機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

深夜にマリオに出くわした話

これはわたしの友人の桃山千里さんが、実際に体験した話である。 桃山さんは当時医学部在籍中で、最終学年ということもあり、二月に予定された医師国家試験に向けて、勉強の山場を迎えていた。 医師国家試験は、受験者全体の合格率は約九割と聞くと簡単に思…

スクラップ&スクラップな精神に溢れた実験文学の金字塔――筒井康隆『虚人たち』

筒井御大のお誕生日記念企画第2弾。 京大SF研では1回生に自分の好きな作品のレビューを書いてもらって、それを会誌(『WORKBOOK』)に載せる……という文化があったのだが、当時激尖りしていた僕は、みんなが1000字くらいに収めるところを以下のように6000字以…

実験文学、そして奇想SFの到達点――筒井康隆『残像に口紅を』

御大のお誕生日ということで、過去(学生時代)に書いた書評を再掲します。 『虚航船団』『虚人たち』『残像に口紅を』の3部作には、読書体験の根幹を形作ってもらいました。今読んでもきっとその大胆さは健在なはず。 残像に口紅を (中公文庫) 作者:筒井康…

Podcastをはじめました

こんなん読みましたけど • A podcast on Anchor Podcastをはじめた。 これからいろいろ活動していくなかで、人と雑談する場が必要なんじゃないかという気がして、その強制的な枠組みとして導入してみようと思ったのだ。 今のところ週1更新で、最近読んだ本の…

海外ユーモアSFアンソロジー(仮)を編む 架空アンソロジーの試み

SF

笑える話が好きだ。 変な発想(=奇想)を繰り出して、「そんなアホな」と言いたくなるような、そんな話がジャンルを問わず好きだ。 特にSFというジャンルでは、その自由な想像力を「笑かし」の方向に振った名作がちらほらと存在する。過去にも「ユーモア…

諦念と哀しみ、そしてユーモア――『いずれは死ぬ身』

いずれは死ぬ身 作者:柴田 元幸 河出書房新社 Amazon 雑誌『エスクァイア 日本版』に翻訳連載された作品群の後半(前半は『夜の姉妹団』としてまとまっている)と、その他別の雑誌等に単発的に訳された作品を集めたアンソロジーである。こう聞くと「どうせ寄…

旅にまつわる海外短編アンソロジー――『紙の空から』

紙の空から 晶文社 Amazon 「地上で読む機内誌」をコンセプトに、世界各地の自然や文化を紹介する雑誌〈PAPER SKY〉に翻訳連載された短編を集めたもの。旅にまつわる小説を、との編集部の提案で始まった連載だが、「その都度その都度面白いと思った作品を選…

不思議な浮遊感漂う現代アメリカ幻想小説傑作集――『どこにもない国 現代アメリカ幻想小説集』

どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集 松柏社 Amazon 柴田元幸が紹介する作品には、大まかに二通りの類型がある。スチュアート・ダイベックに代表される地味ながらしっとりとした叙情に満ちたリアリズム小説と、スティーヴン・ミルハウザーに代表される幻…

読者の"愛"の概念を拡張するアンソロジー――『むずかしい愛 現代英米愛の小説集』

むずかしい愛―現代英米愛の小説集 朝日新聞社 Amazon 「○○ってなんだろう」と、ある概念について考える時の一つの方法として、「極端な具体例を考えてみる」というものがある。例えば「SFってなんだろう」と考える時に、妙な科学技術が出てこないにもかか…

「異人」としての老人を描いた特異なアンソロジー――『いまどきの老人』

いまどきの老人 朝日新聞社 Amazon 現実における「老い」の問題はたいてい悲観的だ。肉体的な衰え、介護問題、子や孫との確執、安楽死問題……。少年には無限の可能性がある(かもしれない。そうとも限らない)が、老人には「死」という歴然とした結末が可視範…

