中国SF四天王の一角にして、残雪に次ぐ中国ポストモダン文学の旗手としても名の挙げられる韓松。最近ちらほらと名前を聞く作家であり、先日出た現代中華SFのアンソロジー『時のきざはし』にて短編(「地下鉄の驚くべき変容」)が翻訳されたこともあり実際に読んでみたのだが……これがめっちゃ面白かった。
という訳で、昨年9月に出た韓松初の英訳短編集"Exploring Dark Short Fiction #5 : A Primer to Han Song"を読んでみた。以下感想。
Exploring Dark Short Fiction #5 (English Edition)
- 作者:Guignard, Eric J.,Song, Han,Arnzen, Michael
- 発売日: 2020/09/28
- メディア: Kindle版
"Earth is Flat 世界是平的"(2011)
コロンブスが新大陸を目指して船を進めた先にあったのは、大陸ではなく、地球の果ての断崖だった。ごく短い話ながら、コロンブスのアメリカ新大陸発見譚と地球平面説を交差させて、今現在我々が持つ価値観への揺さぶりを掛ける手つきが見事な一作。
"Transformation Subway 地铁惊变"(2003)
『時のきざはし』で読んだのでパスした。とはいえ、地下鉄内で起こる不条理現象の話で、個人的にはかなり好きな短編*1。
解説*2によると、韓松の別作品"The Passenger and the Creator"は、中国の全国民を飛行機に乗せて空中で生活させる話のようで、気になる。『ミニチュアの妻』で似たような話があった気がする……が、あれは全国民と言えるほど大規模なものではなかったはず。
"The Wheel of Samsara 噶赞寺的转经筒"(2002)
ホラーテイストな短編だが、SFと言えなくもない。
チベット仏教の寺にある、輪廻を意味する108の車輪(多分マニ車のこと?)の中でもひときわ異彩を放つ車輪があった。暴風雨の夜になると不審な泣き声めいた音を立てるそれについて、ラマはその車輪には魂があると言う……。
車輪の中には小宇宙、もう一つの宇宙が入っていると主張する学生、それに対して単なる静電気がもたらす現象に過ぎないと話す科学者である主人公の父。ラストシーンの超現実的なビジョンが忘れ得ぬ印象を残す一作。
なお、英訳は下のサイトで公開されている。
"Two Small Birds 两只小鸟"(1998)
宇宙と鳥と図書館が出てくることは分かるのだが、正直言って僕の語学力ではお手上げ。解説にもマジックリアリズム的手法を用いたシュルレアリスムの実験的作品、みたいなことが書かれているので、まあそういう類の作品なのだと思う。すみません。
"Fear of Seeing 看的恐惧"(2002)
本短編集で最も興味深く、かつ最もコワい作品。
生まれつき10個の目を持つ赤ん坊の誕生から、世界の「真の姿」が明らかになる。端的に言って怖すぎる。傑作。
解説では「最もホラーであると同時に、最もコミカル」と表現されているが、嘘だと思う。めっちゃ怖いって。10個の目を持つ赤ん坊が、1個の目でずっとパソコン(=インターネット)の方を注視してるシーンが特に怖かった。
"My Country Does Not Dream 我的祖国不做梦"(未発表)
驚異的な経済成長を遂げた中国を支えていたのは、全国民を夢遊病者にして、夜の間も労働をさせる技術であった。資本主義や合理性へのアイロニーに満ちた風刺的作品。
こういうの、中国国内で書けるんだ……と思っていたが、書誌情報を見ていたら一つだけ"unpublished"になっていたので、まあそうだよなーと思った。ある種のゾンビものとしても読むことができ、そうした観点から自分は古橋秀之「恋する死者の夜」を連想したりした。
これらの短編の他、韓松氏へのインタビューやこれまでに刊行された韓松作品の書誌情報などが掲載されている。叢書である "Exploring Dark Short Fiction"自体はホラーの叢書で、「SFは含めない」というルールらしいが、韓松のこれに関しては、全然SFとカテゴライズされてもおかしくない作品が多数含まれている。
何はともあれ、かなりの魅力を持つ作家であることは、本短編集を通して確信できたので、ぜひとも更なる邦訳・紹介が進んでほしい。とりあえず、単独短編集が欲しいところ……。
↓参照しました。ありがとうございます。「暗室」翻訳も陰ながら待ってます↓
韓松は誰?韓松はどのように中国のファン界隈に認識されいているか? - Automatic Meme Telling Machine