバラの心は怯え切つてゐるのですが、それでも氣が付かずにゐなかつたのは、彼女の夫がぶるぶる顫へてゐることでした。彼は自分が興へるところの、或ひは與へんとしつつあるところの印象を、彼女と同じく、若しくは彼女以上にも、恐れてゐるやうでした。

彼は間近く寄つて、再び彼女の手を執りました。

「私はヴェニスで此の假面を作らせたのだよ」と、彼は明かに當惑しながら口を切りました、「私の最愛の―――いとしいバアバラや、―――お前はあの―――どう思ふだらうかねえ、―――私が此の假面を取つたら? 私を嫌ひはしないだらう―――ねえ、お前?」

「おお、エドモンド、私はそんなことを氣にかけるもんですか。」彼女は云ひました、「あなたの身の上に起つたことは私たちの不仕合はせです。私はちゃんと覺悟が出來てゐます。」

「お前、大丈夫覺悟が出來てゐるかね?」

「ええ、ゐますとも! あなたは私の夫ですもの。」

「ほんたうにお前、どんな外形の變化にも動じないと云ふ自信があるかね?」彼は再び云ふのでした、激しい心の動揺に聲を搔き曇らせながら。

「大丈夫―――だと思ふわ、きつと。」彼女の答へは微かでした。

彼はうなだれて囁きました、「さうであつてくれればいい、ほんたうにさうであつてくれれば。」

それから暫らくひつそりとして、廣間の柱時計の響きが妙に際立つて聞えました。彼はちよつと横を向いて、假面を外しにかかつたのです。彼女は息もつかないで待つてゐましたが、それは面倒な仕掛けになつてゐるらしく、幾らか手間がかかりました。彼女はちらりと彼の方へ眼を向けたり、直ぐその顏を背けたりしました。さうしてそれが取り除けられると、彼女はそこに現はれた惨憺たる物の形に眼を閉ぢました。一瞬間、總毛立つ感じが彼女の全身を走りました。が、それでも彼女は、土氣色になつた唇から自然に發する叫び聲をぐつ《、、》と抑へて、改めて彼を見直すために無理にも心を引き立てましたが、もう一刻も我慢が出來ずに、椅子の傍へばつたり倒れて、眼を蔽うてしまひました。

「お前は私を見ることが出來ないんだな!」彼は絶望して呻きました、「私は餘りに恐ろしいしろもの《、、、、》だ! お前でさへも我慢が出來ない! それを知らないではなかつたんだが、それでも内心さうではないことを祈つてゐたのだ。ああ、此の忌まはしい運命、―――呪ふべきは私の命を取り止めたヴェニスの外科醫どもの技術だ!.………顏をお上げ、バアバラ」と、彼は哀願するが如くにつづけました、「私を完全に見ておくれ。若しも私を嫌ふのだつたら、嫌ひですと云つておくれ。さうして二人の間の事は永久にカタを付けようぢやないか!」

不仕合はせな彼の妻は身を引き締めて、一生懸命こらへました。彼は彼女のエドモンドであり、彼女に何一つ惡いことをしたのではありません。彼は苦しみを受けたのです。此の人のために身も魂も捧げようと云ふ心が、ほんの一時《いっとき》彼女を救ひに來てくれました。彼女は云ひ付けられた通りに瞳を上げて、此の人間の殘骸、此の écorchéを、もう一度しみじみと視詰めました。が、とても二た眼と見られたものではありません。彼女は覺えず、又しても顏を背けて身ぶるひしました。

「お前は此れに馴れることが出來ると思ふか?」と、彼は云ふのです、「え、孰方だよ! お前はこんな化け物のやうなしろもの《、、、、》の傍にゐられるだらうか?  自分で判󠄁斷して御覧、バアバラ。お前のアドニスは、お前の比類ない男は、こんなものになつてしまつたのだ!」

氣の毒な婦人は身動きもせずに彼の傍に立つてるました。動いてゐたのはその不安さうな眼ばかりでした。彼女の人間らしい感情の凡べては、愛情も憐愍も、恐怖のためにあとかたもなく驅逐されて、怡も幽霊を見た時のやうな恐ろしさ、薄氣味の惡さが一杯でした。彼女はどうにも、此れが自分の選り好んだ婿であつたとは、―――自分の戀した男であつたとは、考へられませんでした。彼は外の種族に属する一生物に形を變へてしまつたのです。「私はあなたを嫌ひはしません」と、彼女は顫へながら云ひました、「しかし―――私はただもう────一途に恐ろしくつて。―――どうか私の氣の鎮まるまで待つて下さい。あなたは御飯を上るんでせう? その間私は部屋へ歸つて―――昔の氣持ちを喚び起すやうに努めて見ますわ。ね? きつと私は努めますわ。だから待つてゐて下さいね? きつと、きつと努めますから!」

氣も魂も身に添はない女は夫が返事をするのも待たずに、成るべくその方を見ないやうにして戶口へ這つて行きました。さうして部屋を脫け出しました。彼女は彼が晩餐の卓に就いたらしい物音を聞きました。が、彼は定めし、案じてゐた事が事實となつて散散な扱ひを受けたのですから、物を食ふ氣もなかつたことでせう。バアバラは階段を登つて自分の部屋へ這入ると、ぐつたり身を投げて寢臺の敷布に顏を埋めてしまひました。

かうして彼女は暫らくの間留《とど》まつてゐました。その寢臺は食堂の上にあつたので、バアバラは跪いてゐると、程なくウィロースが椅子を後ろへ押し除けて廣間の方へ立つて行くけはひがしました。五分もすればあの物體は多分階段を上つて、さうして再び彼女の面前に現はれるでせう。あの物體、―――世にも珍らしい恐ろしい姿の、彼女の夫とは似ても似つかない形相のものが。―――此の深夜の寂しさに、附き添うてくれる召し使ひもなければ友達もない彼女は、全く自制心を失ひました。さうして彼の最初の足音が階段に聞えたとたん《、、、》に、外套を羽織る暇もなく部屋を飛び出し、廊下傳ひに裏梯子の方へ走つて、そこを驅け降りて、裏口の戶を開けて、戶外へ出ました。彼女は何處をどう歩いたのか殆んど夢中で、やつと氣が付いた時には溫室の中の花壇の間にもぐり込んでゐました。