奇跡じみた打率の傑作アンソロジー――『夜の姉妹団 とびきりの現代英米小説14篇』

夜の姉妹団―とびきりの現代英米小説14篇 作者:ミルハウザー,スティーヴン,ヨッセル,ミハイル,ダイベック,スチュアート,ブラウン,レベッカ 朝日新聞社 Amazon 奇跡じみた打率の一冊である。副題に添えられた「とびきりの現代英米小説」という惹句に偽りはない…

Worryしっぱなしのトラウマ少年小説集――『Don't Worry Boys 現代アメリカ少年小説集』

Don't worry boys―現代アメリカ少年小説集 大和書房 Amazon 柴田元幸といえば少年小説……という気がしなくもない。本書に加えてもう一冊少年小説アンソロジーを編んでいるし(『昨日のように遠い日』)、少年小説の定番『トム・ソーヤの冒険』『ハックルベリ…

奇想あふれる柴田元幸第一アンソロジー――『世界の肌ざわり 新しいアメリカの短編』

世界の肌ざわり―新しいアメリカの短篇 (新しいアメリカの小説) 白水社 Amazon 本書は柴田元幸編アンソロジーにとっての——柴田元幸氏そのものにとってのと言ってもいいだろう——記念碑的一冊である。というのも、柴田氏の翻訳家人生の始まりが白水社の叢書《新…

面白いSFが読みたい人に――『中国SF女性作家アンソロジー 走る赤』

中国女性SF作家アンソロジー-走る赤 (単行本) 作者: 中央公論新社 Amazon 近年、中国SFが盛り上がっていることを否定するSFファンはいないだろう。『三体』大ヒットに牽引されるような形で続く各種作家の作品刊行の波はいまなお収まるところを知らず、そ…

ジョン・スラデック『チク・タク』内容紹介レジュメ

Tik-Tok (Gateway Essentials Book 143) (English Edition) 作者:Sladek, John Gateway Amazon hanfpen.hatenablog.com 作品情報 John Sladek "Tik-Tok"(1983) 1983年英国SF協会賞受賞作。 設定 近未来のアメリカ。家庭用ロボットが普及しており、それらには…

ジョン・スラデック『チク・タク』第1章

「才能の使いみちを間違えた天才」ことジョン・スラデックの長編"Tik-Tok"が未訳のままなことに憤り、第1章だけ勝手に訳す……という暴挙に出たのは、いまから1年半ほどまえ。 このあいだ、その記事をたまたま何の気なしに読み返してみたのだが……あまりに訳が…

巨大全レビュー企画に参加した話(告知2つ)

ハヤカワ文庫JA総解説1500 早川書房 Amazon SFマガジン・ミステリマガジン誌上で行われていたハヤカワ文庫JAの総解説企画が本になりました。僕も数作担当しました。 SF研時代に〈ファンタジーノベル大賞全レビュー〉やら〈角川ホラー大賞全レビュー〉やらが…

【告知】『カモガワGブックスVol.3 〈未来の文学〉完結記念号』出ます

note.com 11/23(祝)の文学フリマ東京で『カモガワGブックスVol.3 〈未来の文学〉完結記念号』を頒布します。 今年完結した海外SF叢書〈未来の文学〉(国書刊行会)のファンブック的な同人誌です。見どころは叢書全レビュー、編者・翻訳者etc.の裏話満載エ…

BFC3 ジャッジ準決勝進出!!

BFC3 1回戦ジャッジをジャッジ|BFC ブンゲイファイトクラブ|note ジャッジを担当していたBFC3、なんと準決勝に進出することになりました。引き継ぎ頑張ります。 奇想小説ファンは、わたしの推し作品だけでも読まれるとよいかと思います。イチオシは川…

スラデック&ディッシュ共作解説

解説 人と作品 ジョン・スラデック&トマス・M・ディッシュ John Sladek with Thomas M.Disch 誌面が若干余ってしまったので、追加で解説を付すことにする。ジョン・スラデック(一九三七〜二〇〇〇)、トマス・M・ディッシュ(一九四〇〜二〇〇八)はとも…

告知(ハヤカワ文庫JA総解説PART3、BFC3ジャッジ、文学フリマ東京など)

www.hayakawa-online.co.jp SFマガジン12月号〈ハヤカワ文庫JA総解説PART3〉にて、・伊藤計劃『ハーモニー』・SFマガジン編集部編『アステリズムに花束を』・大森望&伴名練編『2010年代SF傑作選』の紹介を書いています。 個人的にはやはり『ハーモニー』評…

