中国SF四天王の一人、韓松(Han Song)のインタビューを勝手に翻訳した。
底本は韓松初の英訳短編集 A Primer to Han Song、聞き手は Eric J. Guignard。短篇集についてのレビューは以前書いたのでそちらを参照。面白いのでぜひ買って読んでください。
IN CONVERSATION WITH HAN SONG
韓松との対話
エリック・J・ガードナー(以下エリック) こんにちは、ハンさん。あなたとお話できてうれしいです。このプロジェクトに参加していただき、本当にありがとうございます! 「サムサラの輪」The Wheel of Samsara は、わたしがはじめて読んだあなたの作品で、今でもお気に入りの一つです。結末には、散文的な美しさと、明かされる展開の恐ろしさ、そして新たな始まりという意味での希望が込められていますね。この物語は多くの点で、つまり異文化や信念体系の衝突という点で象徴的だと思います。この物語では勢力は拮抗していても、それらは共に新しい時代を切り開いていく。その発端の物語を示唆していると思えたのです。いや、わたしの深読みでしょうか? この物語は、教訓的なものなのか、希望を示すものなのか、それともまた何か別のメッセージを込めて書かれたものなのでしょうか?
韓松 あなたの読みは正しいです。この物語は、わたしのチベットでの体験に基づいたものです。しかし、チベットについてというよりも、信仰や国籍、世代間での対立を、人々の存在のジレンマ、世界の真実、宇宙の神秘について描きました。
エリック 「わたしの国は夢を見ない」 My Country Does Not Dream は、本書のためにナサニエル・アイザックソン氏が英訳したものです。このディストピア的な物語では、薬漬けにされた国民が「眠ったまま」夜間の二交代勤務を行い、国のGDP目標を達成するために好景気をもたらします。政治的陰謀、ミステリー、アクションが盛り込まれた、スリリングで寒々とした物語です。シャオ・ジは、優柔不断で傷つきやすいキャラクターに当初は思えますが、妻を救い出し、国家暗黒委員会から逃亡するという闘士に変貌していきます。しかし最後には、個人の自由を願いながらも、より強い国家になるためには何が何でも前進しなければならないという政府の高官と同じ国家主義的な考えを持つに至るように読めます。
これについて、すこしお話を聞かせてください。この物語は、「急速な発展に対する風刺」として扱われるべきなのか、それとも、より大きな全体(=社会)の義務に服従せざるを得ない個人の話なのか。あるいは、「自分にはどんな選択も制御もできると思っていても、政府やその他の社会的な力によって操られることがある」という考えに沿ったものなのか……それともまた別の何かなのでしょうか?
韓松 この話は、中国がWTO(世界貿易機関)に加盟して経済が急成長しはじめた二〇〇二年に書いたものです。他の多くの中国人と同じように、わたしも誇りと恐怖の両方を感じていました。その復活劇は、何か貴重なものを犠牲にすることにつながるのではないかと思ったのです。国家が目標を達成するためには、何らかの奇妙で恐ろしい方法を使うかもしれない。文化大革命が再び起こるのではないか? と。わたしはただ、その時の自分の恐怖を書き留めただけです。
エリック あなたの母国語は中国語ですが、英語も話せるバイリンガルですよね。自分の小説が中国語から英語に翻訳されるに際して、どのような経験をされましたか? どんな言語間の翻訳でも、物語のトーンや雰囲気、象徴性、言葉の詩情、特定の文化的行為の強調などに違いが出るはずです。あなたの物語は、英語でも中国語と同じ印象を持って読まれるのでしょうか? それとも何か特定の箇所に欠落があるのでしょうか?
また、あなたの作品は、他の多くの言語(フランス語、日本語、スペイン語、韓国語、イタリア語など)にも翻訳されています。あなたの作品が最も喜ばれているのはどの国の読者だと思われていますか?
韓松 ナサニエル・アイザックソンとケン・リュウによる翻訳をいくつか読みましたよ。彼らはわたしの物語をとても効果的に表現してくれています。わたしが表現したいことを忠実に反映してくれています。文体は、わたしのものよりもずっと簡潔です。もし英語版を中国語に翻訳し直したら、もっといい小説になるかもしれないと思ったくらいです。でも、わたしは読者層については全然知らないですね。他の国でのわたしの作品に対する読者の反応はほとんど知らないです。
エリック もし世界中の人にあなたの作品を一つだけ読んでもらえるとしたら、どの作品にしますか?