そこに彼女はじつとしてゐました、怯えた大きな眼を見張つて、硝子の外の庭の樣子を窺ひながら。さうして袴をたくし上げて、時時やつて來る田鼠を用心しながら。彼女は絶えず足音が聞えはしないか、人聲がしはしないかとビクビクしました。思へばそれは、自分が義理にも憧れなければならない筈の足音であり、自分の心には天の音樂とも響くべき筈の聲なのですが 。………しかしエドモンド・ウィロースは其方へはやつて來ませんでした。だんだん夜が短かくなりつつある時候のことで、直きに明け方になつて、いち早くも朝の光りが射して來ました。晝間になれば夜ほど恐くはありません。彼女は彼に會ふことが出來、あの形相を見馴れることが出來るだらうと考へました。

そこでいろいろの憂き目に遇つた若い婦人は、溫室の戶を開けて、二三時間前に飛び出した道を引き返しました。氣の毒な夫は、長い旅行の後であるから、多分寢室で寢てゐるだらう。彼女は出來るだけ忍びやかに這入つて行きました。家《いへ》の中は先刻そこを逃げ出した時のままになつてゐます。彼女はあたりを見廻して、夫の外套と帽子を捜しましたが、何處にも見えません。夫は大きい荷物をサザムブトンで運搬車に托して、ただ一つ小さい鞄だけを携へて來たのですが、それもありません。彼女は勇氣を奮ひ起して、階段を上りました。疫室の扉は前の通り開け放しになつてみます。彼女はおづおづ覗いて見ました。蓐には體の凹みが着いてゐません。大方彼は食堂の長椅子に臥したのであらう。彼女は降りて、行つて見ました。彼はそこにも居ませんでした。食卓の上の、手を付けてない皿の傍に、手帳の紙へ走り書きをした一通の文が載つてゐました。それはかう云ふ意味のものでした。―――

 

吾が永久に愛する妻よ。―――私のおぞましい姿が御身に與へたところの結果は、前から私も斯うなるであらうと豫想してゐた。私はそれの反對を望んだのだが、それは愚かな事だつた。斯くの如き災禍の後に人間らしい《、、、、、》愛が存在し得ない事は、私にはよく分つてゐる。白狀すれば、私は御身の愛を神の愛の如く考へたのだが、あんなに長い間別れて暮らしてみた後では、餘りにも自然なる最初の恐怖に打ち克つだけの、十分な溫情が殘つてゐよう筈がない。それは一つの試練であつた。さうしてそれは失敗したのだ。私は敢て御身をば咎めぬ。恐らくは此の方がよかつたかも知れない。では左樣なら、私は一年の間英蘭土を去るが、若し生きてゐたら、その期間の終りに於いて再び御身に見えるであらう。その時私は御身の僞りなき心持ちを確かめたい。さうして御身が若しも私を厭ふのであつたら、私は永久に去つてしまひたい。E. W.

 

驚きが鎮まると、バアバラは全く自分を赦し難いものに感じたほど、心の苛責に惱みました。彼女は彼を、苦難を受けた人間として遇す可きであつたのです。子供のやうに、單に眼先に在るものの奴隷となる可きではなかつたのです。最初に彼女が考へたのは、跡を追ひかけて、歸つて來るやうに賴んで見ようと云ふことでした。しかし調べて見ると、誰も彼を見たものがないことが分りました。彼はこつそりと姿を消してしまつたのです。

それに又、昨夜の場面は取り返しのつかないことです。彼女の恐怖は餘りにも露はでした。さうして彼は、彼女が義理に引き止めたところで、それに欺されて歸つて來るやうな男ではありません。彼女は兩親の許へ出かけて、凡べての出來事を打ち明けましたが、それは内内、程なく彼女の家族以外の人たちにも知れ渡るやうになりました。

その年は過ぎましたが、彼は歸つて來ませんでした。今では彼の生死の程さへ疑はしくなりました。パアバラが、夫に對する嫌忌の情に打ち克つことが出來なかつたのを悔やむ心は次第に募つて、やがて敎會の側堂を建てるなり、石塔を立てるなりして、自分の餘生を慈善事業に捧げようと願ふやうになりました。そのために彼女は敎區の結構な牧師に就いて、日曜毎に敎會の座席に腰かけ、二十呎高い壇の上に居るその人の敎へを聴きました。が、その牧師の出來ることと云つたら、頭へ手をやつて鬘《かづら》の工合ひを直すことと、嗅ぎ煙草の函をコツコツ叩くことぐらゐが關の山でした。何分その頃は信仰が甚だ生ぬるい狀態にあつたので、側堂とか、尖塔とか、玄關とか、東の窓の色硝子とか、十誡の板とか一角獣の紋章とか、眞鍮の燭臺とかは、此の近邊の何處でも一向に必要はなく、迷へる者の神信心からそれを奉納するやうなこともなかつたので、―――さう云ふ寄進狀が毎朝續續やつて來て敎會と云ふ敎會が出來たての銅貨のやうにびかびかしてゐる今のわれわれの幸福な時代とは、前世紀は此の點で著しく違つてゐたのです。かの氣の毒な貴婦人は其の方法で良心を和げることが出來なかつたので、せめて慈善的な行ひをしようと決心しました。日ならずして彼女の門前には、ぼろぼろの着物を着た、浮浪人だの、醉つ拂ひだの、僞善者だの、ぐうたらな乞食だのの耶蘇敎徒共が毎朝集まつて來ましたが、それでどうやら氣休めになりました。

しかし人間の心は、壁の上に這ふ蔦蔓《つたかづら》の葉のやうに變り易いものです。時が立つに從つて、夫からは何の音沙汰もないので、バアバラは母や友達が、「まあ、かうなつてくれた方が結句一番よかつたのさ」などと、彼女の前で云ふのを聞きながら、平氣でゐられるやうになりました。彼女は自分でも成る程さうだと思ひ始めました。たとひ心が結婚當時の昔に飛んで、その折自分の傍に立つてゐた男を想へば、未だに胸がときめいて懐かしさが込み上げて來るとは云へ、さうしてその懐かしさは、若しあの時の男が生きて眼の前に居てくれたら、一層弱まるであらうとは云へ、あの破損した鼻つ缺けの姿を想ひ浮かべては、今も猶身ぶるひが出るのです。彼女は若く、まだ世馴れてゐませんでした。夫が最後に歸つて來た時に、やうやう氣紛れな空想に充ちた少女時代から、大人になりかかつてゐたところでした。

