機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

SFマガジン2024年12月号は「ラテンアメリカSF特集 監修=鯨井久志」!!

 

 ガブリエル・ガルシア=マルケス百年の孤独』の文庫化で世間が沸いている。「文庫化したら世界が滅びる」という一種のネットミームが浸透していたほどに、名作の誉れは高くとも一向にその兆しのなかった作品が突如文庫になったわけである。読書家の驚きはそれは大変なものであったことは想像にかたくない。しかし、そのムーブメントは読書家のみならず、ふだん読書からは縁遠い層までを惹きつけ、NHKのニュースで取り上げられるわ、Xのトレンドに入るわの盛り上がりを見せた。聞く話によれば、現時点で三十万部以上を売り上げているという。
 そう。結局、世界は滅びなかった。当たり前のこと、ではある。しかし、滅びなかった世界……つまり『百年の孤独』が文庫になり、それが大いに売れるというこの世界において、われわれがなすべきことは何か? という問いは残された。言うなれば、「滅びるはずの世界で生き延びたわれわれ」に何ができるか、だ。

(鯨井久志「特集解説」より)

 

 10月25日発売のSFマガジンは、鯨井が監修をつとめたラテンアメリカSF特集〉号です。

 ラテンアメリカ文学研究者・翻訳家で早稲田大学教授の寺尾隆吉氏へのインタビュー三島芳治「児玉まりあ文学集成 出張版」(!!)(なんとまるまる一篇分描き下ろしです)、SFファンに薦めたいラテンアメリカ文学ブックガイド(28作品)、井上知さんによる最新スペイン語圏SF紹介コラムなど盛りだくさん。

 それに加えて、シオドラ・ゴスのボルヘスオマージュ奇想短編や、短編“Soñarán en el jardín” でティプトリー賞(現アザーワイズ賞)を、英訳短編集 "They Will Dream in the Garden"(2023) でシャーリイ・ジャクスン賞を獲得したメキシコ人作家 ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテの初邦訳となる短編(2024年度の英国SF協会最優秀翻訳短編部門ノミネート)も掲載!

 

 特集外ですが、劉慈欣の短編大森望訳)や、今月末に初邦訳長編『無限病院』(山田和子訳、早川書房)が刊行される中国SF四天王の一角・韓松の短編(鯨井久志訳)(!)も載ります。

 SFファンの方もラテンアメリカ文学ファンの方も楽しんでいただける号になりました! ぜひお買い求めください。

 

ラテンアメリカSF特集 監修=鯨井久志
〈Short stories〉
「ぺラルゴニア――〈空想人類学ジャーナル〉への手紙」シオドラ・ゴス/鈴木 潤訳
「うつし世を逃れ」ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ/井上 知訳

〈Articles〉
特集解説 鯨井久志
ラテンアメリカ文学ブックガイド
蛙坂須美/蟹味噌啜り太郎/かもリバー/鯨井久志/坂永雄一/白川 眞/谷林 守/友田とん/伴名 練/牧 眞司
寺尾隆吉インタビュー 聞き手・構成◎鯨井久志
児玉まりあ文学集成 出張版 三島芳治
多様性と若手作家の台頭 最新スペイン語圏SF動向 井上 知

 

【読切】
「輪廻の車輪」韓松/鯨井久志訳
「時間移民」劉 慈欣/大森 望訳

 

 自分が関わった翻訳短編について、もうちょっと詳しめに。

シオドラ・ゴス「ぺラルゴニア――〈空想人類学ジャーナル〉への手紙」(鈴木潤訳)
 利発で想像力豊かな高校生たちが集まって架空の国「ペラルゴニア」を創造し、Wikipediaの記事を作ったり、Instagramに写真を投稿したりしているうちに、現実にペラゴニアが存在することになってしまう。行方不明になった高校生の父親(文化人類学者)の身に、はたして何が起こったのか……。
 人類学ジャーナルに投じられた手紙、という巧みな枠物語の設定もさることながら、現実世界へ侵食する架空の地名、という観点からボルヘスの「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」オマージュを色濃く読み取れる奇想短篇。R・Fクァン編の年間傑作選で読んで以来、ぜひ紹介したいと思っていた作品です。

 

ガブリエラ・ダミアン・ミラベーテ「うつし世を逃れ」(井上知訳)
 二〇二四年度の英国SF協会最優秀翻訳短編部門候補作。十八世紀のメキシコにおける異端審問の記録という形式で語られる、修道士の物語。彼女はある機械仕掛けの装置を製作し、悪魔と契約して先住民の反乱を煽動せんと目論んだとして告発されるのだが……。
 当時のメキシコにおける先住民の扱い、そして歴史と文化を語り継ぐというテーマを、あるガジェットをもとに描き出した秀作である。女性たちの結束という一面も見逃せない。翻訳に際しては、井上さんにスペイン語から訳していただきました。

 

韓松「輪廻の車輪」(鯨井久志訳)

 チベットを旅していた女は、小さな寺院である摩尼車に遭遇する。夜になると不可思議な音を立てるその車は、僧によると〈輪廻の車輪〉と古くから言われる特別な摩尼車だという。静電気の立てる音に過ぎないと科学者の父には一笑に付されるが、気になった女は再度チベットへ赴き……。
〈中国SF四天王〉の一角をなす韓松による、仏教と宇宙をテーマにした奇想SF短篇。昨年翻訳された「仏性」(立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』、新紀元社)でも輪廻転生を目指すロボットたち、というモチーフで仏教とAIの意識を描いた韓松だが、本作では既存の科学では説明のつかない奇妙な摩尼車を軸に、われわれの頭に刷り込まれた常識を覆し、もうひとつの"真実"を暴き立ててみせる。すごい話です。

 

***

 

 いやはや、Xのbioに「SFとラテンアメリカ文学とお笑いが好き」とずっと書き続けていた甲斐があった、のかもしれません。同人誌を出すきっかけが〈フィクションのエル・ドラード〉全レビューだっただけに、その監修をつとめた寺尾隆吉先生にインタビューさせていただけて、本当に感無量というか、人生の伏線回収を感じました。ありがたいことです。

 特集監修は初めてだったんですが、翻訳短編の選定から企画出しまで、ほとんど全てやりたいようにやらせていただけました。関係者各位に多謝。

 

 これはSFマガジンとは全然関係ないのですが、10月25日の発売日に合わせて、WEB上での連載記事(言語実験SFについて)の初回もアップされる予定ですので、そちらもぜひチェックください。また告知は追って。