機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

〈SFマガジン〉2019年2月号〈百合特集〉 「百合SFガイド2018」掲載の書評より再録

SFマガジンの1回目の百合特集に書いた書評より。『四人制姉妹百合物帳』は剃毛百合の傑作ですよ。登場人物のひとりがバルガス=リョサ『都会と犬ども』読んでるし。

 

 

 

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つくみず『少女終末旅行

 全てが終わってしまった文明崩壊後の世界。いつ世界は終わってしまったのか、そんなことさえ誰も疑問に思わなくなった世界で二人の少女・チトとユーリは愛車・ケッテンクラートに乗って旅をする。日々の食料にも事欠く明日の見えない暮らしの中、二人は遺された文明の痕跡を見つけながら、廃墟と化した都市を彷徨い、ひたすら上層へと進んでいく。
 本作で描かれる二人の関係性は、究極的に完結した形である。滅びゆく世界で生き続けなければならない宿命を背負った二人には、運命共同体として旅をする以外の選択肢が存在しない。チトの頭脳とユーリの力、これら二つが同時にあることで、やっと二人は終わった世界で終わらずに済む。すなわち、どちらの一方を欠いたとしても旅(=人生)を遂行することはできない共依存的な関係が二人を結び付けているのだ。その閉じた関係性は、最期を迎えつつある作品内の終末世界と相似形を描き、途方もない寂寥感としてページから溢れ出す。この終末SF的な世界でしか描き得ない関係性が本作にはある。

 

 

 

石川博品『四人制姉妹百合物帳』

 お嬢様学校・閖村【ルビ:ゆりむら】学園高校には"サロン"と呼ばれる友愛組織が存在し、そこに集う生徒達は姉妹のように睦み合う。本作はサロン「百合種【ルビ:ユリシーズ】」に集った四人の少女の群像劇だ。
細雪』と『半七捕物帳』にオマージュを捧げ、気品ある文体で可憐な少女達を描く本作だが、その中軸に据えられるのは何と剃毛。剃毛——カミソリで下の毛を剃るあの行為のことだ。少女達は賭け剃毛や革命集団「無毛【ルビ:モーマオ】」の設立など、可憐とは程遠い狂騒の日々を過ごす。だが当然、剃毛はギミックに過ぎない。かりそめの四人姉妹の解体と箱庭からの巣立ち、そして少女間の淡い恋愛感情が上品な筆致で描き出される中で、読者は剃毛という行為が示す二重三重の意味に気付かされる。
 ライトノベル界の異才・石川博品の真骨頂とも言える作品であり、同作者の女装男子ハーレム百合野球小説『後宮楽園球場 ハレムリーグベースボール』も必読。

 

 

 

矢部嵩『魔女の子供はやってこない』

 ある日奇妙なステッキを拾った縁で魔女のぬりえと友達になった小学生の夏子。一人前の魔女になる修行中であるぬりえは、夏子と共に魔法で人の願いを叶えていく。短編連作の形で一篇ごとに依頼人を変え、世に潜む悪意や狂気をメルヘンチックに描く不条理ホラー/サスペンス。アクロバティックな口語的文体が作品世界の不条理を増幅させ、キュートとグロの緩急が読者の心を常に揺さぶる。 
 百合として注目なのは後半以降。最終話でぬりえは魔女の国に帰ることとなり、夏子は大切な友人を失う。人生を空虚に過ごしつつ、魔女の帰還を待ち望む夏子。子も夫も死に自らも死の淵に立つ頃、やっと魔女はやってくる。これまでの人生は誇れるものではなかったかもしれない、しかしそれを自ら選び取ること(=魔女と出会うこと)が正解なのだと、夏子は最期に確信する。あまりにも美しい決断が涙を誘う傑作。