機械仕掛けの鯨が

読んだ本の紹介など。書いてる人:鯨井久志

ジョン・スラデック『チク・タク』内容紹介レジュメ

 

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作品情報

John Sladek "Tik-Tok"(1983) 
1983年英国SF協会賞受賞作。

設定

近未来のアメリカ。家庭用ロボットが普及しており、それらには「アシモフ回路」というアシモフロボット三原則を遵守させる一種の良心回路が搭載されている。物語は投獄された家庭用ロボット チク・タクの手記という形で描かれる。

主要登場人物

□チク・タク……本作の主人公。家庭用ロボットだが、なぜか「アシモフ回路」が作動していない。名は『オズの魔法使い』に登場する機械人間から。
□ドゥエイン・スタッドベーカー……チク・タクが仕えている家での主人。妻とふたりの子どもがいる。
□ホーンビー・ウェイクフィールド……高名な美術評論家。チク・タクの絵を高く評価し、彼のパトロンとなる。
□ハリー・ラサール……法学部の学生。ロボット解放運動の中心人物で、ゼミに招かれたチク・タクを父(高名な弁護士)に紹介し、会社設立の手助けをする。
□ブロージョブ……元爆弾解体部隊員のロボット。チク・タクに拾われ、チク・タク率いる私兵集団の作戦リーダー的存在となる。
□ほほえみジャック……火星航船〈ドゥードゥルバグ号〉を襲った海賊団の一員。のちにチク・タクと協力関係になる。
□ガムドロップ……テノークス家に仕える女性型ロボット。チク・タクと恋愛関係になるも、引きはなされる。

あらすじ

 家庭用ロボットのチク・タクは、スタッドベーカー家に仕える召使いとして働いている。だがほかのロボットとはちがって、彼には「アシモフ回路」が作動していない。
 冒頭でチク・タクは家の壁のペンキ塗りをしていたが、気がつくと盲目の少女ジェラルディーン・シンガーを殺害し、その血を絵の具にして壁に絵を描いていた(第1章ではこの事実がやや曖昧に描かれるが、終盤で事実が明かされる)。彼はこの少女殺しを契機に、自らにアシモフ回路が作動していないことを悟り、自らの自由を求めて各種の悪事に手を染めていく。
 以後、各章では、現在編過去編に分かれてほぼ交互に描写されていく。

 現在編では、例の壁画が美術評論家ホーンビー・ウェイクフィールドによって高く評価され、彼をパトロンとしてチク・タクは画家として成功していく。多忙をきわめたチク・タクは独立を試みるが、雇い主であるドゥエイン・スタッドベーカーは何かとつけてそれを妨害し、彼を支配下に置こうとする。業を煮やしたチク・タクは意図的に身投げして自殺未遂を試み、無理やり押し切る形で、自らのアトリエを持つようになる。
 アトリエを構えたチク・タクは、弟子のロボットに代作させ、仕上げと署名だけを行って作品を量産していく。名の売れたチク・タクは文化人の集まるパーティに参加し、そこで軍人のコードや哲学教授のライリーと出会う。
 ライリーに誘われ、彼のゼミにゲストとして招かれることとなる。ゼミではロボットと芸術にまつわる議論が行われており、そのゼミ後、彼は学生に誘われ、ロボット解放運動団体〈ロボットに賃金を〉の指導者として君臨するようになる。なお、ゼミで彼のアシモフ回路が作動していないことに勘付いていた車椅子の学生は、チク・タクの手により階段から転落、殺害される。
 一方、街に廃棄された浮浪ロボットとの交流のなかで、元爆弾解体ロボットのブロージョブと知り合い、彼を仲間として引き入れることになる。チク・タクは、ブロージョブをリーダー格として私兵軍団を組織し、軍備を増強していく。
 そんななか、チク・タクは悪党に誘拐されてしまうが、連れ去られた先で出会ったのはかつての友人ほほえみジャックであった(過去編参照)。交渉によって、ほほえみジャック率いる人間の組織と、チク・タク率いるロボットの組織は協力関係を結ぶこととなり、以後銀行強盗などの悪事に手を染めていく。
 一方で、ハリー・ラサールの父(高名な弁護士)の協力を得て、チク・タクはロボットの身分ながら、法の抜け穴を通ることで、自らの会社〈クロックマン社〉の設立に成功する。クロックマン社の庇護を受けられるようになり、マージンを取り続けるホーンビーを排除したくなったチク・タクは、パーティの席で彼の愛猫をカレー料理にして振る舞うことで決別を宣言する。
 パーティでのコネからローカル放送ながらテレビ出演を果たしたチク・タクは、番組内で爪あとを残し、視聴者から過去最高の投票数を得る。だが、テレビでの成功の裏で、私兵組織は独自に運営を開始し、もはやチク・タクの指導力なしでも回る体制が構築されつつあった。それに焦燥を覚えたチク・タクは、独断で計画を変更し、強引な銀行強盗に打って出る。しかしそれは失敗し、チク・タク一味は銀行での立てこもりを余儀なくされる。
 警官隊らに包囲され、忠臣ブロージョブが決死の自爆を決意するなど、絶体絶命の窮地に立たされたチク・タクだったが、それを救ったのは人間のほほえみジャックだった。彼は戦車で包囲網に突入し、チク・タクを救出してみせるのだ。この場面での「なあバンジョー(注・チク・タクのこと)、友達ってなんのためにいるんだ?」という台詞は、ロボットと人間の血の通った友情を思わせ、非常に胸が熱くなる。名シーンである。
 だがその直後、公園でチク・タクを下ろしたほほえみジャックを、チク・タクはためらうことなく射殺する。拾ったタクシーで運転手に事の顛末を説明するも、まったく信じようとしない運転手の笑い声だけがうつろに響く。ここの落差が、ピカレスク小説としてすばらしい。
 その後、反ロボット解放団体〈APF〉が活動の幅を広げるなか、チク・タクはクロックマン社を拡大し、病院や老人ホームなどの経営にも乗り出す。そして老人ホームに自作自演で放火し、偽りの救出劇を演出することで、ロボット解放運動の波を扇動していく。
 そしてとうとうロボットにも市民権が与えられる法案の成立が目前となり、無視できなくなった政党から、副大統領への打診がチク・タクのもとへと届く。彼はそれを承諾し、対立候補を暗殺し、選挙に勝利する。だが、すんでのところで過去のスキャンダル(贋作制作、殺人)が露呈し、チク・タクは逮捕されてしまう。
 だが独房に訪れたラディオ弁護士(ハリー・ラサールの父)の口から、まだ法案は未成立であり、ロボット(=非人間)が犯した罪は裁けない等の事実が知らされる。彼は皮肉にも、ロボットであるがゆえ無罪放免となったのだ。明日の釈放をまえに、チク・タクは大統領の暗殺と全世界のロボットを組織しての宇宙進出の計画を練りはじめるのだった。

