機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

名訳勉強会 第1回 アンジェラ・カーター「むらさき姫の情事」レジュメ

名訳勉強会 第1回

担当者:鯨井久志



使用テキスト

  • Angela Carter “The Lovers of Lady Purple“
  • アンジェラ・カーター「むらさき姫の情事」(浅倉久志訳、SFマガジン1993年9月号、早川書房
  • アンジェラ・カーター「レイディ・パープルの情事」(柴田元幸訳、『英文精読教室 第5巻 怪奇に浸る』、研究社)
  • アンジェラ・カーター「紫の上の情事」(榎本義子訳、『花火:九つの冒涜的な物語』、アイシーメディックス)

 

浅倉訳をA、柴田訳をB、榎本訳をCとする。

 

 

浅倉久志×小山太一「ユーモアを翻訳する」(本の話2007年8月号、文藝春秋社)

浅倉 ぎこちない訳というのは、結局、語の配列の問題なんですよね。

小山 訳語の選択が激しくぎこちない、という翻訳者は案外いません。

浅倉 ひとつひとつのフレーズの訳は間題ないから、順番を変えれば読みやすくなる。それが「原文どおり」というものだと思います。

小山 でもユーモア小説ということでいうと、原文にはなくても、おもしろくなっていればOKなのか、という問題もあるんじゃないかと思うんです。

浅倉 おもしろくなればいいんじゃ...... ないでしょうかね (笑)。

 

 

 

The puppet master is always dusted with a little darkness.

 

A 人形師というものは、つねに闇の粉にいくらかまみれている。

B この人形使いにはいつも、わずかな闇が埃のようにかぶさっている。

C 人形遣いは、いつも薄っすらとした闇に包まれている。

 

The puppetを一般的なものとしてとらえるかどうか。



He is the intermediary between us, his audience, the living, and they, the dolls, the undead, who cannot live at all and yet who mimic the living in every detail since, though they cannot speak or weep, still they project those signals of signification we instantly recognize as language.

 

A 人形師は、生きた人間の観客と、死には無縁な人形との仲介者だ。人形は生きることこそできないが、生きた人間を一挙動にいたるまで模倣する。人形は口をきいたり泣いたりできないが、それでいて、ただちに言語と認識できるような、意味のある信号を投射する。

B 教授は媒介者である。彼の観客である、生きている私たちと、彼ら人形、死んではいない者たちとのあいだの媒介者。死んでいない者たちは、生きることはまったくできなくとも、生きている者をあらゆる細部において模倣する。喋ることも、泣くこともできずとも、意味を有する信号、見る者が即座に言語として認識する信号を、彼らは送り出すのだから。

C 彼は、生きている私たち観客と、死んではいない彼ら人形との間の仲介者なのだ。人形は、生きることは全くできない。だが、話したり泣いたりすることはできないが、私たちが言葉だとすぐわかるような意味を持つ合図を示すので、生きているものをらゆる細部にわたって模倣することができるのだ。



All complete, they once again offer their brief imitations of men and women with an exquisite precision which is all the more disturbing because we know it to be false; and so this art, if viewed theologically, may, perhaps, be blasphemous.

 

A すべては完全無欠であり、ふたたび精妙そのものの動きでつかのまだけ男や女になりきる。偽りとわかっているだけに、その演技はいっそう強くわれわれの心をかきみだす。というわけで、この芸術は、神学的立場からするなら、あるいは冒漬的に見えるかもしれない。

B どこも損なわれていない体で、男や女の模倣をまたしばし、極上の精緻さで披露するが、我々はそれが嘘であることを知っているがゆえにいっそう心乱される。したがって、神学的見地から考えるなら、この営みは神に対する冒漬かもしれない。

C すべてが整い、人形はまたもう一度、男や女の真似事を見事に正確に短く演じてみせる。私たちはそれが偽りであるとわかっているので、そのために一層心を乱される。それ故、神学的に見れば、この芸術は神を冒漬するものであるかもしれない。



Whatever its location, a fair maintains its invariable, self-consistent atmosphere.