が、夫は再び來なかつたのです。生きてさへみたらもう一度戻つて來ると云つた彼の言葉を思ひ、その言葉を守らないやうな彼ではないことを思へば、彼女はその人を死んだものと見切りをつけてしまひました。それは彼女ばかりでなく、彼女の兩親も、さうして又もう一人の人間、―――あの、默默としてゐる、恐ろしい太ツ腹の、冷靜な顏つきをした男、―――彼の先祖の墓碑に彫まれた石像の如く、寂然と眠つてゐるやうに見える時でも、七人の衛兵の如く耳を欹《そばだ》ててゐるあの男もさうでした。アブランドタワース卿はまだ三十にはなりませんでしたが、バアバラが夫の歸つて來た時に恐れて逃げた話を聞き、夫が卽座に出て行つたことを聞いて、意地の惡い六十爺の如くニヤリと笑みを洩らしました。彼はしかし、ウィロースは感情を害したとは云へ、若し十二箇月目の終りになつても猶生きてゐたら、彼の美しい瞳を持つた財産を請求すべく再び現はれて來ることはほぼ確かだと感じてゐました。

バアバラは最早や同棲すべき夫が居ないので、夫婦のために父親が備へてくれた住まひを捨てて、今はチェーン・メーナーの館に、昔の少女時代の如く暮らしました。次第にエドモンド・ウィロースとの情事は、物狂はしい夢であつたかのやうに思はれ、月を重ね、年を經るにつれて、アブランドタワース卿とチェーンの一家との交際は、―――バアバラの驅け落ちの後、幾らか疎くなつてゐたのが、―――著しく撚りを戻しました。彼は再び足繁く出入りするやうになり、自分の住んでゐるノリングウツドの館へほん《ほん》の僅かな手入れや改築をするのにも、必ず馬をチェーンに走らせて、友人のジヨン從男爵に相談すると云ふ風でした。かうして彼は自分をしばしばバアバラの眼に親しませたので、バアバラはだんだん打ち解けて、怜も兄弟に對する如く心置きなく彼と話をするやうになりました。彼女は彼を、思慮あり、分別あり、權威ある人として、頼るやうにさへなりました。彼の畑荒らしや、蕪《かぶ》泥坊や、もぐり商人に對する取り締まりの嚴しいことは通り者になつてみましたけれども、彼女はそんな評判󠄁は、どうせ分らず屋の云ふことだらうと極め込んでゐました。

彼等はこんな風にして、彼女の夫の失踪以來敷年を經、もう確實に夫が死んだと思はれる時分まで過ごしました。アブランドタワース卿は、氣の拔けた調子で結婚申し込みの蒸し返しをしても、最早やをかしくはあるまいと考へました。バアバラは彼を愛してはゐませんでしたが、彼女はもともと、あの風のまにまに靡く植物、スキート・ビーのやうな性分で、枝を垂らし花を咲かすには、自分以外のもつと頑丈な幹に縋ることが必要でした。それに彼女はもう大人にもなつたので、十字軍の戰ひに無數のサラセン人を居つた立派な先祖を持つ人の方が、父と祖父とが相當の村民であつたと云ふ以外には何も傳はらない男よりも、世間的に考へて自分に怡好な婿であることが分つて來ました。

サア・ジョンはいい折を見て、彼女が自身を法律上未亡人と考へて差し支へないことを告げました。で、要するにアブランドタワース卿は彼女に對して話を進め、彼女と結婚してしまひました、但し彼女に、「私はウィロースを愛したやうにあなたを愛します」と云はせることは出來ませんでしたが。―――私が子供の時分に、一人の年老いた貴婦人がありましたが、その人のお母さんはその婚禮を見たさうです。その話に依ると、ロード・アブランドタワースとレディー・アブランドタワースとは、その晩夫人の父君の館を出た時は四頭立ての馬車に乗り、夫人は銀と綠色の衣裳を裝つて、見たこともないやうな華美な羽毛の帽子を被つてゐたさうです。さうしてその綠色が彼女の顏の肌に似合はなかつたのか、それとも外の理由に依るのか、伯爵夫人は靑ざめて見え、どうも花やかとは云へなかつたさうです。婚禮が濟むと、夫は彼女を倫敦へ伴ひ、彼女は其處で興行季節のいろいろのものを見物しました。それから二人はノリングウつドの館へ歸つて、とかくするうちに一年を經過しました。

彼女の夫は、結婚する前は、彼女が彼を眞心から愛し得ないでも、それはあまり氣にかけない樣子でした。

「ただもう私の妻にさへなつて下されば、それだけで私は満足します」と、彼は云つてゐました。けれども今になると、彼女に溫かみの足りないことが癪に觸つて來たらしく、腹立たしさを素振りにも出すので、彼女は彼と膝つき合はせたまま、何時間でも黙つて遣る瀨なく過ごすやうになりました。此の伯爵家の假相續人と云ふのは、遠い親類の者でしたが、アブランドタワース卿には嫌ひな物や人間が澤山あつて、その相績人も矢張りその中の一人でしたから、彼は疾うから世継ぎの子供を儲けたいと思つてゐたのでした。彼は此の希望が遂げられさうもないと云ふ廉で、いたく彼女を批難し、一體お前は何の役に立つのだと云つて責めるのでした。

或る日、陀びしい月日を送りつつあるアブランドタワース夫人の許へ、「ウィロース夫人殿」と記した一通の手紙が、思ひがけない土地から届きました。ピサの彫刻家は、彼女が二度目の結婚をしたことを知らずに、久しく手間取つたウィロース氏の等身大の彫像が今も猶彼の工房に置いてあること、それは彼女の夫が同市を出發する際に、追つて通知するまで預かつてくれるやうに命ぜられたものであることを告げました。彼はまだその仕事の後金《あときん》を受け取つて居らず、それにその彫像は場所を塞げて處置に困るので、若し殘額を支拂つて頂き、それを何處へなりと送り届けるやうにお指圖が願へれば幸甚である、と云ふのでした。ちゃうど此の手紙が着いたのは、夫婦の仲がだんだん疎くなつた結果、伯爵夫人が夫に知らせないちよつとした内證事(それは勿論、罪のない事なんですが、)を持つやうになつた時でしたから、彼女はアプランドタワース卿には一言の相談もせず、その彫刻家へ殘つた支拂を送つてやり、且その像を直ちに當方へ發送するやうに返事を出しました。

