機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

不思議な浮遊感漂う現代アメリカ幻想小説傑作集――『どこにもない国 現代アメリカ幻想小説集』

 

 

 柴田元幸が紹介する作品には、大まかに二通りの類型がある。スチュアート・ダイベックに代表される地味ながらしっとりとした叙情に満ちたリアリズム小説と、スティーヴン・ミルハウザーに代表される幻想的でシュールな非リアリズム小説の二通りだ。副題に示される通り、本書は現代アメリカで書かれた幻想小説集であり、ゆえに本書に収録された作品は前述の後者の類型に当てはまるものばかりである。訳者あとがき曰く「過去二十年くらいにアメリカで書かれた幻想小説のなかでとりわけ面白いと思うものを選んで訳した」という。確かにその言葉通り、柴田編アンソロジーの中でもかなりの高打率を誇るラインナップとなっている。それぞれを見ていこう。

 エリック・マコーマック「地下堂の査察」 は、ある入植地に作られた「地下堂」に住む——「地下牢」ではないものの、“収監”という言葉が相応しいかもしれない——人々のエピソード集だ。査察官である語り手の目を通して描かれる彼らの過去は奇想天外にして荒唐無稽、そして仄暗い残虐性に満ちている。飼い犬を過労死させた、全自動ボール投げ器の発明家。私有の模造森の中に、未知の怪物を住まわせる名家の末裔の男。精密な等身大のガリオン船の模型を作り、船室で姿の見えない男たちと航海計画を練る農夫……。彼らの悲嘆の叫びを背に、査察官は当局への報告書をしたためる。陳列される奇想・幻想の奇抜さ、そしてまぶされるグロテスクさが読者を狂気と不条理の世界へと誘う。

 スティーヴン・ミルハウザー「雪人間」は、エスカレートしていく状況と少年の眼から描かれる世界の奇妙さ・おかしみが、漫画のpanpanya作品を思わせる出来の一作。雪の降ったある日、町に細部に至るまで精密に写し取られた人間の雪像——雪人間——が現れる。その出現は各家庭の庭から庭へと競争を広げ、雪人間は洗練の度を増していく。弦楽四重奏団大道芸人、アイススケーターなどの力作が見られるなか、写し取られる対象は人間だけではなく、動植物や無機物にまで至る。そして複製への情熱が最高潮に達した二日目の午後には、何から何まで雪でできた巨大な雪の邸宅がそびえ立つにまで、状況は進展していく。行き着くところまで辿り着いてしまった雪人間競争は、次第に非現実・非存在のものの複製へと進出し始める。小人に食人鬼、妖精や一角獣など、幻想の動物たちが雪で創造されていくが、それは同時に、雪人間という様式の限界が近いことをも示していた……。「超精密な雪像彫刻」というホラから、ある種の芸術の衰亡史を描いてみせる軽やかな手付きが絶品。ぜひpanpanya先生の絵で見てみたい。MONKEYとかでコラボして下さい。

 

 

 ニコルソン・ベイカー「下層土」は、イモ屋敷に迷い込んだ植物史学者の男がモンスター・イモの群れに寝込みを襲われてポテトヘッド人形にされてしまう、大変愉快なバカホラー(そんなんあるのか?)。スティーブン・キングばりの恐怖小説を! との狙いで書かれた作品とのことだが、それがなぜこうなるんだ? と思わず(いい意味で)首を捻らざるを得ない。なお、プロット自体はバカホラーだが、イモに襲われる描写(茎が尿道や涙管にまで入っていく!)は結構怖い。映画『アタック・オブ・ザ・キラートマト』(怪物トマトに街が襲われるB級ホラー)が好きな方にオススメ。

 

 

 その他「魔法」は、常に鎧越しでしか姿を確認できない女王と、彼女に拾われた女(おそらく)の物語。非対称的で、DVをも連想させるような二人の関係性から「見る」ことそのものへの暴力性が示唆されるレベッカ・ブラウンらしい作品。「見えないショッピング・モール」イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』のショッピング・モール版で、ちゃんと書いたらある種のアメリカ文明批評になりそうな予感を醸し出す。にしても、『見えない都市』オマージュって何でこんなに多いんでしょうね。未邦訳作品も含めると、『見えない都市アンソロジー』が余裕で一冊編めるレベルで存在するような気がする。

 そして掉尾を飾るのは、現代アメリカを代表する奇想作家の一人ケリー・リンクによる「ザ・ホルトラクラテンアメリカ文学的な魔術的リアリズムを彷彿とさせる現実感と非現実の同居(ゾンビが平然と存在するアメリカ)と、そこで描かれる妙な青春小説風な物語がマッチしているのかしていないのか、あまり釈然としないことが、不思議な浮遊感と地に足のついた感覚という真逆の印象を同時に与える。『どこにもない国』という本書の題名が最も顕著に当てはまる作品ではないだろうか。

 

エリック・マコーマック「地下堂の査察」  訳し下ろし 〈『隠し部屋を査察して』(東京創元社創元推理文庫)、増田まもる訳〉

ピーター・ケアリー「Do you love me?」 エスクァイア 日本版』1996年9月号

ジョイス・キャロル・オーツ「どこへ行くの、どこ行ってたの?」 訳し下ろし 〈『マドモアゼル短編集Ⅰ』(新書館)、武富義夫訳→『愛の車輪』(角川書店)、村上博基訳〉

◆ウイリアム・T・ヴォルマン「失われた物語たちの墓」 『Positive 01 ポストモダン文学、ピンチョン以後の作家たち』(書肆風の薔薇)→『幻想展覧会』(福武書店

◆ケン・カルファス「見えないショッピング・モール」 『鳩よ!』2001年8月号

レベッカ・ブラウン「魔法」 訳し下ろし

スティーヴン・ミルハウザー「雪人間」 『イン・ザ・ペニー・アーケード』(白水社

ニコルソン・ベイカー「下層土」 訳し下ろし 〈『ミステリ・マガジン』1997年8月号、岸本佐知子訳〉

ケリー・リンク「ザ・ホルトラク」  『S-Fマガジン』2006年6月号[→『マジック・フォー・ビギナーズ』(早川書房、ハヤカワepi文庫)]

 

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下記同人誌に収録。

hanfpen.booth.pm