機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

奇跡じみた打率の傑作アンソロジー――『夜の姉妹団 とびきりの現代英米小説14篇』

 

 

 奇跡じみた打率の一冊である。副題に添えられた「とびきりの現代英米小説」という惹句に偽りはない。雑誌『エスクァイア 日本版』に毎号一本ずつ訳出されたこれらの短編は、「とにかく自分で読んで面白かった作品を毎月訳していった」「……ゲラを読む段階にいたるまで、何から何までひたすら楽しかった」と訳者あとがきにあるように、柴田氏のよりすぐりのセレクト+柴田氏のノリにノッた翻訳の合わせ技が全編に渡って光っている。

 夏の夜、毎晩若い娘たちが親の目を盗んで——あるいは平然と——森に出ていき、夜な夜な集いを開いている。何をしているのかは分からない。猟奇的な営みをしていると噂する者もいれば、いや何もしていないのだ、と主張する者もいる。日に日によそよそしくなっていく娘たちを前に、大人たちは為す術なく、根拠のない推測と噂話に明け暮れ——想像だけが増幅していく。少女時代の神秘性、大人との断絶、そして刹那の美しさ。そうしたものを写し取った幻想短編の傑作、スティーヴン・ミルハウザー「夜の姉妹団」から本書は幕を開ける。

 更に、幸福な新婚旅行がいつの間にか夫婦の性愛の様子を写した記録映画の上映会、新郎の元恋人との性愛映画の上映会と移り変わっていく、結婚生活への嫌悪感で満ちたレベッカ・ブラウンの不条理短編「結婚の悦び」、傑作SF/幻想小説『エンジン・サマー』の作者による〈不倫〉〈猫〉〈肥料〉の三題噺にしてヴィクトリア朝を舞台にしたオカルティック・ホラー「古代の遺物」ジョン・フォード(劇作家)の戯曲『あわれ彼女は娼婦』をジョン・フォード(映画監督)が映画に翻案したらどうなるか、というのを短編にして描いたジョン・フォードの『あわれ彼女は娼婦』」など、とびきりの傑作が揃う。

 飛び抜けてふざけているのは、アメリポストモダン文学の旗手バーセルミによる「アート・オブ・ベースボール」 。T・S・エリオット、スーザン・ソンタグらの著作から、彼らが「野球選手」として一流のプレーヤーであったことを(無理矢理に)証明するという、こじつけめいたある種の文芸批評への風刺の効いた作品で、大真面目に大ボラを吹き続ける様が読んでいて痛快。コニー・ウィリス「魂はみずからの社会を選ぶ」(エミリー・ディキンソンの詩から過去の火星人来襲を読み解く)や牧野修「演歌の黙示録」(日本演歌史の裏に秘められた黒魔術の真実の姿を暴く)と併せて読みたい。

 その他、一介の図書館員がボルヘスの短編「南部」の世界に入り込むという、一種のボルヘス・トリビュート作ラッセル・ホーバン「匕首をもった男」 は、想定する内容とは違った方向へ進むものの、設定の変化球さは記憶に残る。薄汚いポルノ映画館を徘徊しながら、かつての同居人を探し続ける——家主〈landlord〉を探しながら、いつしか神〈Lord〉を求め歩く——男を描いたルイ・ド・ベルニエール「いつかそのうち」の悲哀も印象的だ。

 そして最後に収められたウィル・セルフ「北ロンドン死者の書河出書房新社の《奇想コレクション》で『元気なぼくらの元気なおもちゃ』が邦訳されている作家による短編である。死んだはずの母親が平然と別の町で暮らしているところを発見し、ロンドン市内における死後の行政システムの一端が明かされる。死後すぐは落胆を抱えていたものの、立ち直りつつあった主人公にとって、突然の母親との再会は、愛情と当惑の入り混じった複雑なものである。彼は果たしてどうするのか? 不条理な設定をさも当然かのように語る死者の母親の語り口が何ともキュートな短編である。何はともあれ、柴田元幸編アンソロジーの中でも屈指の傑作揃いの一冊だ。

 

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下記同人誌に収録。

hanfpen.booth.pm