機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

J・G・バラード「十八歳の時に知っておきたかったこと」(エッセイ)

J・G・バラードの未訳エッセイを翻訳した。

テキストは雑誌《Re/Search》のJ. G. Ballard特集号を使用したが、初出はthe Sunday Express Magazine no.38, Dec.27,1981 のようだ。

 

十八歳の時に知っておきたかったこと

 とても答えにくい質問だ。多くの点で、軽率な回答と真剣な回答が同じものになってしまう。われわれの人生というのは、自分でも気づかないうちに自分自身に対して演じている、一種の拡張されたジョークなのだから。つまり、わたしは自分自身をこう見ている。郊外の小さな家に住み、外には錆びた車、動かないテレビ――唯一動くのはコルク栓だけ。ジョークに違いないと思う。わたしはここで何をしているのだろう? わたしはピンターの戯曲の登場人物か、脚本家の手に負えなくなったシットコムの登場人物に違いない。

 もし十八歳の自分がここに来たら、一目見て、高速でUターンして、砂煙の中に消えていってしまうだろう。愕然とすることだろう。しかし、それはわたしが自分の人生を後悔しているということなのだろうか? 違う。十八歳からの人生は、とても面白く、全体として幸福なものだったと思う。だが、わたしはそのすべてを違うものにしたい。三人の子ども、幸せな結婚生活、そして書いた本の一部以外の、すべてを変えてしまいたいのだ。

 もっといろんなことをやってみたかった。人力飛行機で大西洋を横断したかった。暴君を暗殺したかった。もっと子どもがほしかった。もっと犬を飼いたかった。特に、もっと多く妻を娶りたかった。

 妻というのはすばらしいもので、できる限り多く持つべきものだ。十八歳に与える確かなアドバイスが一つだけあるとしたら、以下のようになる。学校を卒業したら結婚し、何があっても結婚生活を続けること。もし結婚生活が終わりを迎えたら、できるだけ早く再婚すること。

 結婚している人の方がずっと幸せであることは、数え切れないほどの科学的調査によって証明されている。わたしは妻の悲劇的な死までの一〇年間はとても幸せだったし、妻も幸せだったと思っている。わたしが再婚しない唯一の理由は、だれもわたしの求婚を受け入れてくれないからだ。

 イギリス人の多くは、セックスについてもっと知っていればよかったと言うのだろうが、十八歳の頃のわたしはセックスについて非常に多くのことを知っていた。しかし、今や五〇歳となったわたしは、ほとんど何も知らない。今となっては大きな謎であり、完全に途方に暮れている。しかし、十八歳のわたしは医学生で、医学生はもっとリラックスしたふるまいをする傾向にある。さらに重要なのは、医学生は看護師と知り合いになれることだ。看護師――今でもそうなのかどうかはわからないが、数年後、わたしが終末期病棟に案内されたときにわかるに違いない――あの頃の看護師は素晴らしく、人生を豊かにしてくれる、自由な存在だった。十八歳のとき、ありがたいことに、わたしはアデンブルックズ病院の看護師全員と知りあいだった。ニューナムカレッジで英語を読んでいた女の子よりも、彼女たちとパントに乗っているほうがずっと楽しかった。四〇代になると、現在ロンドンの文壇で活躍している、わたしがニューナムカレッジにいた頃の女性たちに会うようになったが、どういうわけだか当時は会うことがなかったので、むしろうれしく思っている。

 わたしは日本の捕虜収容所で思春期を迎えたので、イギリスのパブリック・スクールで見られるような、セックスに対する窮屈な態度を避けることができた。女の子はどこにでもいるし、プライバシーは普通の生活よりずっと少ない。その点では、最高の環境で育ったと思っている。

 帰国後、イギリスのスケールの小ささに驚かされた。サウサンプトンの小さな通りを見下ろすと、黒い小さな乳母車のようなものが何台も並んでいて、船に燃料を補給するための移動式石炭バケツのようなものに違いない、と思った。もちろんそれらはイギリス車だったのだが、わたしはビュイックやキャデラック、パッカードに慣れ親しんでいた。そして、わたしはイギリスの精神的な側面、つまり、人々の心の働きののろさ、田舎臭さ、想像力のなさ、些細な階級差別への執着、二〇世紀の知識への関心のなさに焦りを感じていた。ケンブリッジ大学では、上級教員たちに精神分析に興味があると言ったら、大笑いされたことを覚えている。一九四九年当時、ジークムント・フロイトは依然として噴飯ものの存在だとみなされていたのだ。

 十八歳のときに、これほど長く生きられるとわかっていればよかったのに、と思う。間違いを犯し、そこから立ち直るための時間、あらゆる贅沢をするための時間など、多くの時間があると知っていればよかったのに。人は言う、ご存知の通り、「人生は短い」と。でも、実際には、全くそんなことはない。実は、人生は長いのだ。過去の人間よりも、もっともっと自分の力を発揮できる時間がある。われわれは、いつも同じレストランに行って、いつも同じ料理を注文しているようなものだ。大変な努力をしなくても、もっと豊かで多様な、もっとエキサイティングで面白い経験ができるはずなのだ。

 わたし自身も含め、多くの人の人生の何が悲しいのか。それは、与えられた役割を受け入れてしまうことだ。株屋になったり、秘書になったり、SF作家になったり……まるでドラマ『クロスローズ』の脇役のように。もし作家にならなかったら、もっと面白い人生を歩んでいたかもしれない。わたしは自分のことを書きすぎてしまったようだ。だが、それは仕方がない。

 

 

J.G. Ballard (Re-Search 8/9)

J.G. Ballard (Re-Search 8/9)

  • 作者:Vale, V.
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