機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

スラデック&ディッシュ共作解説

解説 人と作品

 ジョン・スラデックトマス・M・ディッシュ

 John Sladek with Thomas M.Disch

 

 誌面が若干余ってしまったので、追加で解説を付すことにする。ジョン・スラデック(一九三七〜二〇〇〇)、トマス・M・ディッシュ(一九四〇〜二〇〇八)はともにアイオワ州生まれ。前者は『ロデリック』『蒸気駆動の少年』など、「マッドSF」とも称される、言葉遊びやパラドックスを駆使した風刺的かつ遊戯的な作風で知られる。後者は『歌の翼に』『アジアの岸辺』『キャンプ・コンセントレーション』など、SFと主流文学の合間を自由に行き来するような実験的かつ斬新な作風で知られ、〈SF界きっての知性派〉と呼ばれた。

 同郷生まれで年代の近い二人は、先にデビューを果たしていたディッシュによる手引きもあり、一九六六年にイギリスへ移住。当時勃興していたニューウェーブ運動に巻き込まれていく……と書いていいものか。ディッシュはともかく、スラデックニューウェーブなるものへ参加している意識はなかったようである。

 それはともかく、二人はそのキャリアの初期を中心に、数作の合作作品をものしており、本作もそのひとつ。邦訳されたものには、人種差別を扱った異色ミステリ『黒いアリス』(トム・デミジョン名義)や、架空論文SF「ナリトロンの発見」(SFマガジン一九八三年六月号)、無神論者の男と悪魔との契約を描いた「無神論者の契約」(ミステリ・マガジン一九九六年一月号)、童話チックな不気味な小品「ダニーのあたらしいおともだち」(SFマガジン二〇〇九年五月号)がある。

 合作の執筆プロセスについては、スラデックがインタビューで以下のように語っている。

(『黒いアリス』について)……トム(=ディッシュ)が主となるアイデアを持ち込み、二人で議論して、プロットのアウトラインを決めました。第一稿を私が書き、トムが第二稿を。それぞれが自分の好きなキャラや台詞を守ろうと議論を重ねた結果、最終的には予定よりも長い本になってしまいました。

(John Sladek Interview (1982) )

また、同インタビューで、

 私がSFを書き始めるきっかけを作ってくれたのは彼(=ディッシュ)です。そもそも私たちは、「ナリトロンの発見」(ギャラクシー誌、一九六六年)のようなバカバカしい物語を数作共同で書いていました。これらの作品が売れたことで、彼は私単体の作品を掲載するよう、編集者を説得してくれたのです。彼はまた、紙の片面にタイプするといったプロの書き方のコツを教えてくれたり、私が話した物語を批評してくれたりしました。その後、私たちはゴシック小説(The House that Fear Built のことか?)と『黒いアリス』を合作で執筆しました。これらの合作は、私がフルタイムの作家として働きはじめるための資金を提供してくれただけでなく、続けていくための自信を与えてくれました。以来、私はフルタイムで書き続けています。

 とあり、ディッシュとの合作がスラデックに与えた影響は多方面で大きかったと思われる。また、Maps収録のエッセイ"Kids! Read Books in Your Spare Time!" (1982)でも、「トムは商業的なアドバイスや批評で大いに私を助けてくれた」「共同で書いたものは、そのほとんどが下らないものだったけれど、書いていて楽しかった」と振り返っている。

 二人の根底にある「悪趣味性」とでも言うべきユーモアセンスが共鳴して、こうした作品に結実したと言えるだろう。ディッシュ・スラデックのふたりが、お互いに交わし合うブラック・ユーモアで笑い合う光景は、容易に想像できる。本作もそのブラック・ユーモア性が如実に現れた作品であり(「その夜、なぜかグラハムクラッカーの夢を見た」の下りが個人的にいちばん好きだ)、のちにモダンホラーも手掛けるディッシュのホラーセンスもにじみ出る怪作と言ってよいだろう。

 

スラデック&ディッシュ 合作作品リスト

長編 The House that Fear Built (1966)

Black Alice (1968) 『黒いアリス』(角川文庫、各務三郎訳)

短編 The Way to a Man's Heart  (1966)

The Floating Panzer (1965 or 1966. unpublished)

The Incredible Giant Hot Dog (1966)  「超巨大ホットドック」(本誌掲載)

The Marching Raspberries (unpublished)

Sweetly Sings the Chocolate Budgie (unpublished)

United We Stand Still  (unpublished)

The Atheist's Bargain (1967)  「無神論者の契約」(ミステリ・マガジン一九九六年一月号、深町眞理子訳)

The Discovery of the Nullitron(1967)  「ナリトロンの発見」(SFマガジン一九八三年六月号、浅倉久志訳)

Danny's New Friends from Deneb  (1968)  「ダニーのあたらしいおともだち」(SFマガジン二〇〇九年五月号)

Mystery Diet of the Gods: A Revelation (1976)

Transplant Your Own Heart - A Do-It-Yourself Guide  (1977) 「あなたにもできる心臓移植 DIYガイド」

 

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