それがノリングウツドの館へ届くまでには數週間かかりましたが、不思議な偶然の一致と云ひませうか、その間に彼女は最初の、今度こそ絶對に間違ひのないエドモンドの死に關する報道を手にしました。死んだのは數年前、海外に於いてのことで、二人が別れてから六箇月ほど後だつたのです。彼は旣に大瑕我をしてゐたところへ、かてて加へて精紳上の落憺が伴つたので、些細な病氣で斃れてしまつたのですが、此の知らせは、英蘭士の他の地方に居るウィロースの親戚から、簡單な死亡通知狀の形式に依つて彼女の許へ届きました。

彼女の哀傷はやがて故人の不幸に對する心からの憐愍となり、自分が薄情だつたことを自ら責める念となりました。自分は何故、晩年の故人の姿に接した時、以前の彼が生れながらに持つてゐた天興の美貌を想ひ起こすことに依つて、嫌惡の感じに打ち克つことが出來なかつたか。今や地上から消えてしまつたあの陰惨な形相の者は、彼女に云はせれば決して「あたしのエドモンド」ではなかつた。ああ、昔のままの彼に會ふことが出來るのだつたら! と、バアバラは思ふのでした。それから二日三日過ぎて、パアバラと夫とが朝の食事をしてみる時、馬鹿に大きな荷物を載せた二頭曳きの運搬車が邸の裏手の方へ廻るのが見えました。さうして程なく、包みの表に「彫刻」と記した一箇の荷物が夫人宛に届いた旨を、取り次ぎの者が傳へました。

「何だらう、いつたい!」と、アプランドタワース卿は云ひました。

エドモンドの像なのです。私の物なのですけれど、まだ見たことはありませんの」と、彼女は答へました。

「お前、それを何處へ置くつもりかね?」

「まだ極めてはゐないんですけれど」と、伯爵夫人は云つて、「何處でも構ひませんわ、あなたの御迷惑にならないやうな所なら。」

「いや、別に迷惑と云ふことはないがね」と、彼は云ひました。

邸の裏手の方の部屋で荷が解かれると、彼等はそれを見に行きました。像は全身の姿であつて、純粹なカルララの大理石に刻まれ、エドモンド・ウィロースの天稟の美しさを殘る隈なく表現してをり、恰も彼が旅の門出に彼女に別れを惜しみつつ立つてゐる光景で、線と云ひ、輪郭と云ひ、凡べてに於いて殆んど完全な男性美の標本でした。誠にその作品は非常な忠實を以て仕上げられてゐたのです。

「正しく此れはアポロ神だ」と、今日まで繪でも實物でもウィロースを見たことのなかつたアプランドタワース伯は云ひました。

バアバラの耳へは、彼の言葉は這入りませんでした。彼女は最初の夫の前に、恰も傍に他の一人の夫が居るのを忘れた如く、恍惚として立つてゐたのです。不具になつたウィロースの姿は、彼女の心眼から消えてしまひました。後の惨めな姿ではなく、此の完全な形のものこそ、實に彼女が愛してゐたその人であり、若しも彼女に眞實な愛があつたならば、あんな薄情な仕打ちをしないで、常にその人の中に此の形を見ることが出來た筈です。

やがてアプランドタワース卿が、「お前は此の人に惚れ惚れとしながら朝ぢゆう此處に立つてゐる氣かね?」と、不躾に云つたので、彼女はやつと我に復りました。

彼女の夫は今の今まで、本來のエドモンド・ウィロースが斯くばかり美男であつたらうとは少しも知りませんでした。彼は自分が、若しもその頃のウィロースを知つてゐたら、數年前の自分の嫉妬はどんなに深かつたか知れないと思ひました。

午後になつて、彼が廣間へ戻つて來ると、彼の妻は廊下に居て、像もそこへ移してあります。彼女はそれを眺めながら、矢張り朝と同じやうに、うつとりとして我を忘れてゐるのでした。

「お前、何をしてゐるのだ?」

彼女ははつ《、、》として振り返つて、「あの、私の連れ合―――私の像を見てみますの、よく出來てゐるかどうかと思つて。―――」と、吃りながら云ひました。「いけないでせうか?」

「それは差し支へないけれども」と、彼は云ひました、「お前、此の嵩張り物をどうするつもりだ。いつまでも此處へ置いておく譯には行かないだらうが。」

「それはさうですわ」と、彼女は云つて、「私、場所を見付けますわ。」

彼女の関房の壁の一方に、深く凹んだ出張りがありました。さうしてその次ぎの週に伯爵が二三日外出した間に、彼女は村の指物師を呼んで、自分が指圖をして、その凹みの内部を唐戶で封じ込めました。かうして出來上つた聖龕の中に、彼女は像を安置させ、扉に錠をおろして、鍵を身に着けて持つてゐました。

夫は歸つて來ると、廊下に像がなくなつてゐるのに氣が付きましたが、彼に遠慮をして何處かへ片附けてしまつたのだらうと思つたので、別に何とも云ひませんでした。と、時時彼は、夫人の顏に今まで嘗て見たことのない何物かがあることを看て取りました。彼にはその謎が解けませんでしたが、一種沈黙の恍惚狀態、しめやかなる歡喜、と云つたやうなものでした。あの像はどうなつたのか知らん? それが彼にはあたり《、、、》が付かないので、だんだん好奇心を起して、此處彼處と捜して見ましたが、しまひに彼は、彼女の私室だなと氣が付いて、そこへ行きました。部屋を叩くと、戶の締まる音と、カチリと鍵をかける音が聞えました。這入つて見ると、妻は腰かけて結び紐の細工、常時 knotting と呼ばれた手すさびをしてゐました。アブランドタワース卿の眼は、以前凹みのあつた所に篏まつてみる、塗り立ての扉の上に落ちたのです。

