機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

★★★★★(大傑作)

リシャルト・カプシチンスキ『黒檀』

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集) 作者:リシャルト・カプシチンスキ 河出書房新社 Amazon ルポルタージュは文学か、と聞かれたらおそらくそうなのだろうと思うのだが、これまでの世界文学全集でそれに類したものが収録されていたという話は、不…

ウラジミール・ナボコフ『賜物』

賜物 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2) 作者:ウラジーミル・ナボコフ 河出書房新社 Amazon ナボコフを読む時はいつも敗北主義的というか、負け腰になってしまう。凝りに凝った文体、さりげないほのめかし、言葉の魔術師の異名をひけらかすかのような言葉遊…

短篇コレクションⅠ

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集) 作者:コルタサル他 河出書房新社 Amazon 実に周到なアンソロジーである。マジックリアリズムも、ポストコロニアリズムも、フェミニズムも、あるいはジャンルSFも、おおよそ「世界文学全集」を名…

鉄とコンクリートの匂い立つ、現代の神話――J・G・バラード『クラッシュ』

クラッシュ (創元SF文庫) 作者:J.G. バラード 東京創元社 Amazon J・G・バラードとは一体何者だったのか? 従来のSFへ反旗を翻し、「内宇宙」をキーワードにSF界にニューウェーブ運動を起こした張本人。いわゆる《破滅三部作》で外世界のカタストロフ…

地に足のついた哲学的日常SF――つばな『第七女子会彷徨』

第七女子会彷徨(1) (RYU COMICS) 作者:つばな 徳間書店(リュウ・コミックス) Amazon 誰が言った言葉だったかは今思い出せないのだが、SFとは目的であるというより手段だという。確かに、普段隠れてしまっている身の回りの物事や法則を未来的なガジェ…

スクラップ&スクラップな精神に溢れた実験文学の金字塔――筒井康隆『虚人たち』

筒井御大のお誕生日記念企画第2弾。 京大SF研では1回生に自分の好きな作品のレビューを書いてもらって、それを会誌(『WORKBOOK』)に載せる……という文化があったのだが、当時激尖りしていた僕は、みんなが1000字くらいに収めるところを以下のように6000字以…

実験文学、そして奇想SFの到達点――筒井康隆『残像に口紅を』

御大のお誕生日ということで、過去(学生時代)に書いた書評を再掲します。 『虚航船団』『虚人たち』『残像に口紅を』の3部作には、読書体験の根幹を形作ってもらいました。今読んでもきっとその大胆さは健在なはず。 残像に口紅を (中公文庫) 作者:筒井康…

不思議な浮遊感漂う現代アメリカ幻想小説傑作集――『どこにもない国 現代アメリカ幻想小説集』

どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集 松柏社 Amazon 柴田元幸が紹介する作品には、大まかに二通りの類型がある。スチュアート・ダイベックに代表される地味ながらしっとりとした叙情に満ちたリアリズム小説と、スティーヴン・ミルハウザーに代表される幻…

奇跡じみた打率の傑作アンソロジー――『夜の姉妹団 とびきりの現代英米小説14篇』

夜の姉妹団―とびきりの現代英米小説14篇 作者:ミルハウザー,スティーヴン,ヨッセル,ミハイル,ダイベック,スチュアート,ブラウン,レベッカ 朝日新聞社 Amazon 奇跡じみた打率の一冊である。副題に添えられた「とびきりの現代英米小説」という惹句に偽りはない…

ジョン・スラデック『ロデリック』を読む――自閉症スペクトラムとして見るロデリック――

だれでも、どうふるまうかを知っているはずです。だれもが道筋を、考え方を持っています。(中略)でも私にはそのルールがまだはっきりとわからないのです。私には基本が欠けていたのです。――ヴォルフガング・ブランケンブルク『自明性の喪失』 アンネ・ラウ…

唯一無二の〈言葉の魔術師〉による短編集――ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』

デス博士の島その他の物語 (未来の文学) 作者:ジーン ウルフ 国書刊行会 Amazon 〈言葉の魔術師〉ジーン・ウルフ。その語りは騙りであり、その騙りのみが我々の灯りである。暗闇に照らし出され、浮かび上がる像は一面でしかない。ゆえに注意深く読むことが要…

唖然とするような怪作と歴史的名訳との臨界点——アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』

ゴーレム 100 (未来の文学) 作者:アルフレッド ベスター 国書刊行会 Amazon 怪作である。真っ赤な表紙とぶ厚めの背表紙。過剰なまでのタイポグラフィと、ロールシャッハ・テストを思わせる不可思議な挿画たち。何しろ開始二〇ページ目から出てくるのがヘブラ…

芥川×現代英米翻訳家オールスターで送る、今なお通用する怪異譚集――『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』

芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚 発売日: 2018/11/22 メディア: 単行本(ソフトカバー) 芥川龍之介が三十五年の生涯で残したものはあまりに多い。彼は古典文学を換骨奪胎し自らの作品として現代に蘇らせる器用さと、自らの精神状態の悪化をそのまま映し出し…

筒井康隆『虚航船団』読書会レポ

読書会レジュメお蔵出し企画第二弾。 1 作者について 昭和9年(1934年)生まれ。同志社大学文学部で美学芸術学を専攻。展示装飾を専門とする会社を経てデザインスタジオを設立、昭和35年SF同人誌「NULL」(ヌル)を発刊。江戸川乱歩に認められてデビュー…

伊藤計劃『ハーモニー』読書会レポ

レポ、という名のレジュメの再構成。 2018年度新歓読書会にて行った『ハーモニー』読書会に向けて作成したレジュメより。お蔵入りさせるのも忍びなかったので、なんとなく公開。実際の読書会では、参加者から「ハーモニーはセカイ系なんですか?」という質問…

〈陰〉としての魔術的リアリズム――ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』

本作が日本語に初めて訳されたのは集英社版《世界の文学》の一巻として出版された一九七六年。八四年には同じく集英社から叢書《ラテンアメリカの文学》内の一冊として再刊されたものの、それから三〇年余り――世紀を跨いで二〇一八年を迎えるまで――このラテ…