 

A カーニバルというものは、どの土地にあっても、一定不変で、自己矛盾のない雰囲気を備えている。

B どの地で開かれようと、市はその不変の、一貫した雰囲気を保つ。

C 場所がどこであれ、縁日は、例外なく首尾一貫した雰囲気を持っている。

 

四字熟語をどう使うか。



There were glass rubies in her head for eyes and her ferocious teeth, carved out of mother o' pearl, were always on show for she had a permanent smile.

 

A 彼女の両目にはガラスのルビーがはまり、微笑の貼りついた唇からは真珠母を彫りあげた獰猛な歯がのぞいていた。

B 頭にはとしてガラスの紅玉《ルビー》が入っており、真珠層を彫った狩猛な歯は終始笑みを浮かべているためつねに露出していた。

C はガラスのルビーで作られ、彼女は永遠の微笑を浮かべているように作られていたので、真珠層から彫られた歯は、常に見えていた。

 

描写。何を主語として、どのような順番で訳すか。



This monumental chevelure was stuck through with many brilliant pins tipped

 

A その巨大な髷には、先に鏡の細片をつけた数多くの輝く簪《かんざし》がさしてあるため、

B この堂々たる頭髪にはキラキラ光るピンがいくつも挿してあり、

C この途方もなく大きな髪には、その先を壊れた鏡の破片で飾った、光り輝くたくさんの髪飾りが付けられていたので、



a purple the colour of blood in a love suicide.

 

A むらさきはまた恋の自殺の血の色でもあった。

B それは心中の血の紫色だった。

C 情死の血の色である紫は、



, for no woman born would have dared to be so blatantly seductive.

 

A 生身の女性には、ここまで露骨な色気は出せない

B 女に生まれた者は誰も、そこまで臆面もなく誘惑的になれはしない

C というのも、生身の女性は、それほどまでに露骨に妖艶にはなれなかったからである。



The catchpenny title of the vehicle for this remarkable actress was: The Notorious Amours of Lady Purple, the Shameless Oriental Venus. 

 

A この驚くべき女優を主役にした芝居のきわもの的な題名は――「恥知らずな東洋のヴィ―ナス、悪名高きむらさき姫の愛欲絵巻」という。

B このめざましき女優のために作られた出し物は、「レイディ・パープル、 恥を知らぬ東洋のビーナスの悪名高き情事」なるわざとらしい題がついていた。

C この素晴らしい女優の才能を生かすように書かれた劇のきわもの的な題名は、「厚顔無恥の東洋のヴィーナス、悪名高き紫の上の情事」である。



But it was impossible to mistake him when the Professor spoke in the character of Lady Purple herself for then his voice modulated to a thick, lascivious murmur like fur soaked in honey which sent unwilling shudders of pleasure down the spines of the watchers.

 

A しかし、博士がむらさき姫の口をかりて語るときは、だれにもそれがわかった。[……]いやおうなく快楽の戦慄走らせたからだ。

B  けれども、教授がいつレイディ・パープルとなって語っているかは間違いようがなかった。[……]思わず快楽の戦き走った

C だが、彼が紫の上の役で語るときは、観客は間違えることはなかった。[……]思わず喜び震わせたからである。

 

主従の入れ替え。



Come and see all that remains of Lady Purple, the famous prostitute and wonder of the East!

 

A ここもとお目にかけまするは、名高き遊女にして東洋の驚異なりし〈むらさき姫〉がこの世に残したるすべて!

B  東洋の名だたる娼婦にして驚異、

レイディ・パープルの壮絶な末路をご覧あれ !

C 東洋の驚異、有名な娼婦 紫の上の在りし日の名残りを見に来たれ!



drowsing midnight

 

A とろとろ眠気のさす真夜中

B 眠気のさす真夜中

C 普通の人が眠くなる真夜中頃



She visited men like a plague, both bane and terrible enlightenment, and she was as  contagious as the plague.