「お前は私の留守の間に、大工を入れたと見えるね、バアバラ」と、彼は何氣なく云ひました。

「はい、左樣です。」「なぜあんな無趣味な戶を着けたのだ。―――あの出張りの上の、折角の欄間が臺なしになるぢやあないか?」

「私はもつと戶棚が欲しかつたんですの。それに私、此處は自分の部屋だからと思つて、―――」

「それは云ふまでもないことだよ」と、たださう答へただけでしたが、此れでアブランドタワース卿には、ははあ、彼處に在るんだなと分つてしまつたのでした。

或る夜明けに、彼は自分の傍に伯爵夫人の居ないことに心付きました。紳經買に氣を廻すやうな人ではないので、彼は餘り苦にもしないで、再び眠りに落ちてしまつて、翌朝は忘れてゐましたが、二三日すると又同じやうな事が起りました。今度は彼ははつきりと眼をさましましたが、何處へ行つたのか知らんと思つて起き上る暇もなく、ゆるやかな寢間着を綴つた彼女が、手に蠟燭を持つて戻つて來て、その灯を吹き消して、寢てゐる筈の夫の傍へ寄りました。彼には彼女が異樣に興奮してゐるのが、その息づかひで分りました。しかし此の場合にも彼は、自分が樣子を見てゐたことは素振りにも出しませんでした。彼は彼女が寢床へ這入ると、間もなく眼がさめたやうな風をして、何か取り止めのないことを二つ三つ話しかけました。「さうよ、エドモンド《、、、、、》」と、彼女は上の空で答へました。

アブランドタワース卿は、彼女が怪しくも寢間を脫け出る習慣があること、それが最初に思つたよりも頻繁であることを突き止めたので、何をするか見届けてやらうと決心しました。その次ぎの日の眞夜中に、熟睡した風を裝つてゐると、やがて彼女はこつそりと起きて、暗い中を部屋の外へ出て行きます。着物を引つかけて、跡をつけると、遙か向うの廊下の外れへ來て、そこなら火燧ち石の音が寢間まで聞える恐れがないので、彼女はカチリと火を切りました。彼は彼女が蠟燭へ明りをともして閨房へ這入つて行くまで、片側の人なき部屋に隠れてゐて、一二分の後に附いて行きました。彼が聞房の戶口に達すると、例の秘密な龕の扉が開いてゐて、その中に居るバアバラが、雨腕を彼女のエドモンドの頸の周りへ、さうして口をその口へ、しつかりと押し着けながら立つてゐるのが見えたのです。彼女が寢間着の上に纏つてゐた肩掛けは雨方の肩から滑り落ちてゐます。さうして彼女の長く垂れた白い衣《きぬ》と靑ざめた顏色とは、生ける人間のやうではなく、一つの石像がもう一つの石像を抱いてゐる如き感を與へました。彼女は接吻の合ひ問合ひ間に、子供のやうな甘つたれた調子で、囁くが如く、訴ふるが如く、像に向つて話しかけてゐます。

「私のたつた一人の人、―――御免なさいね、私あなたに辛くあたつて、ね、ね、―――親切な、忠實な、私の完全な人、―――私は永久にあなたに心を捧げてゐるのよ、うはべは不實のやうに見えても! 私いつだつてあなたのことを考へてゐるのよ、―――夢みてゐるのよ、───晝は一日うとうとして、さうして夜も眠らないで! おお、エドモンド、私はいつもあなたのものよ!」―――すすり泣きながら、さめざめと涙を流しながら、髪を振り亂して斯う云ふ言葉が發せられてゐるのです。アブランドタワース卿は妻が此れ程の情熱を貯へてゐようとは、夢にも思つてゐませんでした。

「は、は!」と、彼は自分に云ひました、「此れだな、夫婦の語らひが空《くう》になるのは、―――子供の出來る望みが溶けて無くなるのは。は、は! 此奴は何とかしなけりゃならない、よし、よし!」

アプランドタワース卿は、一旦計略をたくらみにかかると、老獪な人でした。彼は此の場合、何をされてもニコニコしてみると云ふやうな生やさしい計略を考へたのではありません。さうかと云つて、部屋へ闖入して出し拔けに妻を咎めると云ふやうな、そそつかしい事もしませんでした。彼は出て來た時の通り、靜かに寢間へ戻りました。伯爵夫人がすすり泣きゃ溜め息の數數を繰り返して、疲れ果ててそこへ戻つて來た時分には、彼は平生の如くすやすや眠つてゐる風に見えました。翌日になると彼は對抗運動に取り懸り、妻の先夫に附き添つて旅をした彼の家庭敎師の所在を調べました。すると此の紳士は、今はノリングウつドから程遠からぬ羅甸《ラテン》語學校の校長を勤めてゐることが分つたのです。アプランドタワース卿は都合がつくなり出かけて行つて、此の紳士に會見を求めました。校長はかう云ふ地方の偉いお方の訪問を受けたのを頻る光榮として、伯爵閣下のお尋ねになることなら何事に依らずお答へ申し上げるつもりで、出迎へました。

學校の事業やその發展の模樣に就いてしばらく談話を交へた後に、客は校長が嘗て彼の不幸なるウィロース氏と共に長途の旅行をしたことがあり、彼が不慮の災難に出遭つた時に現場に居合はせたことがあると信ずる旨を、述べました。客、アブランドタワース伯爵はその時の實際の光景が知りたく、かねてからそれを聞きたいと思つてゐたのだと云ひました。さうして伯爵は、彼の知りたいだけのことを單に言葉で聞き取つたばかりではありません。と云ふのは、だんだんおしゃべりに身が入つて來ると、校長は紙の上へひしやげた《、、、、、》顏の僞生圖を畫いて、かう云ふ工合で此虜が斯う斯うと、その絵に就いて息を切らせながら說明したのです。

