機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

唯一無二の〈言葉の魔術師〉による短編集――ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』

 

 


 〈言葉の魔術師〉ジーン・ウルフ。その語りは騙りであり、その騙りのみが我々の灯りである。暗闇に照らし出され、浮かび上がる像は一面でしかない。ゆえに注意深く読むことが要請される。

 彼は「読まれる」ことに敏感だ。その繊細さは、おそらく彼が何より「読む」ことを愛し、執着しているからなのだろう。それはある種のメタフィクション的な構造として結実したり、あるいは「読む」行為そのものをテーマとして描くことへと繋がっている。

 表題作である「デス博士の島その他の物語」は、二人称で描かれるウルフの代表作と言える短編である。家庭に問題を抱え、孤独に耐える少年。そんな彼の目の前に、代わる代わる奇妙な人物たちが現れる……それは、彼が読んでいる本の中の登場人物である。本作でウルフは、孤独を打ち消すための逃避としての幻想を、少年が実際に見た「現実」として映し出すことで、逆説的に少年の深い孤独を見事に描き出している。そしてこれは同時に、きみ=少年=読者という図式から、読み手の現実性、主体性へ揺さぶりを掛ける構造を持つ。そう、ウルフは本を通して、我々の世界に魔法を掛ける――「きみもまた、誰かにとっての『きみ』」なのだと。

 衰退したアメリカでの旅行・冒険体験を手記形式で描いた「アメリカの七夜」も、ウルフの魔術が炸裂した作品だ。何と言っても「七夜」を謳っているのに作中で描かれるのは「六夜」でしかない(※この解釈すら誤り、ウルフの仕掛けであるという驚天動地の説が若島正氏によって提唱されている。詳細は『SFマガジン』二〇二一年4月号掲載のアメリカの七夜論を参照のこと。)。幻覚剤、自動筆記装置等々、いくらでも辻褄が合わせられそうな仕掛けが散りばめられているなか、真相は読み手に委ねられる。彼の迷宮を永久に彷徨い続けるもよし、出口のない迷路と一蹴するもよし。いずれにせよ、ウルフは「読む」という行為の悦楽を、改めて読者に教えてくれる。

 その他、閉鎖空間である惑星内で「治療」を受ける少年と、恐らくAIと思しき医師・アイランド博士の織りなす謎めいたネビュラ賞ローカス賞受賞作「アイランド博士の死」、冷凍睡眠から目覚めた男と本から本へと飛び火する「伝染病」を描いた「死の島の博士」、オズの魔法使いを下敷きに盲目の少年の旅路を現実/妄想の区分なくマジックリアリズム的に描いた「眼閃の奇跡」など、おおよそ一筋縄ではいかない作品が並ぶ。そしてもう一作、「まえがき」の中にも作品が含まれている。

 〈言葉の魔術師〉ジーン・ウルフ。その騙りは語りであり、その語りこそが我々の灯りである。ウルフを読むたびに、私は作品内の世界の素晴らしさと、その閉じられていることへの悲しみに包まれる。だが、彼は灯りだ。彼の残した作品が読めるこの生こそ、おおよそ素晴らしいものではなかったか。

 生は有限だ。暗闇に包まれた生を、ほのかに照らし、暖を与えてくれるウルフ作品は、私にとって唯一無二の存在である。