 

A 彼女は男たちをおそう疫病だった。致命的で悲惨な啓発だった。その感染力は、まさに疫病そこのけの猛威をふるった。

B 彼女は疫病のように男たちを襲いました。彼女は破滅の源であり、恐ろしい啓蒙でもあり、疫病に劣らず伝染性も強力でした。

C 彼女は男たちを疫病のように襲った。彼女は、男たちを破滅させると同時に啓発させる恐ろしい存在であった。また、彼女は疫病のように伝染性があった。

 

大胆とも思える訳しかえ。



So foreclosed Lady Purple's pyrotechnical career, which ended as if it had been indeed a firework display, in ashes, desolation and silence.

 

A しかし、夜空へ打ち上げられたむらさき姫の華麗なキャリアも、まさしく花火のように、灰と荒廃と沈黙のなかで終わるときがやってきた。

B 同じように、レイディ・パープルの花火のごときキャリアも、事実花火を打ち上げたかのように、灰と、荒廃と、沈黙とともに終わりを告げました。

C そこで花火のように華々しい紫の上の生涯は打ち切りとなった。まるで本当の打ち上げ花火のように、灰とわびしさと孤独に終わったのだ。

 

「花火」を繰り返すかどうか?



for the vulnerable flaccidity of her arms and legs made a six-foot baby of her.

 

A まったく無力な腕と足を持った彼女は、身長六フィートの赤ん坊だった。

B 手足がいかにももろくたるんだ感じが、彼女を大人の背丈の赤ん坊にしていた。

C だらりとした無力な手足のために、彼女は六フィートの赤ん坊のようだったからである。



His arms cracked under the weight of her immense chignon and he had to stretch up on tiptoe to set it in place

 

A 巨大な髷の重みがかぶさると、彼女の両腕はキコキコと鳴り、老人はかつらをきちんとのせるために背伸びしなければならなかった。

B 巨大なシニヨンのかつらの重みで教授の腕がメリッと鳴り、それをちゃんと頭に載せるのに爪先で立って背のびしないといけなかった。

C 彼の腕は彼女の結い上げた大きな髷の重さでポキンと音をたて、髷を所定の位置に置くために爪先立ちで背伸びをしなければならなかった。



These are kisses of the same kind; they are the most poignant of caresses, for they are too humble and too despairing to wish or seek for any response.

 

A これらはおなじ種類のキス、最も哀切な愛撫である。どんな反応も期待したり求めたりしないほど、謙虚で絶望的なものだから。

B これも同じたぐいのキスだ。これほど切ない愛撫もほかにない。どこまでもつつましく、深い絶望に染まっていて、何の反応を願いも求めもしないのだから。

C こうしたキスは同じ種類のものである。このようなキスは、非常に切ないものである。あまりにも慎ましく、諦めきっているので、反応を望んだり、求めたりしないからである。

 

熟語をほどくかどうか。



He did not have the time to make a sound. When he was empty, he slipped straight out of her embrace down to her feet with a dry rustle, as of a cast armful of dead leaves, and there he sprawled on the floorboards, as empty, useless and bereft of meaning as his own tumbled shawl.

 

A 博士は声を立てるいとまもなかった。血管をからにされた老人は、抱擁を解かれると、ひとかかえの枯葉のようにかさこそと音を立て、彼女の足もとの床に投げだされた。そして、ほどけたショールと同様、無益で意味を奪われたものになって横たわった。

B 教授は音を立てる間もなかった。空っぽになると、彼女の抱擁からするりと抜け出て、打ち捨てられたひと掴みの落葉のようにカサッと乾いた音を立てて彼女の足下にくずおれ、床の上に大の字に倒れて、転げ落ちた自分のショールに劣らず虚ろな、無用な、意味を奪われた姿をさらけ出した。