「此れはどうも不思議なものですな!」と、アブランドタワース卿はその僞生圖を手に取りながら云ひました、「鼻も耳もないんですな!」

ノリングウツドの極く近い町に住んでゐる男で、看板書きと器用な機械職工とを兼ねてゐる者が、或る日、伯爵夫人が兩親を訪ふべく暫く家を留守にしてゐた週の間に、アブランドタワース卿に雇はれて、その館へ呼ばれました。雇ひ主はその職工に、彼が手傳ひをする仕事は秘密にすることが必要であること、それだけ多分の報酬をやるから此の要求を守るべきことを、納得させました。かの戶棚の錠前は外されました。さうして器用な機械職工兼看板師は、アブランドタワース卿が懐ろに入れて持つて歸つた校長の寫生圖の助けを借りて、伯爵閣下の命令のままに、あの石像の神の如き容貌の上へ手を下し始めました。火が原型を毀ち傷けた通りのことを、鑿が複製に就いて行つたのです。その惡魔の如き破壊は、無遠慮に仕遂げられました。而も一層物凄くされたと云ふのは、それに繪の具を塗つて實物の如き色彩を與へたのです、勿論火傷をしてから後の實物の如くに。

六時間の後、職工が歸つてしまふと、アブランドタワース卿は仕上げを眺めながら、意地の惡い笑ひを洩らして云ひました、―――

「彫刻と云ふものは、人間を生前の姿の通りに現はすべきものだ。さうして此れがあの男の生前の姿さ。は! は! だが此れが役に立つんだ、ただのいたづら《、、、、》ではないんだ。」

彼は合ひ鍵で戶棚の扉に錠をおろし、さて伯爵夫人を館へ連れて來るために出て行きました。

その夜彼女は眠りましたが、彼はじつと眼を覺ましてゐました。言ひ傳へに依ると、彼女は甘い囁きをうつつともなく口走つたさうです。さうして伯爵は、夫人が夢の中でやさしい睦語を交してゐる相手と云ふのは、旣に彼が唯名ばかりにしてしまつたところのものであることを知りました。夢が終ると、アブランドタワース伯爵夫人は眼を覺まして起き上りました。それから毎夜の通りの所行が繰り返されました。彼女の夫がそつと寢間に居て、耳を凝らして居ると、おもての破風に取り附けてある大時計が二時を打つたとき、彼女は扉を開け放ちにしたまま出て行きました。さうして廊下の外れの處で、いつものやうに、明りをつけました。伯爵は寢臺にゐながら、彼女が火燧ち石を燧つた後に、火口《ほくち》の火を燃え立たすやうにふうつ《、、、》と息を吹きかけたのを聞いた程、それ程あたりは靜かだつたさうです。彼女は聞房へ這入つて行きました。それから戶棚の戶へ鍵を入れて廻はす香を、彼は聞きました、或ひは聞いたやうな氣がしました。次ぎの瞬間に、その方角から一つの長い鋭い叫び聲が傳はり、館の遠い隅隅へ反響しました。その叫び聲は繰り返され、つづいて重い物體のどたんと倒れる音がしました。

アブランドタワース卿は寢臺から彈ね起きました。彼が暗い廊下に沿うて聞房の戶口に驅け着けると、戶は開け放しになつてをり、伯爵夫人が戶棚の中の床の上に、寢間着の髪に埋まつて倒れてゐるのが、蠟燭の明りで分りました。傍へ寄つて見ると、彼女は氣絶してゐたので、いい鹽梅にそれ以上の大事には至らなかつたと思つて、伯爵はほつとしました。彼は素早く戶棚の戶を締め、此の事件を惹き起した忌まはしい像を封じ込めて、兩手で妻を抱き上げました。彼女は抱かれながら、直ぐに眼を見開きました。一語も發せずに彼女の顏を自分の顏へひしと押し着けたなり、彼は彼女を部屋へ連れ戻りましたが、さうしながら彼女の恐怖を追ひ拂はうとしてその耳元で笑つて見せました、皮肉と、いぢらしさと、殘忍との、滑稽に入り交つた心持ちで。

「ほう、―――ほう、―――ほう!」と、彼は云ひました、「へ、お前、びつくりしたかね? 何と云ふ赤ん坊だ! 冗談だよ! パアバラ、―――素敵な冗談だよ! だが赤ん坊が夜中に戶棚の中へ這入つて、死んだ戀人の幽霊なんか見るものぢゃない! そんな事をすりや怯えるに極まつてゐるさ。ほう、―――ほう、───ほう!」

彼女が寢間へ戻つて來て、まだ神經が少からず戰いてゐたとは云へ、漸く正氣だけは恢復した時に、彼は前よりは嚴かに云ひました。「さあ、私の奥さん、返事をするがいい。お前はあの男を愛するかね?」

「いいえ、―――いいえ!」と、彼女は身ぶるひして、一杯に擴げた瞳を夫の上に据ゑながら、吃り吃り云ひました、「あんな恐ろしい人を、―――もう眞つ平!」

「きつとかね、お前?」

「きつとですとも!」と、哀れな、氣落ちのした伯爵夫人は答へました。

しかし彼女の體力は自然にそれ自身恢復して來ます。翌朝彼は又も彼女に尋ねました。―――「お前、今でもあの男を愛するかね?」―――彼女は彼にじつと見られると、面を俯せて、なぜか返事をしませんでした。

「黙つてゐるのは、まだ愛してゐると云ふことかね、馬―――馬鹿な!」

「もう此れからは僞りを云ひません、さうして私の御主人のお氣に召さないことはしません、と云ふことですわ」と、彼女は行儀正しく答へました。

「それでは一つ、もう一度行つてあの男を見てやらうぢゃないか?」さう云ひながら、彼はいきなり彼女の手首を執つてあの化け物の戶棚の方へ連れて行きさうにするのです。

「いやです、いやです!―――いやですと云つたら!」と、彼女は聲を舉げて、一生懸命に夫の手を振りもぎりました。その樣子では、昨夜の恐怖が彼女のか弱い魂に與へた打撃は、見かけ以上に强かつたのです。

「もう一服か二服も盛れば病氣が直るぞ」と、伯爵はひとり頷きました。

もうその頃は、伯爵夫婦の間柄が兎角面白くないことが一般に知れ渡つてゐましたから、伯爵は彼の密計を施すのに大した面倒はありませんでした。晝の間に、彼は四人の男に命じて、細引きと輾子《ころばし》とを持つて閑房へ來させました。四人の男は戶棚を開けて、像の上體を布で包んで、それへ縄をかけました。伯爵はそれを寢間へ運ばせたのです。さうしてそれから先のことは、半分は推測なのですが、私が聞いたところでは、かう云ふ噂が傳はつてみます。―――その夜、アブランドタワース夫人が夫と共に引き籠ると、頑丈な四本の樫の木の柱の附いた寢臺の足元に、前にはそこに置いてなかつた背の高い黒い衣裳箪笥が立つてゐました。しかし彼女は、なぜそんなものが置いてあるのか別に聞いても見ませんでした。