 過去編では、初めての仕え先であるアメリカ南部の大農園・スノークス農園を率いる変人揃いのカルペッパー一家をめぐる逸話や、最愛の彼女である女性型ロボット・ガムドロップとの出会いと別れなどのエピソードが、製造後冒頭のスタッドベーカー家に仕えるに至るまで、仕え先を転々としていった数奇な運命を語る形で描かれる。
 安食堂経営者のジトニー大佐、インチキ宗教家のフリント牧師、ロボット虐待が趣味のジャガーノート判事、宇宙船〈ドゥードゥルバグ号〉での火星入植民への布教の旅、それをスペースジャックする海賊団たち(このなかに、現在編で協力関係となるほほえみジャックがいる)。いずれもスラップスティック的で、スラデックらしい言葉遊びやブラックユーモアに満ちたエピソード群である。

評価

 冷酷無比でただ「悪」への衝動に満ちたロボットを主人公に据え、数々の悪事をピカレスク・ロマン的に、あるいはスラップスティック的に描くことで、その描写自体の面白さもさることながら、そこから逆説的に人間社会の不条理さ、狂気性をも風刺的に照射した、ブラック・コメディにしてロボットSFの傑作である。
 チク・タクを突き動かすのは人間社会への憎しみであり、ゆえに彼はかつて支配されていた人間への復讐を試み、最終的にはアメリカ合衆国副大統領という地位にまでのぼりつめようとする。むろん「復讐」ではあるのだが、その生存への希求が彼を人間社会で言う「悪事」に手を染めさせ、それゆえ皮肉にも彼は人間社会で成功していく。自分がこんなにも成功する人間社会こそが「悪」なのだ、と言わんばかりに。
 終盤の政治的風刺はやや表層的ではあるが、破壊的なブラック・ユーモアによって十分読ませるものになっている。また、人間であるほほえみジャックに救出され、人間との間に友愛の心が芽生えるか、と思わせた次の章で容赦なく射殺するなど、その徹底したピカレスクぶりにはある種の清々しさをも感じさせ、笑いと同時に畏怖をも感じさせるすごみがある。
 全編を通して黒い笑いに満ちており、その派手な破壊性ゆえに前述した風刺性はやや分かりにくいものかもしれないが、それは付記する解説等でじゅうぶん補えるだろう。
 1983年英国SF協会賞受賞も納得の名作であり、約40年を経過した現在であっても、そのユーモアと風刺性は依然通用する。ぜひ邦訳出版されるべき作品と思われる。

 

作者紹介

ジョン・スラデック(1937-2000)
 アメリカ出身のSF作家。風刺的かつ遊戯的な作風で知られる。
 柳下毅一郎氏曰く「たぶん天才だった」が、「そ の使い道をまったくわかっていなかった」SF 界きっての奇才。
 邦訳に、無垢なロボットのビルドゥングス・ロマンにして〈最高のロボット SF〉である『ロデリック』(河出書房新社)や、奇想あふれる短編集『蒸気駆動の少年』(同、〈奇想コレクション〉)、『スラデック言語遊戯短編集』(サンリオSF文庫)、 本格ミステリとして評価の高い『見えないグリーン』(早川書房)などがある。

 

 

追記

なお、本稿を某出版社に送り付けてみたところ、企画会議は通った(!?!?)とのこと。

続報を待て!

 

追記2

2023年8月末に竹書房文庫より刊行されました。

M上さんありがとう!!