機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

旅にまつわる海外短編アンソロジー――『紙の空から』

 

 

「地上で読む機内誌」をコンセプトに、世界各地の自然や文化を紹介する雑誌〈PAPER SKY〉に翻訳連載された短編を集めたもの。旅にまつわる小説を、との編集部の提案で始まった連載だが、「その都度その都度面白いと思った作品を選んできた」こともあり、やや旅というテーマからは逸れたものも散見される。とはいえ、鉄板のミルハウザーダイベックに加え、カズオ・イシグロの貴重な短編も読めるので、それはそれでよいのかもしれない。とはいえ、ミルハウザーダイベックに関しては少年小説アンソロジーに、カズオ・イシグロについては老人小説アンソロジーに収録できなかった余り物の再利用といった感が否めないのは私だけだろうか。

 ジュディ・バドニッツ「道順」はさまざまな人たちがそれぞれの道を探す物語。都市に住む娘を初めて訪ねた老夫婦。余命を告げられたひとりやもめの男。妻帯者と不倫する少女……。彼らは地図を求め、正しい道順を探し、目的地を目指す。「……『あなたのための地図はあります』と地図製作者は言う。『でもここにはありません。あなたが自分で見つけなくちゃいけないんです』……」「……でも君は考える。地図製作者の店には、あらゆる人間の一生がきっちり消しがたく描き出されたマスターマップがあるんじゃないだろうか?……」断章形式で視点を都度変えながら綴られる、種々の人生。それはそれぞれの道筋を辿り、彼らの意向に関わりなく、終着を迎える。なお、後に『空中スキップ』に「道案内」として岸本佐知子訳で収録されている。

 

 

 ピーター・ケアリーアメリカンドリームズ」は精巧なミニチュアを作られてしまった町に住む人々を、少年の視点から描いた話。当然、ミニチュアを見て「本物」の「聖地巡礼」に訪れる観光客で町は溢れるわけだが、人々はミニチュアに写し取られたときよりも老けるし、建物も古びる。そのギャップにがっかりされながらも、一ドルで写真撮影に応じ、懸命に当時の無垢で明るい姿を演じようとする少年のやりきれなさが切なく、観光客のこれまた無垢で不躾な視線が不快で面白い。

 GO TOキャンペーン絡みでこの本が再販されたらちょっと面白いな、とは思ったが、内容に関してはさほどだと思う。素直に『空中スキップ』と『ナイフ投げ師』を買って読む方がいい。

 

 

◆ガイ・ダヴェンポート「プレシアの飛行機」 訳し下ろし

ジュディ・バドニッツ「道順」 PAPER SKY no.7(Autumn 2003)[→『空中スキップ』(マガジンハウス、岸本佐知子訳]

◆ジェーン・ガーダム「すすり泣く子供」 PAPER SKY no.5(Spring 2003)

スティーヴン・ミルハウザー「空飛ぶ絨毯」 PAPER SKY no.6(Summer 2003)[→『ナイフ投げ師』(白水社白水Uブックス)]

◆V・S・プリチェット「がっかりする人は多い PAPER SKY no.10(Summer 2004)

チャールズ・シミック「恐ろしい楽園」 PAPER SKY no.13(Spring 2005)

◆ロジャー・パルバーズ「ヨナ」 PAPER SKY no.11(Autumn 2004)[→『新バイブル・ストーリーズ』(集英社)]

スチュアート・ダイベック「パラツキーマン」 訳し下ろし[→『路地裏の子供たち』(白水社)]

バリー・ユアグロー「ツリーハウス」「僕の友だちビル」 PAPER SKY no.16(Winter 2006)[→『たちの悪い話』(新潮社)]

◆マグナス・ミルズ「夜走る人々」 PAPER SKY no.14(Summer 2005)

ピーター・ケアリーアメリカンドリームズ」 PAPER SKY no.12(Winter 2005)〈『現代オーストラリア短編小説集』(評論社)、東海林郁子訳〉

ロバート・クーヴァー「グランドホテル夜の旅」「グランドホテル・ペニーアーケード」 PAPER SKY no.15(Autumn 2005)

◆ハワード・ネメロフ「夢博物館」 PAPER SKY no.17(Spring 2006)、PAPER SKY no.18(Summer 2006)

カズオ・イシグロ「日の暮れた村」 PAPER SKY no.9(Spring 2004)[→『短篇コレクションⅡ』(河出書房新社池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第Ⅲ集6巻》)]

 

***

下記同人誌に収録。

hanfpen.booth.pm