「私はちよつと思ひ付いたことがあるんだよ」と、明りを消してから夫は云ひました。

「さうお?」

「小さなお宮を建てたんだよ、まあ云つて見ればお宮だが。―――」

「小さなお宮?」

「うん、われわれが等しく尊敬してゐる人のためにさ。―――え、どうだい、今お前にも見せてやるよ。」

彼が寢臺の帳《とばり》の蔭に垂れてゐる網を引くと、箪笥の扉がゆるやかに開きました。見ると、物凄い像を容れるために棚はすつかり取り除けてあつて、像はその中に、閨房に在つた時と同じやうに立つてゐます。さうして像の兩側に燃えてゐる蝋燭の明りは、歪み崩れた形相をまざまざと浮かび上らせました。彼女は夫にしがみ着いて微かな叫び聲を發し、幕に顏を埋めながら哀願しました。「ああ、彼方《あっち》へやつて、―――後生ですから彼方へやつて!」

いづれそのうちに、―――つまりお前がほんたうに私を愛するやうになつたらね」と、彼は冷やかに答へました、「お前はまだ、ほんたうに愛してはゐないだらう、―――え、どうだね?」

「それはまあ、―――それは私、―――ああ、あなた、後生ですから、―――とても私こんなものは、―――ああ、お願ひです、彼方へやつて下さいまし!」

「馬鹿をお云ひ。馴れれば何だつて平氣になるよ。もう一度とつくりと見て御覧。」

要するに、彼はその戶を締めもしなければ、蝋燭を消しもしないで、寢臺の足元へ開け放しにして置いたのです。さうしてその物凄い光景は不思議な魅惑を投げかけて、寢臺に横はつてゐる伯爵夫人は病的な好奇心を抱くやうになりました。彼女は夫の命のままに、夜具の隙から眺めては、身を顫はし、顏を隠します。かと思ふと又眺めます。その間も始終それを取り除けてくれとせがみます。さうしなければ氣が違ふと云ひつづけます。けれども夫はまだ許しませんでした。衣裳箪笥は夜が明けるまで締められませんでした。

此の場面は次ぎの晩も繰り返されました。伯爵は彼の手荒な矯正手段を少しも緩めず、苛責をつづけたものですから、夫人は哀れにも、浮氣な妻を誠實にさせようとする夫の折檻に攻めさいなまれて、すつかり神經を弱らせてしまひました。

三日目の晩、例の如くその場面が始まると、寢臺に横はりながら途方もなく氣違ひじみた眼を据ゑて、その恐ろしい蠱惑物を睨めてゐた彼女は、突然不自然な笑ひ聲を發しました。さうしてますます聲高く笑つて、像を視詰めたまま果ては笑ひつつキイキイ叫び出しました。暫くすると聲はばつたり靜まりましたが、それきり彼女は氣を失つてしまつたのです。初めは卒倒したのだらうと思はれましたが、事實はもつと重大であることが直きに分りました。彼女は癲癇の發作を起したのでした。伯爵はさすがにぎよつ《、、、》として、陰険な人には有りがちのことながら、今更自分が餘り酷薄に自分のためばかりを謀り過ぎたのが恐ろしくなりました。伯爵のやうな人間の胸には、切なる心遣ひよりも「いい氣味だ」と思ふ感情の方が强かつたでせうが、それでも彼に相當した愛が忽然として燃え上りました。彼は紐を引いて筆笥を鎖し、兩腕に彼女を抱き締め、そつと窓際へ連れて行つて、息を吹き返させるやうに有らゆる努力を盡しました。

伯爵夫人が我れに復るまでには長い時間がかかりましたが、復つて見ると、彼女の感情に著しい變化が起つてゐました。彼女は夫に取り着いて恐ろしさうに息を彈ませ、幾度も幾度もいぢらしく接吻をし、とうとう激しく泣き出しました。彼女が此の場面で泣いたことは前には嘗てなかつたのです。

「あなた、あれを取り除けて下さいまし。―――いいでせう、あなた!」さう云つて彼女は、哀れつぼくせがむ《、、、》のでした。

「お前が私を愛するなら。」

「愛します、―――ほんたうに愛します。」

「さうしてあの男と、あの男の思ひ出が嫌ひになつたのなら。」

「嫌ひです、―――嫌ひですとも!」

「完全に?」

「想ひ出してもぞつと《、、、》します!」と、伯爵夫人は奴隷の如く從順になつて云ひました。「どうして私はあんな不量見な事をしたのか、考へると恥づかしうございます。もう此れからは二度と間違つたことはしません。ですからあなたもあのいや《、、》らしい像を、決して私の前へ出さないで下さるでせうね?」

伯爵はもう許しても大丈夫だと感じました。「決して」と、彼は云ひました。

「ではあなたを愛しますわ」と、彼女は熱心に、此の上折檻されることを恐れるかの如く云ひました、

「もう決して決して、結婚の宣誓に背くやうなことは此れつばかりも、夢にも考へはしませんわ。」

さて不思議な事には、脅迫に依つて彼女から沒義道《もぎだう》に奪ひ取られた此の虚僞の戀愛は、次第に習ひ性となつて或る程度まで眞實性を帶びるに至りました。彼女の伯爵に對する奴隷的の歸依が著しく眼に立つて來ると同時に、先夫の思ひ出を厭ふ樣子がいよいよ明かとなりました。像が取除けられてしまふと、歸依の心持ちはますます募りました。反動作用は永久に彼女を把握し、時を經る程なほ强くなりました。恐怖と云ふものが如何にして斯くの如き性情の變化を及ぼすことが出來るのであるか、それは偉いお醫者さまに聞いて見なければ分りません。しかし私は、斯う云ふ反動的本能の例もないことはなからうと思ふのです。