韓松 うーん。場所によって読者が違うので、それ次第ですね。
エリック 二〇一九年の「ロサンゼルス・レビュー・オブ・ブックス: チャイナ・チャンネル」 Los Angeles Review of Books: China Channel では、中国SFの状況について議論が行われ、現代中国SFの「三大将軍」を劉慈欣、王晋康、そしてあなただとしました。このジャンルの作品で、読者に探して読むことを勧めたいのは、他にどなたがいらっしゃいますか?
また、あなた自身の小説執筆にインスピレーションを与えた(過去でも現在でも)のは誰ですか?
韓松 陳秋帆を推したいですね。彼の小説『荒潮』は英語で出版されていますし。陳は一九八〇年代生まれの若い世代の代表格です。彼はさまざまな角度から近未来の中国のディストピア社会を描いています。
多くの作家に影響されてきましたね。ジョーゼフ・ヘラーやカート・ヴォネガットなど。
エリック あなたの文章は、ナショナリズムや自主性、個人のアイデンティティ、環境、急速な近代化とテクノロジーなど、政治的な問題において社会的な意識を持ち、進歩的です。ここアメリカでは、他国の政治情勢やイデオロギーを取り除いたものしか耳にしないことが多く、他地域や異なる政府・法律の下で書くことの難しさ(あるいは利点)を感じないことが多いのですが、中国の政治情勢は、この二〇年間、あなたの執筆活動にどのような影響を与えましたか?
韓松 中国の政治体制は独特で、想像を絶するものがあります。政治は人々の生活を決定し、その影響はあらゆるところに及んでいます。科学技術でさえも政治の産物です。作家はこのような困難で興味深い状況に直面し、それがどのように未来を開拓していくかを予測し、明白にしなければなりません。この点では、SFを書くというのはおそらく良い選択なのでしょう。
エリック 書くものについて、もっとも言われて嬉しい言葉は?
韓松 奇想天外、不条理、痛々しい……かなあ。
エリック あなたはSF作家であると同時に、新華社通信の記者としても活躍していますね。ジャーナリストとしての仕事、そして重慶での生活について、あなたは「SFの世界に住んでいるようだ」と述べています。そこからインスピレーションを得て文章を書くのですか? それとも、想像力や他の分野への関心や技術によるのでしょうか?
また、もしSFが、明日は今日とは違うかもしれないと夢想しているのなら、これから起こりうる最大のイノベーションは何だと思われますか?
韓松 中国の現実はいつもSF以上だと思いますし、作家は日常生活から簡単にストーリーを見つけることができます。優れたSF作家は、ジャーナリストがするのと同じように、この国で毎分起こっていることを正確に記録しなければならないのです。現実の世界と架空の世界の境界を曖昧にし、読者が自分の安全を確保するために、実際に起こっていることを知らないふりをすることができるような想像力さえあればいいのです。
神経科学、遺伝子編集、ナノテク、人工知能などを組み合わせて、人々の心を統一し、政権の支配を強固にするようなものが、未来の最大のイノベーションになるのかもしれません。
エリック 他の惑星で生命が発見されるのはいつ頃になると思いますか? わたしたちはその発見を喜んで受け入れるのでしょうか、それともその出会いを後悔するのでしょうか?
韓松 ははは。わたしはかつて一九九〇年代に中国UFO研究会のメンバーだったんですよ。昔は、人類はもう異星生命体に遭遇しているけれど、ほとんどの人類には知られないままなのだと思っていました。われわれは実験室のネズミのように、宇宙人に観察されているのだとね。でも、今はそう思っていません。いずれにせよ、正式な遭遇は五十年以内には起こるだろうと予想しています。しかし、他の惑星に存在する微生物などの生命体については、もしかしたら太陽系内ですぐに見つかるかもしれませんね。
エリック 韓松さんの作家としてのキャリアは、今後どうなっていくのでしょうか?
韓松 まだ分かりませんね。
(二〇二〇年二月一〇日)