風化しないユーモア、超越する面白さとは?――ユーモアSFアンソロジー『グラックの卵』

グラックの卵 (未来の文学) 作者:ハーヴェイ ジェイコブズ 国書刊行会 Amazon 本書は〈ユーモアSFアンソロジー〉と謳われているが、果たして「ユーモアSF」とはそもそも何なのか? そこから考えてみたい。 編者の浅倉久志氏は過去に、「ユーモアSFの特…

『ゴーレム100』の超絶翻訳を原文と比較して検証してみた

ゴーレム 100 (未来の文学) 作者:アルフレッド ベスター 国書刊行会 Amazon アルフレッド・ベスター『ゴーレム100』(100は本来べき乗表記)(渡辺佐智江訳、国書刊行会)は妙な本である。 ワイドスクリーン・バロックの大家・ベスターの持ち味である大風呂…

ジョン・スラデック『ロデリック』を読む――自閉症スペクトラムとして見るロデリック――

だれでも、どうふるまうかを知っているはずです。だれもが道筋を、考え方を持っています。(中略)でも私にはそのルールがまだはっきりとわからないのです。私には基本が欠けていたのです。――ヴォルフガング・ブランケンブルク『自明性の喪失』 アンネ・ラウ…

告知など2(ハヤカワ文庫JA総解説PART2とかぐやSF2選外佳作について)

www.hayakawa-online.co.jp SFマガジン2021年10月号〈ハヤカワ文庫JA総解説 PART2〉に、前号のPART1に引き続いて参加させていただいております。 今回の担当作品は、田中啓文『蹴りたい田中』と飛浩隆『象られた力』の2作でした。前者の奇抜な構成・装丁、…

〈未来の文学〉未刊行の、唯一無二のマッドSF――ジョン・スラデック『ミュラーフォッカー効果』

The Muller-Fokker Effect (Gateway Essentials Book 141) (English Edition) 作者:Sladek, John Gateway Amazon 年一刊行のSFムック本『SFが読みたい!』(早川書房)には毎号、各出版社による次年度出版予定のSF作品の告知欄がある。本作も、二〇〇…

黒い笑いと現世からの「脱出」願望――トマス・M・ディッシュ『アジアの岸辺』

アジアの岸辺 (未来の文学) 作者:トマス・M.ディッシュ 国書刊行会 Amazon トマス・M・ディッシュとは何者だったのか? 本書を読むと、その輪郭を掴みかけた刹那、また薄闇の中へとぼやけていっていってしまうような――そんな印象を抱く。 それはなぜか。表…

唯一無二の〈言葉の魔術師〉による短編集――ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』

デス博士の島その他の物語 (未来の文学) 作者:ジーン ウルフ 国書刊行会 Amazon 〈言葉の魔術師〉ジーン・ウルフ。その語りは騙りであり、その騙りのみが我々の灯りである。暗闇に照らし出され、浮かび上がる像は一面でしかない。ゆえに注意深く読むことが要…

逃避としての幻想が牙を剥く瞬間――ドゾワ「海の鎖」とウルフ「デス博士の島その他の物語」

海の鎖 (未来の文学) 作者:ガードナー・R・ドゾワ 国書刊行会 Amazon 〈未来の文学〉叢書の最後を飾るのは、名翻訳家にして名紹介者である伊藤典夫編アンソロジーである。 人間に擬態した異星人を巡るサスペンス「擬態」、全世界向けの広告としてヒロシマに…

「『海の鎖』刊行記念&《未来の文学》シリーズ完結記念トークショー」レポ

bookandbeer.com 《未来の文学》シリーズ完結記念トークショー@本屋B&B、行ってきました。途中から雷と大雨の音が聞こえてきて怖かったです。傘持ってきてなかったし!! 以下レポ。 ※注意:以下、基本的に敬称略だったり付けてたり。オフレコっぽい箇所(…