その結果、治療が成功し過ぎた代りには、治療それ自身が又一つの病氣となりました。彼女は夫にしがみ着いて、片時も夫を放したがらないやうになつたのです。彼女は夫と別別の居間に居るのを厭がりました。その癖夫が出し拔けに眼の前へ這入つて來ると、きつとびく《、、》ツと飛び上りました。彼女の眼は殆んど常に夫の上に固着して、彼が戶外へ出かけると、自分も喰つ着いて行かうとします。彼がちょつとでも他の婦人に慇懃にすると、止め度もなく燒き餅を焼きます。さう云ふ譯でしまひには彼女の貞淑そのものが彼には荷厄介になり、彼の時間を潰し、彼の自由を奪ひ、彼に癇癪を起させました。尤も今では彼が荒荒しい物云ひをしても、彼女は決して復讐的に自分一人の空想の世界へ逃避するやうなことはしません。慰藉の源泉となつたところの外の男に對する愛情は、今では凡べて冷めたい燃え殻となつたのです。

その時以來、此の恐氣《おぢけ》づいた失意の貴婦人の生涯は、―――それは彼女の兩親の淺ましい野心と、時代の陋習さへなかつたならば、もつと高尚な方向へ發展したでもありませうが、―――意地の惡い冷酷な夫の色慾の道具になつたのです。些細な内輪の出來事が引きつづいて彼女に起りました、―――半ダース、八つ、九つ、十ばかりのさう云ふ出來事、―――と云ふのは引きつづいて八年の間に十一人の子供を産んだのです。けれどもそのうち半數は早産であつたり、生まれると直ぐ亡くなつたりして、ただ女の子一人だけが成長しました。彼女は他日ベルトンレイ氏の夫人となりましたが、此のベルトンレイ氏が後年のダルメーン卿であることは、諸君も知つてをられるでせう。

世継ぎの男子は一人も満足に成長せず、遂に全く心身を疲弊し盡したアプランドタワース夫人は、溫暖な氣候風土に觸れて衰へた體力を癒やすべく、夫に伴はれて國外へ行きました。しかし何物も彼女の健康には利きめがなく、伊太利へ着いて敷月の後、フロレンスで亡くなりました。

豫期に反して、アブランドタワース伯は二度と結婚しませんでした。彼の抱いてゐた愛情は、―――不思議な、片意地な、殘酷なものではありましたけれども、外の婦人に移らなかつたものと見えます。さうしてその爵位は、御承知の通り、彼の死と共に彼の甥の手へ渡りました。恐らく一般に知られてゐないだらうと思はれるのは、六代目の伯爵が邸を取り擴げようとした時に、新しい基礎工事のために地面を掘ると、一箇の大理石像の破片が、幾つも土中から出たことがあります。それらは大勢の考古學者に委ねられましたが、學者の說では、粉粉のかけら《、、、》から推測し得る限りに於いて意見を立てれば、それは羅馬の牛獣神の像の崩れたものらしい、若しさうでなければ、「死」を寓意する像であるらしい、とのことでした。邸に住んでゐる老人の一人か二人だけが、それらの破片から成り立つものが誰の像であるかを察しました。

猶附け加へて置かなければならないのは、伯爵夫人の死後間もなく、メルチェスターの副僧正に依つて有り難いお說敎が開かれました。その題目はそれと指してはありませんでしたが、此の話の事件から暗示されたものであることは云ふまでもありません。副僧正は單なる外形の美に迷うて肉の愛に溺れることの愚かさを力說し、さうして唯一の理性的な、道徳的な情愛の發生は、人間の内部の價値を土臺とするものであることを示しました。私が以上にその傳記を述べたところの、やさしい、しかしながら何處か淺薄なところのある貴婦人の場合に於いては、疑ひもなく若いウィロースの男振りに對する惑溺が、彼女を驅つて彼と結婚せしむるに至つた重な感情であつたのです。それが一層慨かはしいと云ふ譯は、云ひ傳へに依ると、彼の美貌は彼の長所の最も小なる部分であつたらしいのです。人人の云ふところは凡べて、彼が確乎たる性情を持つた、才智の秀れた、有爲な人物であつたと云ふ推測を證據立ててゐるのです。

 

 

 

 

 

 

ジェフリー・フォードが選ぶ日本文学11選

SFマガジン2025年10月号は〈ホラーSF特集〉ということで、ジェフリー・フォードのジャポネスク人面犬ホラー「秋の自然誌」を訳した。

 

そもそも本作は映画『マタンゴ』と谷崎潤一郎蘆刈」からの影響大というが、それが語られたインタビューでは、同時にフォードが影響を受けた日本文学作品を挙げている。せっかくなのでここでアーカイブしておこう。

www.aozora.gr.jp

 

元のインタビューはこれ(リンクが切れているのでwayback machineから取ってきた)。

web.archive.org

最近の仕事

最近バタバタしていてブログでの告知ができなかったのでまとめておきます。

 

babeluo.com

海外文学翻訳同人誌・BABELZINEの文学フリマ東京での新刊に、短編を3作訳しました。どれも面白い……はず。読んでね!

 

www.tsogen.co.jp

初めて文庫解説を書きました。ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン『頂点都市』(新井なゆり訳、創元SF文庫)は、モザイク的な語りで描かれる近未来ディストピアSFで、作者はインド出身かつ現在もインドで活動中の作家。新井なゆりさんの初単独訳書でもあるとのこと。

 

www.hayakawa-online.co.jp

ウィリアム・ギブスン特集ですが、新刊書評欄で『伊藤典夫評論集成』(国書刊行会)の書評を書きました。

SFセミナーでは、刊行記念パネルの司会をさせていただいたりもしました。

www.sfseminar.org

鏡明さん・高橋良平さん・大森望さん・樽本周馬さんという錚々たるメンツのなかで場を回すという、えげつい役目を仰せつかったわけですが、本が本だけあって無事成功したようなのでホッとしました。

 

www.webdoku.jp

本の雑誌には、〈変な小説〉特集ということで、偏愛海外文学の3冊を紹介させていただきました。勢い余って、最初依頼字数の二倍くらい書いてしまって、編集氏の手を大いに煩わせてしまったことはナイショ。

 

 

中耳炎で1週間寝込んだりしましたが、元気です。下半期もがんばります。というか、キアナンの翻訳早く上げなきゃあ……。