C 彼は音をたてる間もなかった。血を吸い取られて空っぽになると、彼女の抱擁する腕からまっすぐに滑り落ち、一抱えの枯葉のような乾いた音をたてて、彼女の足元に倒れた。そしてそこで、自分のくしゃくしゃなショールのように存在する意味を失い、空っぽで、無益に床の上に横たわった。



First, she shivered with pleasure to feel the cold, for she realised she was experiencing a physical sensation;

 

A 彼女は寒さを感じ、まずその快感身ぶるいした。自分が肉体感覚を経験していることに気づいたのだ。

B まず彼女は寒さを感じてぶるっと気持ちよさげに身を震わせた。肉体的な感覚を得ているのが実感できて嬉しかったのである。

C 最初、彼女は寒さを感じ、喜んで身を震わせた。肉体的な感覚を味わっていることに気づいたからである。



But whether she was renewed or newly born, returning to s life or becoming alive, awakening from a dream or o coalescing into the form of a fantasy generated in her wooden skull by the mere repetition so many times of the same invariable actions, the brain beneath the reviving hair contained only the scantiest notion of the possibilities now open to it.

 

A しかし、蘇生したのか、新しく誕生したのか生命にもどったのか、生命を与えられたのか、夢がら目覚めたのか、それともおなじ不変の動作のおびただしい反復で木の頭蓋のなかに生まれた幻想がひとつにまとまったのか、

B 彼女は新たによみがえったのか、一から新しく生まれたのか。生に戻ってきたのか、初めて生を得たのか。夢から覚めたのか、それとも、同じ変わらぬ動作を何度もただくり返してきたせいで木の頭蓋の中に夢想が生まれその夢想の持つ形へと固まっていったのか。

C だが、蘇ったにせよ、新たに生まれたにせよ、生に戻ったにせよ、新たに生きるようになったにせよ、夢から目覚めたにせよ、あるいは何度となく同じ変わらない行動を単に繰り返し行ってきたことによって彼女の木製の頭に生み出された幻想に合体したにせよ、



had the marionette all the time parodied the living or was she, now living, to parody her own performance as a marionette?

 

A このあやつり人形はこれまでいつも生き物の真似を演じていたのか、それとも、いまや生き物となった彼女が人形振りを演じているのか?

B マリオネットはこれまでずっと生きている者のパロディを演じてきたのか、それとも、生きるようになったいま、これからは、マリオネットとして自分が行なっていたパフォーマンスをパロディすることになるのか?

C 操り人形が人間をずっと風刺的に模倣していたのか、あるいは人間が、今は生きている彼女が、操り人形として演じてきたことを風刺的に模倣することになるのだろうか?



Already, the stage was an inferno and the corpse of the Professor tossed this way and that on an uneasy bed of fire.

 

A すでに舞台は紅蓮地獄と化し、博士の死体は落ち着きのわるい炎のベッドの上で幅転反側していた。

B すでに舞台は灼熱地獄と化し、教授の死体は炎の落着かぬ寝床の上であっちこっちに寝返りを打っていた。

C すでに舞台は地獄のようになり、人形遣いの死体は、不安な火のベッドの上であちこちに揺れた。



She walked rapidly past the silent roundabouts, accompanied only by the fluctuating mists, towards the town, making her way like a homing pigeon, out of logical necessity, to the single brothel it contained.

 

A 彼女は静まりかえった回転木馬の横を足早に通りぬけ、揺れ動く夜霧だけを供に連れて、伝書鳩のようにまっすぐ、論理的必然にかられて町へと歩きだした。その町ただ一軒の売春宿をめざして。

B 揺れ動く霧を唯一のお伴に、静まり返った回転木馬の前を彼女は足早に過ぎて町へ向かい、伝書鳩のように、論理的必然に従って、町で一軒しかない娼館めざして進んでいった。

C 彼女は揺れ動く霧だけに伴われて、街の方へと、静まり返ったメリーゴーランドを足早に通り過ぎ、家に戻る鳩のようにその街で唯一の売春宿へと向かった。

 

Aは語順通りに訳し、最後のところだけ切って文を分け、劇的効果を高めている。